2026年5月19日 (火)

ブログ休止と再開未定

🐻八王子周辺の皆様、クマにはくれぐれもお気を付けくださいませ。気を付けようがないかとも思いますが、くれぐれも…🐻

さて、

主要な城が次々と落とされていく北条の緊急時にPCが壊れ、スマホで書いてはみたけれど、😭文字の大きさや行間が一定にならず、😭写真の挿入・過去ブログのリンクも出来ず、指は指紋がなくなりそうに辛くて…😭

拙ブログは北条ゆかりの地を訪ねる紀行文(長文💦)が主で、マリコ・ポーロの見聞録に写真は必須なのに…😭

北条の落城開城は17年間たくさんブログに書いてまいりました。また、本『北条五代の娘たち』『伊勢新九郎・北条氏照見聞録』にもまとめましたので、そちらをご覧いただけたらとても嬉しいです🙏(支城群の図書館開架)

Xを初めてから歴史界がややこしく怖いことにも気付きつまらなくなってもいたので、ちょうど良い機会かとも思いました。

17年間書いてまいりましたが、今後は、時々、生存確認でちょびっと書くかもしれません。また、Xは主に中国時代劇の感想が多いですが、北条や歴史のことも少し書き込んでおります。覗いてみてくだされ。よろしくお願いします🙏

(加筆)今、下記のようなお知らせが来ましたが意味不明。突然観られなくなるかも…

【お知らせ】

2026年5月26日より、Internet Explorer および Microsoft Edge の IE モードでの @nifty ログインのサポートを終了いたします。

サポート終了後は、正常にログインができなくなる可能性がございます。お手数ですが、推奨環境のブラウザへの早めの切り替えをお願いいたします。

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2026年4月24日 (金)

幻庵の戒名は院号か寺号か?から広がる氏康の戒名の謎

マリコ・ポーロ

いよいよ北条のフィナーレが近づいてきたこの時に、パソコンが壊れスマホで書いています。スマホでは改行はもとより様々な調整や写真・リンクが貼れないうえ、タッチで長文は辛い。でもスッゴク長文💦

🏇 まずは序章

3月に『世田谷区史』が刊行されたと人様が教えてくださり、吉良に嫁いだ北条の姫達や北条幻庵に関係するあたりを世田谷の図書館に読みに行きました。

第四章『戦国時代の世田谷』、第一節『世田谷吉良の成立』の北条幻庵のことから、北条家の戒名(法名)の謎がどんどん広がりました…🤔

🏇 幻庵の戒名(法名)

幻庵の菩提寺である伊豆修善寺「金龍 院」の御位牌や北条五代記などにより「金龍 院 殿」とされてきました。

ところが区史では、「金龍 寺 殿」が「北条宗哲幻庵である」として幻庵の没年の可能性まで解説が進められていました。

それにより『吉良流四巻』作成の功績も吉良頼治ではなく、幻庵になっていました。

ちなみに頼治とは、我らが北条時代の吉良頼康より5代前です。

謎?なので、引用されている「谷口2010」を歴史師匠に教えていただき読んでみました(PCが壊れたため今タイトルが分からない)。

詳しくは書きませんが、そこには、

「金龍 寺 殿」=吉良家の諸系図により「吉良頼治と比定」とありました。

あにゃ~?

なぜ区史が「金龍 院 殿」を「金龍 寺 殿」としているのかの説明が、私には見つけられませんでした😞

詳しい方が、院号と寺号はまったく違うと教えてくださいました。自分でも調べたり、創建の古い実家の菩提寺や北条関係のいくつかのお寺さんに伺ったりもしました。やはり「院号」と「寺号」とでは意味合いが違いました。

家に帰って本棚を漁ったところ、横浜歴博の昨年の幻庵展の図録は「金龍 院 殿」、黒田基樹『戦国北条家一覧辞典』2018 も『戦国北条氏五代 2012』も「金龍 院 殿」でした

↓ ここからが本題

🏇 氏政の戒名(法名)

そこで思い出したのが、以前から謎だった氏政さんの戒名のこと。

・前掲の『…一覧辞典』『…五代』や『北条氏康の子供たち 2015』などに掲載の系図では、「慈雲 寺 殿」。

・しかし、小田原市関係や八王子市史や早雲寺さんでは、「滋雲 院 殿」

どちらも下は同じ(慈と滋は、龍と竜のように異字だと思う)。

だからってことはないけれど、ウィキペディアは「寺号」になっていました。ウィキペディア見る人多いですよね。いや、今はチャッピー?

うーん、分からん。妄想が浮かばん。

↓ ここからが、ほんとの本題

🏇 氏康の戒名(法名)

そこでまたまた思い出したのが、パパ氏康の戒名のこと。

前から不思議だったのだけれど、もし氏政も「院号」だとすると、北条当主で2代氏綱・4代氏政・5代氏直が「院号」なのに、3代氏康は何故「寺号」なのでしょうか?

氏康の戒名は「大聖 寺 殿…」とされています。秀吉が焼いちゃうまで早雲寺には氏康の菩提寺もありました。

菩提寺名についてですが、早雲寺研究の古~い本では「大聖寺(院)」と、必ず(院)が付けらています。

氏政の、パパ氏康の菩提寺建立時の書状には「大聖 院 菩提所一院建立うんたら…」とあるので、研究会さんは、この文書で氏政が言う「大聖 院」が、戒名か寺名か不明で(院)を付けたのではないかと私は勝手に思っていました。思いながらも謎でした。だって、戒名なら「大聖 院」の後に「殿」が付きますよね。

その後、元禄14年の『早雲寺記録』に塔頭の一覧が載っているのを見つけました。氏康の菩提寺名は「大聖 院」とありました。ただ解説には、「氏康法名は「大聖 寺 殿…」」とありました。法名が「寺号」なのに寺名が「院」て人いましたか?いる?

しかし、氏政が早雲寺に出した制札の改訂についての書状(年不詳)にはハッキリクッキリ「大聖 院 殿」とあるのに最近になって気が付きました。ただ書状の宛名は「大聖 寺」。

法名が「院号」で寺名が「寺」?ってことあその下には氏綱の戒名「春松院殿」が見えますが?

それとも、この書状の「大聖院殿」は戒名ではなく「大聖院どの」ってことかな?


脳内カオス…

マリコ・ポーロちょっと何言ってんだか分からないという方は(皆だ💦)、文書は神奈川県博「早雲寺」展の図録にあります。


🏇 まとめ…になってない三つ鱗

▲ 幻庵にしても氏政・氏康にしても、戒名が院号だろうが寺号だろうが、歴史の流れにはなんの影響もないです。(『吉良流四巻』作成の功績は誰か…はチト気になる。)

当時は、江戸時代からのように「院号」や「寺号」などの区別が確立されていなかったのかな…?だから現代も当時の人の戒名を引用する時はどっちでもいいとか…?

▲ 皆様ご存知の通り、幻庵の見つかっている最後の文書は、天正11年の、藤原定家歌集の書写です。没年については諸説あります、

だからまあ、没年が天正17年でも15年よりチョイ前でも、当時の情勢にはもう影響がないだろうと私は思います。逆修ってこともあるしね。

▲ いったい氏康の戒名はどっち?もし寺号だとしたら、氏康だけ(宗瑞除く)院号じゃないのは何故?

なーんて、考えがアチコチに飛び散り、姫さま達までいけませんでした😭また図書館に行かなきゃ。区史は立派な装丁で5kgのお米や7kgの猫砂ぐらいの重さがあり、借りて電車で持ってくるのは非力😛な私には無理。

そして、色々お問いかけしながらも、スマホでは皆様のコメントは拝読は出来ても返信が出来ません。すみませぬ🙏

幻庵の記事もたくさん書きましたがスマホではリンク出来ません。菩提寺「金龍 院」で御位牌を拝ませていただいたことなども書きましたので、ご興味持ってくださったら「マリコ・ポーロ 金龍院」で探してくださいませ🙏

📚小田原平井書店さんが販売してくださっていた拙書2作『北条五代の娘たち』『早き雲と青き空を追いかけて-伊勢新九郎・北条氏照見聞録』が完売しております。素人の自費出版本を買ってくださる方がいらっしゃるなんて本当に多謝🙏にござりまする。

以下の公立図書館さんで開架してくださいましたが、なんせ3年以上前のことなので現在の開架状況はお問い合わせくださいませ。

八王子市中央図書館 / たましん地域文化財団 歴史資料室 / 日野市市政図書室 / 千代田区立 日比谷図書文化館 太田道灌本コーナー(2F)/ 寄居町立図書館 / 岩槻図書館 / 鎌倉市中央図書館 / 玉縄図書館 / 伊豆の国市中央図書館 / 伊豆市立図書館 / 小田原の公立高校と公立中学の図書館

🐱コメント欄は公開させていただいてはおりませぬがご感想なりいただければ嬉しいです。写真は全てマリコ・ポーロが撮りました。

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2026年4月17日 (金)

氏綱が鶴岡八幡宮に奉納した太刀がまた観られます

マリコ・ポーロ

パソコン入院中。スマホで書いているので見にくかったらコメンナチャイ🙏

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鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム に北条氏綱が鶴岡八幡宮へ奉納した太刀を観に行きました。出展の刀剣は少なかったけれど、文書も少し出ていました。(6月28日まで)

氏綱の太刀は何度か観たことはありますが、ポストカードがあるのは初めて知りました。買い占め!ってほどでもないけど、たくさん買ってしまった…

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文華館のテラスの天井には八幡宮の平家池のさざ波が映り、とっても綺麗~☺️ こうなるように、ナントカいう(忘れ💦)仕掛けがしてあるそうです。

🍷鎌倉のことは、氏綱の太刀や宗瑞開基のお寺や氏康ゆかりの場所、太平記関係などなど様々な時代の様々なことを書いているのですが、私のスマホではここにリンク出来ないので、ご興味ありましたら探してくださいませ🙇


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2026年4月10日 (金)

パソコン入院

パソコンが壊れました

製造年から6年。なおるか、なおるとしても修理費がとても高いのでいっそ買い換えか…

スマホでは上手くブログが書けず、それはいいとしても、皆さまからのコメントは読めるのですがご返信が出来ません

すみませぬ🙏

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2026年4月 5日 (日)

『木挽町のあだ討ち』と小説『白鷺立つ』

マリコ・ポーロ


江戸時代を描いた小説は、池波正太郎・藤沢周平・山本周五郎 以外ほぼ読まないのですがこちらの2作にはちょっと興味が湧きました。

間に挟んだ写真:
先日、江戸城/皇居乾通りの一般公開に行った時に撮ったものです。雨が少し降っていましたが人が少なく、かえって良かったです。市井の民🤣がここに入れるのは一般公開や一般参賀、あとは宮中晩さん会や園遊会や歌会始にお招きいただいた時ぐらいですかね。そも、招かれるわけないけど…

判官びいきなのと先祖が庄内藩士だったのとで幕末については佐幕派?ですが、壮大な石垣を見ると徳川幕府ってやっぱり凄いわと思ってしまいます。


本題。以下、あらすじやネタバレは無しです。


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~乾濠の石垣(クリック拡大してご覧くだされ)~


🍷『木挽町のあだ討ち』永井紗耶子著
直木三十五賞、山本周五郎受賞作

「原作が先」派なので小説を先に読んだ。これをどうやって映像に?🤔「あだ討ち」の「あだ」が平仮名なのを、文字ではなく映像でどう説明する?と映画館へ。

面白かった~😊


江戸時代の芝居小屋の臨場感や妖しい美しさ・儚さ、濃さ、降り積もった雪の上のあだ討ちシーンの鮮やかさ、そして、あの物量😲、は大きなスクリーンでないと味わえないと思う。

あだ討ちが始まり、金治(渡辺謙)さんが「ありったけの龕灯であれ照らしてやれ」と言った時、忠臣蔵の討ち入りで隣家の土屋殿が塀越しに提灯を照らしてくれた逸話がリンクした。あだ討ち直前の劇中芝居が忠臣蔵だものね。


謎物の話の面白さや役者さん達の上手さはもちろんだが、大道具・小道具、殺陣など芝居小屋の裏方さん達が珍しく、実際の映画制作でも東映の本領発揮!💪 殺陣師役の滝藤さんが、意外にも(失礼)ピキッとカッコ良かったのもビックリ!

謎物なので、先に映画、原作は後の方が良かったかもとも。好みとしては、映画の最後はあの長唄のまま終わってほしかったな…


著者の小説は『秘仏の扉』も読んだ。時代は江戸ではなく明治初め。フェノロサと岡倉天心が開いた法隆寺の秘仏救世観音像。そこに立ち合ってしまった人達の話で、こちらも面白かった。映画化のことは聞かないね。


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~下道灌濠、石垣はなく太田道灌時代に掘られたものを改築したとも言われるが定かではないよう/その奥が紅葉山~


🍷『白鷺立つ』住田祐著
松本清張賞受賞/直木賞候補作

すっごく面白かった。けれど、終盤まで苦しかった…

「白鷺 はくろ」とは比叡山千日回峰行を行う行者さんのこと。白装束に身を包み、まるで白鷺が飛び立つように山を登ってゆくことから付いたものだそうな。しかし、この本は、回峰行の行そのものを書いたものではない。


時は江戸時代文化期。不犯とされる院(女人)が極秘裏に産み比叡山無動寺に預けられた侍照は回峰行を志願し入堂する。行の最後の最後、あと数歩のところで…事態は急変する。それは、侍照が生涯引き摺らねばならないものとなる。

出生の秘密と、その事態から始まる侍照の…おっと、これ以上は言わない🙊


早く結末が知りたくて、後半つい読み急いでしまう自分を抑えた。よく、こんな小説を書けるものだと思った。なんというか、感情が(を?)揺さぶられた。

これは、読み終わったら引き摺るだろうと思ったら…違った。泣いた😿感慨深かった。

映画化の話はまだ聞かないが、こちらは原作を先にお読みになることをオススメする。私は。


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~乾通りの帰り北桔橋から見た桜咲く乾通り🌸雨強くなる~


比叡山には、若い頃に何度か行ったことがあります。京都からバスを使うより坂本からケーブルで登る方が好きでした。途中から眼下に琵琶湖が広がるのが良かったし、無動寺谷(『白鷺立つ』の舞台)に着き、そこから延暦寺に登っていくと、下から歩いて登ってくる人にはかないもしませんが、いかにも聖域に入るという感覚を味わえたからです。

読後、無性に比叡山を巡りたくなりました。(クマは大丈夫?)

マリコ・ポーロ


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2026年3月24日 (火)

御用米曲輪の講座&現地説明会(2026.3)

マリコ・ポーロ


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~御用米曲輪の、近・現代、江戸後期、江戸前期、戦国、原始・古代にわたるフルカラー冊子と、御用米曲輪バッジをいただく(バッジは講座出席者だけ)~


この御用米曲輪のガーデンプランナーは誰だったのだろう…

氏政(たぶん)の「こんな感じにしたい」というイメージを、絵図におとして具現化する人が必要ですよね?幻庵はもういないし(いてもセンスがもう古い?😝)今みたいにきちんとした設計絵図面は必要なかったのかなぁ…?


去る3月20日、3連休でギュウギュウ詰めの新幹線に乗り、
▲特別講座「もっと知りたい!御用米曲輪」by佐々木健作氏
▲現地説明会「ここまでわかった御用米曲輪」
に、どこまでわかったんだ?🤔と行って来ました。

*2011年からの御用米曲輪現地説明会のブログ記事は、いくつかを文末に添付しました。


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~写真手前から向こうに広がる砂利敷はまだ出てこない主殿の広庭か?←想定(主殿かと思われるエリアは上に江戸時代の蔵跡があるため、それを壊して掘ることはできない)~


今回は若い学芸員さん方が説明してくださいました(今までが若くないというわけではない)。
継承……?なーんて、『京都人の密かな愉しみ-継承』を観ていたので思ってしまった💦


🐎 御用米曲輪を含む小田原城跡の整備の時代設定について

平成5年に策定された「本丸・二の丸整備」の基本構想が、令和3年の「史跡小田原城跡保存活用計画」に引き継がれ…
①「原則として江戸時代末期の姿を標準として整備する」
②「例外として、発掘調査により小田原北条氏等の特性を表す遺構が発見された場合には、その歴史的特性を十分に把握しながら「江戸時代末期」に縛られない整備を行う
 ①②の番号ははマリコ・ポーロが振りました

徳川さんが「開けちゃいかん」と蓋をした「パンドラの曲輪」を開けてしまったがゆえに(ありがとうござる)、②の例外になっちゃったのですかね。


🐎 マリコ・ポーロの希望としては、
・「北条氏の特性を表す遺構」ゆえ御用米曲輪は戦国末期の景観とし、発掘できなくて、その先や空間の広がりが不明な所はその旨を説明板に。

・江戸末期は、幕府の御用米などが納められていたとはいえ蔵だから、分かりやすいから(ゴメン🙇)、戦国末期の庭園や屋敷の何かしらの景観遺構が広がる(無理?)その上から、ARで「江戸時代にはこの戦国時代の遺構の上に将軍家用の蔵が6つも建っていました、こんな感じの蔵だったと思います。へえ~すごいねー」って感じで見せたらどうか…


・で、それらは曲輪内を歩かないで土塁の上から見る。俯瞰した方が全体像が分かりやすいし、遺構が傷まない。それに、玉石の上なんて痛くて歩けない人がいるかもしれない。

保存や見学者の動線などなどそんな簡単じゃないし、どんなにしても私の目の黒いうちには見られんだろうて。個人的には「発掘中」を見学するのが好きなので整備は完成しなくてもいいのだけれど、一応の完成形にしなければ一部のオタク(含むワテ)しか訪れないから史跡活用にならず、お金にもならないか……


小雨の中、小田原市さんありがとうございました🙏


🍷 調査・整備計画は、ブログを書いた当時と変わっているところもあります。ご興味ある方は→「史跡小田原城跡御用米曲輪戦国期整備検討部会」で議事録を読むことができます

「御用米曲輪を追いかけ早14年の現地説明会(2025.11)」
「御用米曲輪と最新出土品展(2024.11)」
「またまた御用米曲輪の現地説明会へ」(2023.11)
「御用米曲輪の検討委員会を傍聴しました(2023.7)」
「小田原城御用米曲輪 「総見」2014.3.8」
「小田原北条の「御用米曲輪」見学会(2013.11.23)」
「石・石・石!戦国北条の御用米曲輪 (2013.2.16)」
「小田原城、戦国の御主殿クラスの建物跡(2012.8.20)」
「2月4日「御用米曲輪」の見学会の報告(2012..2..4)」
「幸田口門に出現した「障子堀」と「御用米曲輪」再び見学(2012.1.24)」
「小田原城跡調査・整備委員会の傍聴と御用米曲輪見学(2011.12.14)」


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2026年3月 9日 (月)

火急!特別見学会「ここまでわかった御用米曲輪」(2026)

マリコ・ポーロ

310

▲特別講座を聴きたい場合は事前申し込みです!

3月10日から先着順!急げ!


▲現地説明会は予約不要


詳細は上 ↑ のチラシを拡大してご覧になるか、小田原市文化財課HP「特別見学会 ここまでわかった御用米曲輪」をご覧くだされ。

以上なり

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2026年3月 8日 (日)

八王子 「古文書が語る北条氏照の生涯」加藤哲先生 (2026)

マリコ・ポーロ


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~毎度の分厚いレジュメ、ありがとうございます🙏~


八王子市「古文書が語る北条氏照の生涯」を拝聴しました。2回連続講座でしたが、1回目は上気道炎で行けませんでした。残念😢

講師は氏照研究の第一人者である加藤哲先生。相変わらずの充実史料に基づいた、多方面からの丁寧な講義で興味深かったです!説得力ハンパない!


ところが……

氏政上洛問題あたりから、 なんとNHK「〇〇のスマホ」みたいに、氏政・氏規・氏邦・秀吉・家康らのLINE形式で説明🤣しかも声色を変えて🤣

でもこれがですね、次々と入るLINEから緊迫した情勢が実感できて面白かったのです。


私のような素人歴史ファンが申すのは超僭越ですが、たまに自分の宣伝と時系列を朗読?するだけの講演をされる学者様がいらっしゃいますよね。加藤先生のような学者さん方とは歴史に向き合う姿勢が違うのだろうと、こたび、あらためて、しみじみ、思いました。

それぞれ聴講した人の聴講後の話を聞くと、それでもっと歴史が好きになるか、歴史熱が醒めてしまうかにも影響してしまうのだとも思いました。

素人が何言ってんだ!身の程を知れ!ですね。はい。


マリコ・ポーロ

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2026年2月22日 (日)

寺社奉行小検使異聞「篠田小文吾-事件帖」

マリコ・ポーロ

友人宅の近所にある池上梅園へライトアップされた梅🌸を観に行きました。

池上の梅園は加藤清正ゆかりの日蓮宗池上本門寺の西側にあります。元は伊東深水の自宅兼アトリエで、その後は料亭経営者の所有となり東京都に譲渡され、今は大田区に管理されています。園内には様々な種類の梅が咲き誇り🌸遊歩道を歩いているだけで馥郁たる香に包まれます。

さて、本題…… 


20260220_173900

🏮ごおぉぉーん
本門寺の鐘が暮六つを告げた。

遅くなってしまった……
寺社奉行小検使役、篠田小文吾は所用で池上の本門寺へ来ていた。訴状の精査に思ったより手間取り、こんな時間になってしまったのだ。供の者は先に帰していた。

小文吾と同じように帰巣が遅れたのか、一羽の鴉がカアカアとねぐらの本門寺の森の中へ吸い込まれていった。


小文吾が足を速めたその時、
「もし……」
背後から女の声がかかった。

それまで気配を感じていなかったので一瞬驚いたが、ゆっくりと振り返ると、品の良いなりをした年嵩の女が立っていた。
「ちと道を教えていただけませぬか」
女は軽く頭(こうべ)を垂れ、物言いも丁寧だった。

女には、おそらくその主であろう若い娘の連れがいた。
娘は緋綸子に枝垂白梅が大胆に描かれた振袖に🌸狂言紋を染めた黒地のだらりの帯をふんわりと結んでいた。薄暗がりの中でも、娘が際立って美しいことは深く被った御高祖頭巾から覗く紅い口元からもうかがい知れる。


「照栄院へはどのようにまいればよろしゅうございますか」
女が問うた。

照栄院は水戸に嫁いだ加藤清正の息女瑶林院が、夫君のために妙見大菩薩像を奉納した寺である。当時とは少し変わり今は檀林で、菩薩像は「妙見堂」という御堂に納められている。

こんな時間に行くとは、何か人知れず祈りたいことでもあるのだろうか。小文吾は思った。

暗いな……
しかも寺は少し奥まった分かりにくい所にある。
見ると二人は行灯も提灯も持っていない。

「よろしければ某が案内(あない)いたしましょう。
あ、申し遅れました。某は寺社奉行小検使役、篠田小文吾と申す。」

「小…文…吾さま……」
娘がポツと細く小さな声で呟くように言った。頭巾の陰でその紅い口元がかすかに微笑んだかのように見えた。


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~梅の花にほひをうつす袖の上に軒もる月の影ぞあらそふ(定家)~


😛なんちゃって小説でござんした

先夜、池上梅園で友と別れた独りの帰り道。本門寺裏を駅に向かって歩いていた時、暮六つ(午後6時)の鐘の音を聞き、これは何かが起こりそうな気配😱と浮かんだ妄想💦

ちなみに照栄院さんはとても分かりやすい場所にあります。


ほんとのことを言うと、藤沢周平と池波正太郎以外の江戸時代の市井もの小説はほぼ読みません。よくある、最後に大川の橋の上で二人で手を取り合い、色々あったけれどメデタシメデタシみたいなのが、なんとなーく性に合わないからです。そんなのばっかりじゃない?

少し前のある講演会で、ある小説家さんもそんなことをおっしゃっていました。私と同じだ!😲と思いました。だからどうだってわけではないですが…。


さあ、小文吾さまに何が起きるのか…
それはもう書かない…いや、もう書けない…。結末は決まっているのだけれど、そこまでどうもっていっていいかわからず。小文吾さま、ごめんなさい🙇

「なら書き始めるな!」
小文吾より💢


マリコ・ポーロ

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2026年1月31日 (土)

岩槻城築城者問題についての講演会 (2026)

マリコ・ポーロ

▲ 小田原城御用米曲輪の現場説明会の告知が出ました!
日にち  :2月15日(日)
説明時間:10:30、13:30
公開時間:10:00~15:00(12:00~13:00休)
 *3/20 にもちょっとあります✌詳細は「広報おだわら3月号」、3月のHPなどだそうです


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~「岩槻城は誰が築いたか」小宮勝男(さきたま出版会 2012)/「玉穏と岩付城築城者の謎『自耕斎詩軸并序』を読み解く」柴田昌彦(まつやま書房 2021.1)/「埼玉史談『岩槻城築城問題の三十年から』」原口和子(埼玉県郷土文化会 2026.2)~


マリコ・ポーロが末席を汚している「道灌びいき」の先日の会は、講師をお迎えしての 岩槻城築城者問題 でした。

このところ毎度書いていますが、講演や著作・論考などの内容は著作権があるためここに詳しくは書けません。ご興味ある方は上の写真の御本や論考をお読みくださりませ。また、先駆者である郷土史家・亡き小宮勝男氏の『岩槻城は誰が築いたか』は、私が理解できる範囲😓でまとめたブログ(2014年)を文末に添付いたしました。


前にも同じような事を書きましたが、市史・県史や、博物館・美術館の展示説明・図録、著名な研究者の先生がおっしゃることなどなどは、かつては90%(100%ではないけれど…)信じてしまっていました。

最も危ういのは、
最初の発表から研究が進み(?)お考えが変わった後もそれをご存知ない他の研究者の方達による、かつての説を断定する講演や論考であり、それを歴史ファン(含むマリコ・ポーロ🙏💦)がSNSで拡散してしまうことだと思うのです。


著作や論考や講演の内容を勝手に発信してはいけない理由はそこにもあるのかと思いました。

人のせいにするわけではなく、自身のブログも、鵜呑みにして自分で徹底的に調べて書いていない記事は、修正をしたり、所説あるなら「所説あり」としその所説を加筆したり、場合によってはその記事を非公開にする作業をしています。しかし、この約16年間の千件もの記事はなかなか追いきれるものではないのです。


まあ、
私のような素人歴史ファン、例えば埼玉県人でもさいたま市民でもない人間が岩槻築城者を誰だと思おうがなんの影響もないし、最後が北条氏房なことには変わりないし…

今回はなげやりな締めでゴメンナチャイ🙇
昨年末以来なんだか どよ~ん としちゃって……


🍷小宮氏の『岩槻城は誰が築いたか』を読んで
「岩槻城を築いたのは太田か成田か?」2014

🍷たくさん書いた岩付や氏房たちのブログから、道灌びいきの会で訪れた時の記事ひとつ
「岩付城、大手の土塁と櫓台跡(非公開)などを見学」2024.5
「「岩槻城」 道灌の会で実地見聞?」2015.11

マリコ・ポーロ


📚小田原平井書店さんが販売してくださっていた拙書2作『北条五代の娘たち』『早き雲と青き空を追いかけて-伊勢新九郎・北条氏照見聞録』が完売しております。素人の自費出版本を買ってくださる方がいらっしゃるなんて本当に多謝🙏にござりまする。

本城以外の以下の公立図書館さんでも開架してくださいましたが、なんせ3年以上前のことなので現在の開架状況はお問い合わせくださいませ。
八王子市中央図書館 / たましん地域文化財団 歴史資料室 / 日野市市政図書室 / 千代田区立 日比谷図書文化館 太田道灌本コーナー(2F)/ 寄居町立図書館 / 岩槻図書館 / 鎌倉市中央図書館 / 玉縄図書館 / 伊豆の国市中央図書館 / 伊豆市立図書館 / 小田原の公立高校と公立中学の図書館

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2026年1月22日 (木)

講演「三郎宛 北条氏康 判物の古文書的考察」2026

マリコ・ポーロ

*「海城サミット2026」講演会&パネルディスカッション「小田原北条氏vs里見氏 江戸湾をめぐる歴史・水軍・城郭を語る」は、2月7日、鎌倉で行われます!共催:玉縄城址まちづくり会議。詳細→「海城サミット2026」


20260112_134741
~2回目の御講演~


横浜市歴史博物館で開催されていた「北条幻庵」展関連の神奈川県立歴史博物館特別協力講演会2回目も拝聴しました。講師は1回目と同じく県博学芸員の梯弘人氏です。


三郎とは、幻庵殿の若くして亡くなった嫡男のことです。景虎さんではないですよ(知ってる!って)。

「酒🍶は朝飲め」は三郎に対する苦言かと思っていましたが、そうではないのではないかということが、梯さんらしい緻密な御考察により納得。三郎さんもダメンズ(ダメ男くん)ではなかったようで、良かった😊


今の時代、講演会やガイドツアーや著作物の内容は著作権でSNSなどに書いてはならぬようなので、ここに書けないのが残念。図録の後半にもその論考が載っていますが、文字数の都合で書けなかったことを含め詳しく丁寧に説明してくださいました。

1回目の、宛名が切り取られている書状についての考察もたいへん興味深かったですが、こたびも面白かったです!聴講者も1回目より多く、最後は大きな拍手。アンコールかと思ったわ😆


神奈川県立歴史博物館さんは9月まで工事のため休館中ですが、別の場所で講演会などの様々な催しをされています。
こちら→ 「神奈川県立歴史博物館HP」 


🍷 1回目
 「講演「神奈川県立歴史博物 所蔵の 北条氏関係文書」」2025.12

🍷 これまでの神奈川県立歴史博物館のブログ記事の一部
「北条氏直、最後の当主の 「最後の朱印状」」
「北条家臣 桜井武兵衛さん、はしりめくる!」
「「こもんじょざんまい」 神奈川県立歴史博物館」

マリコ・ポーロ


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2026年1月 7日 (水)

『秀吉、来襲』 葛飾区郷土と天文の博物館

マリコ・ポーロ

根来展に続くは、葛飾区郷土と天文の博物館です。


20260106_143245


まさに来襲

「西の支配権を握ったからそっちも従ってちょーでゃぁも」と言われても、
ちょっと何言ってんだか分からない🤣

どなたがつけたタイトルだろう。グッジョブ✌そういえば、近年「小田原征伐」という用語も使わなくなりましたね。


20260106_150134
~山中城(ほとんどが写真OK👌)~

もしかしたら、山中城の出土品を見たのははじめてかもしれない。


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この図を見ていると、あらためて、北国勢が主要拠点の城をバシバシ落としていくのが分かる。敵ながら北国勢は大活躍だったね。八王子戦でも多数の兵が倒れた……


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~八王子城~

小田原城(御用米曲輪)、山中城などなど出土品を順番に見てきて、お!華やかになった?と思うと、我らが八王子城の氏照のお宝でした。さすが、我が殿の城。


そして振り返れば、葛城西と鉢形城。

葛西城が攻撃されて開城したのは4月27日。もう少し調べようと思いました。


1時間半ぐらい妄想に浸ってしまった😆

特別展は1月18日(日)までです。詳細は博物館HPで→「秀吉来襲」


来襲…ちゃう、来週は横浜歴博での梯さん(神奈川県立歴史博物館)の2回目の講演会です!1回目も非常に興味深かった。楽しみです!


「八王子城戦~前田家臣たちの証言と、彼らの驚きのその後」2017
「小田原城開城へ、最後の6ヶ月」2012

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2026年1月 4日 (日)

「NEGORO 根来」(サントリー美術館)

マリコ・ポーロ
災害や戦争が無く世界が平和な一年になりますように


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堪 能~☺️ 鎌倉・南北朝・室町の名品がたっぷり!

12日までですが、超オススメです!


あの独特の風合いは、長い年月の使用を繰り返さねば出てこない。でも、それじゃあ自分の一生では「根来ってる」とこを見られないね😢

塗りも素晴らしい(素晴らしかった)のだろうけれど、なんつったって、木地師や指物師の技がものをいうと思いました。屈んで裏側や足ばかり見てしまいました。


会場は混んでいましたよ。お着物の方も多く、お正月🎍らしい雰囲気でした。

鎌倉~室町の物は皆さんなかなか前から動かないですが、近代の物になるとサーッとだけの方が多いのが可笑しかったです😆私も古い根来を目に焼き付けたままにしておきたくて……近代の作品も素晴らしいのですがゴメンナチャイ🙇


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~近代の輪島塗でビール😊展示されていた粉河寺の足付盤にのせたい🍷~


昔、高野山の帰りに根来寺へ行きました。

司馬遼太郎さんが『街道をゆく』で根来塗の赤のことを、
「……主張や執着というどぎつさを去ってしまったもので、こういう色はまれに天然のなかに見る。たとえば残照の雲間にふとあらわれてつぎの瞬間には消えるかもしれない赤である。」
と、すこぶる付きに情緒的な素晴らしい文章で表現された聖天堂の修法壇を見せていただきました。が、しかし、哀れ私には塗り直しが必要な乾燥しきったカスカスの赤にしか見えなかった…🙏💦


なーんてことを以下で書いておりますので、もしご興味もってくださったら以下ブログをお読みいただけましたらいと嬉し😊

本年もよろしくお願いいたします。


「司馬遼太郎さんにカブレてゆく、根来」
「根来寺と根来塗」

「档(アテ)の木~輪島塗」
「漆の木♪人生ぃ~20ねん~♪」
「漆の上塗りは水をかぶって裸で!」
「金を蒔く蒔絵、金を沈める沈金」
「塗師屋のおやじ」

マリコ・ポーロ


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2025年12月29日 (月)

「3ヵ月でマスターする古代文明」観了(NHKEテレ)

マリコ・ポーロ

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果たして3ヵ月でマスターできるのか!?

ナビケーターの関先生、「3ヵ月でマスターは無謀」🤣


全12回、現地の発掘調査に関わった先生方が解説してくださり、最終回のアンデスはナビケーターだった国立民族学博物館館長の関雄二氏でした。

「古代文明にロマンはあまり感じない方がよい、暴力的で戦争や人身供犠…人類の歴史は残酷。失敗の連続の見本」。

えーっ!😲ロマンを感じてこの番組を観始めたのにぃ…


「〇〇文明と一口に言われるけれど、それぞれそこには様々な民族がいて社会が分布して形成されていた。」「私達が言う古代文明が栄えたエリア以外にも人類は確かにいて、古代文明を見て人類の歩みを考えるのは、ひとつの可能性を示しているに過ぎない」とも。

なるほど~~🤔


古代文明遺跡の発掘調査はどんどん行われ、研究も進んでいて、昭和時代の学生としては驚くことばかり。

初回いきなりドびっくり~だったのは、「四代文明」と言っているのは日本だけだということ。


特に興味深かったのはヒッタイトの回。文字(粘土板に書かれているアレ)に書き残されたことと実際に発掘された物との違いから、ヒッタイトは鉄の帝国ではなかったとのお話。関先生方、「これが考古学の醍醐味。発掘しないと証拠が得られない」。イメージが文字の読解によって先走る典型的な例だと。

考古学の見方が変わりました(もともと分かってないけど💦)。そういえば、考えてみたら自分は考古学者さんより文献学者さんの書いた本を読むことが多いことにも気が付きました。どちらも読まねばね。


また、歴史学や考古学は今私たちが生きている時代の影響を受ける。だから気を付けなければいけないともおっしゃっていました。現代の視点から考察してはいけないということですかね。

そこで思い出したこと。

話はちょっとズレますが、マリコ・ポーロが末席を汚している「道灌びいき・太田道灌顕彰会」での先日の勉強会のテーマは『“創られる”歴史と伝説』でした。

太田道灌を中心に、江戸時代~現代まで、「軍記物や伝説伝承、肖像画やドラマのビジュアル、公的機関発行資料の誤り、個人の思惑、特定の歴史家によるミスリードの拡散、観光化による定着…(レジュメの項目名より)」などなどについて、皆で考えました。


特に自分自身は、公的機関によってお墨付きされた説に弱いと思いました。公的機関が催す講演会だから、公的機関が発行する物だからと、少し前までは信じていました。

そういう人は多いと思うので、色々な大人の事情はあるのかとも思いますが、公的機関さんには講演会の演者先生などの人選を慎重にしてくださることを願うものです🙇


12回観てきて最も意外だったのは、古代文明社会とは一人の強大な支配者の元に民が暮らしていたと思っていたのが、そういう都市ばかりではなかったということ。

一番怖かったのは、一つの文明が崩壊する要因は、気候変動と社会の分断であったということ。

まさに現代……


小田原北条とも日本の歴史ともまったく関係ないですが、毎回、学生時代に習ったことが覆されとても面白かったので書きたくなりました。

ご興味あらば、オンデマンドとかONとかプラス(これらの違いが分からない🤔)で。←ワテはNHKの関係者ではござらぬよ


今年もありがとうございました。
来年こそ平和が訪れ、災害も起こりませんように🙏

マリコ・ポーロ


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2025年12月17日 (水)

時に令和7年12月14日、吉良邸へ!

マリコ・ポーロ


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~江戸城松之廊下(皇居東御苑)~


♪ 時に元禄15年12月14日、響くは山鹿流儀の陣太鼓 ♪

忠臣蔵にさほど興味はなくとも、お参りせねば気が済まないのが江戸っ子(祖父までは庄内だけど😝)。今年は泉岳寺ではなく事件の現場、本所松坂町に行ってまいりました。赤穂浪士たちはもちろんですが、なんだか吉良殿の家臣達の方がもっと可哀想な気がして一度は12月14日にこちらもお参りしたいと思っていたのです。

そもそも、内匠頭があと数日を我慢すれば事は起こらなかった……


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~ちょっと雨~


年末に忠臣蔵ドラマをやらなくなって久しく、最近は研究が進み「赤穂事件」と言ったり、陣太鼓は鳴らさなかったとか、吉良殿が隠れていたのは炭小屋ではないとか、実は忠臣ということではなかったとか随分と変わってきましたね。

でも、

私は昔のドラマの、刃傷後に藩士達が早駕籠でヨレヨレになりながら赤穂へ次々と状況を伝えたり、雪の南部坂屋敷を去ってゆく内蔵助の本意を知った瑤泉院が「内蔵助、すまぬ…」と涙したり、塀越しに提灯を掲げてくれたお隣の土屋殿の武士の情けに内蔵助が「かたじけない」と首を垂れたり、

赤穂藩の出入り商人だった天野屋利兵衛が「天野屋利兵衛は男でござる」と拷問に耐えたり、泉岳寺に向かう沿道で江戸の町っ子たちが本懐を遂げた浪士たちに「あっぱれ!」なんて言いながらお酒を振舞ったり、お預かりとなった浪士たちが切腹の日 「お先に…」とひとりひとり部屋を去っていったり……

数え上げればきりがない、忠と義理と人情と漢気の塊の定番名場面は大好き。歌舞伎や講談には残るけれど、テレビドラマがなくなっていくのは淋しいね。


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~たくさんの方がお焼香にいらしていた~


さて、
本所松坂町(両国)の吉良邸跡周辺は「元禄市」なる市が催され大層な賑わい。
今宵、討ち入られるというに、こんなに気が緩んでおっていいのか!と思いながらも甘酒をゴチになる😛


ふむふむ、屋敷内はこうなっておるのじゃなと絵図面を見ると、「上野死骸」という書き込み。せめて「上野介殿御遺体」ぐらいには書いてほしい。江戸時代に描かれた絵図面だから仕方がないか…😢

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~クリック拡大してご覧くだされ(毎度ヘボ写真であいすまぬ)~


かつては、
誰かが「おのおのがた…」と言えば、皆が「討ち入りでござる」
 ↑ 大河ドラマ赤穂浪士の長谷川一夫の真似(さすがにマリコ・ポーロもリアルタイムで観てはおらぬ)

今は、
誰かが「おのおの…」と言えば、「抜かりなく」← 真田丸

歴史ファンでさえ、共通認識も変わってゆく。今回、マリコ・ポーロ何を言っているのかお若い方々では分からない方が多いじゃろ😿


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~両国は吉良殿オシ(道沿いで見つけた)~


♪ 雪をけたてて
サク、サク、サクサクサクサク
せんせーーっ
蕎麦屋かぁーーっ

🙇ちょうどお時間です


*BS11で、12月29日(月)~1月2日(金)午前10時~2話づつ再放送。2003年の吉右衛門さんの内蔵助です。
BS12でも映画を連続でやっているけれど、あんまり古くても……💦


🍷 以前のブログ記事でござる
「今宵は討ち入り!中村仲蔵のこと」
「末年始の時代劇と昔の時代劇の話」
「映画 「最後の忠臣蔵」と泉岳寺」

マリコ・ポーロ


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2025年12月10日 (水)

講演「神奈川県立歴史博物 所蔵の 北条氏関係文書」

マリコ・ポーロ


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~演者は梯弘人氏(神奈川県立歴史博物館学芸員)~


県博所蔵の様々な文書を、詳しく、丁寧に、時々面白く解説してくだいました。私が申すのもおこがましいですが、話の組み立ても上手。冒頭の、どうでもいいような話(失礼)が後半の文書の謎解きに繋がり、ドびっくり~😲

特に、宛名が切り取られている文書の、切り取られた理由の考察が非常に興味深かったです。例としてあげた文書が氏照宛のものだったし🤩(展示されています)。


横浜歴史博物館で開催中『北条幻庵』展関連イベントの、先にお知らせした神奈川県立歴史博物館学芸員 梯弘人氏 の特別協力講演『神奈川県立博物館所蔵の北条市関係文書』を拝聴してまいりました。

県立博物館の昨年の特別陳列展『戦国大名北条氏と西相模・伊豆』での梯氏のギャラリートークは、別ホール満席でたっぷり1時間。ギャラリートークというより講演会のようだったので、こたびも楽しみにしておりました。


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梯さんの講演は来年1月12日(祝日)にもう1回あります。テーマは『三郎宛北条氏康判物の古文書学的考察』。三郎とは幻庵殿の嫡男の三郎さんのことです。そうです、例の「酒🍶は朝飲め(←マリコ・ポーロの劇訳)」のアノ文書です。

申し込みは 1月7日まで。行こう!
詳細→「横浜歴博HP」


🍺 ぼやき
13日&14日の連続講演会は、2日セットで4千円。もちろん企画展も観るから展示室が千円(一般)で、合わせて5千円。もし他の講演会も全部行くとしたら、@千円x3回で(もしあれば当日売り・プラス300円)、しめて8千円。図録も買ったら1万円😲ディズニーランドか。盛りだくさんは、出費も大きい。

2日間のセット講演ですが、私はもし行けたとしても1日だけなので、行けなかったもう1日を聴きたくてアーカイブに申し込むとすると別途4千円が必要。展示室を足すと9千円。図録も足すと、1万1千円😲梯氏の特別講演は拝聴したいからそれも足すと1万3千円になってしまうので、各支城群の事例報告を拝聴したいのはやまやまなれど申し込みませんでした。。
横浜市歴史博物館は「市」を冠しているので横浜市教育委員会が運営しているのだと思っていましたが、今は公益財団法人の運営なのですね。

2日間がセットではなく別売りで(アーカイブ配信も)、各日2千円ならなぁ……


🍷三郎さんのことを書いたブログ記事です
「講座「幻庵宗哲の実像に迫る」と嫡男の菩提寺「宝泉寺」」2025.3
「北条幻庵の子息の菩提寺「三島 祐泉寺」」2016.8
「北条三郎(時長?)~幻庵の悲しみ」2022.1

マリコ・ポーロ


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2025年12月 3日 (水)

北条幻庵家の疑問について

マリコ・ポーロ


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~幻庵家族の御位牌を拝ませていただいた伊豆の菩提寺「金龍院」(文末ブログ添付)~


横浜歴博の「幻庵展」を観て、幻庵家のことでずーっと気になっていることをあらためて思い出しました2つ🐎あります。


🐎 幻庵嫡男の三郎さんの実名は?

若くして他界したとはいえ元服はしていたはず。「時長」とも言われていますが、確定でもないような……。

▲「時長」の「時」はどこから来たの?
▲ 弟に「氏」が付くのに、兄には付かないの?


と北条仲間に伺ったら、「もし時長なら、伊勢盛時からきているのではないか」と。かたじけない🙏

そうか!祖父の「時」と父「長綱」の「長」で「時長」かも!🤔


でも「氏」がつかないのは、やはり妙。幻庵はお坊さんで氏が付く実名がなく「長綱ちょうこう」は法名だから、それに倣い「時長」も法名系かも。「じちょう」とか。

なーんちゃって😛


🐎 小机領(家督相続者と領域支配者の疑問)

▲ 三郎さん死去後

弟の 氏信 が家督を継ぐが

小机領は 氏堯(氏康弟/三郎&氏信のイトコ)が継承
それは、氏信がまだ若かった(17才位)ため…

とされている。

でも、

三郎が死去したのは20才位(生年不明)。三郎 や 氏堯 が小机領を任された時は、氏信と同年代だったのではないのかな🤔。もし氏信が頼りなければ、領地支配を父幻庵が後見する形でもよかったのでは?

それとも氏康の意向?小机領はいったん幻庵家から離したとか…


▲ その氏堯が20才位(生年不明)で死去。やっぱり若いね。

その後、小机領はまた幻庵が継承(幻庵家に戻された?)

とされている。


なぜ、

幻庵家の家督である氏信が継承せず、ババ幻庵に戻ったの?氏信は大人になりアチコチ忙しくなったから?浅学ゆえ、マリコ・ポーロまた何わけのわからないことを言っているのだ?でしたらゴメンナチャイ🙏


幻庵殿は長寿で有名ですが、子息たちは皆、病や戦で若くして亡くしますね。お嬢さんの長松院は長生きしたのにね……
(長松院は、今川氏真たち小田原に逃れて来たメンバーにいます→ブログ文末添付)。


🍷以下、幻庵関係の拙ブログの一部です。ご覧くださいましたらいと嬉し。

・幻庵の姉妹を追いかけたブログ記事(拙本『北条五代の娘たち』文末添付)にチビット修正&加筆して収録)

菩提寺を訪ねた時のこと→「北条幻庵の、伊豆の屋敷と菩提寺「金龍院」~北五代の娘たち」2016.10
「今川から戻った長松院様~①北条五代の娘たち」2016.10


・ 幻庵のことを書いたブログ記事から主なものを以下に

図録に『幻庵覚書』の現代語訳が載っています→「「蒔田の吉良氏 戦国まぼろしの蒔田城と姫君」展」2014.10
幻庵のお嬢さんのこと→「吉良氏朝に嫁いだ鶴松院~北条五代の娘たち⑪」

「講座「幻庵宗哲の実像に迫る」と嫡男の菩提寺「宝泉寺」」訪問 2025.3

「北条幻庵の子息の菩提寺「三島 祐泉寺」」2016.8
「北条三郎(時長?)~幻庵の悲しみ」2022.1

「戦国武将が愛好した尺八 「一節切」」2010.4
「小田原の古民家で「北条幻庵の一節切」を聴く」2018.10

「北条幻庵の妻は、葛山氏ではないだろうか?」2016.11
「初詣2 北条幻庵の箱根」2010.1
「北条幻庵の箱根神社」2010.1

マリコ・ポーロ


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2025年11月29日 (土)

「北条幻庵」展~横浜歴史博物館

マリコ・ポーロ


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~歴博入口 /右が「北条」、左が「幻庵」~


横浜歴博 「北条幻庵 横浜-小机城と関東の戦国-」のギャラリートークへ行ってきました。

領域から集められた展示物がたくさんあり、ここ数年で出てきた文書もありで、それらは北条ファン必見


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~図 録~


詳細はこちら→「横浜歴史博物館」


🍷以下、幻庵関係の拙ブログの一部です。ご覧くださいましたらいと嬉し。

🐎 幻庵の姉妹を追いかけたブログ記事(拙本『北条五代の娘たち』文末添付)にチビット修正&加筆して収録)

↓ の続き「北条幻庵の、伊豆の屋敷と菩提寺「金龍院」~北五代の娘たち」2016.10
「今川から戻った長松院様~①北条五代の娘たち」2016.10


🐎 幻庵のことを書いたブログ記事から主なものを以下に

図録に『幻庵覚書』の現代語訳が載っています→「「蒔田の吉良氏 戦国まぼろしの蒔田城と姫君」展」2014.10
幻庵のお嬢さんのこと→「吉良氏朝に嫁いだ鶴松院~北条五代の娘たち⑪」

「講座「幻庵宗哲の実像に迫る」と嫡男の菩提寺「宝泉寺」」訪問 2025.3

「北条幻庵の子息の菩提寺「三島 祐泉寺」」2016.8
「北条三郎(時長?)~幻庵の悲しみ」2022.1

「戦国武将が愛好した尺八 「一節切」」2010.4
「小田原の古民家で「北条幻庵の一節切」を聴く」2018.10

「北条幻庵の妻は、葛山氏ではないだろうか?」2016.11
「初詣2 北条幻庵の箱根」2010.1
「北条幻庵の箱根神社」2010.1

マリコ・ポーロ


📚小田原平井書店さんが販売してくださっていた拙書2作『北条五代の娘たち』『早き雲と青き空を追いかけて-伊勢新九郎・北条氏照見聞録』が完売しております。素人の自費出版本を買ってくださる方がいらっしゃるなんて本当に多謝🙏にござりまする。

本城以外の以下の公立図書館さんでも開架してくださいましたが、なんせ3年以上前のことなので現在の開架状況はお問い合わせくださいませ。
八王子市中央図書館 / たましん地域文化財団 歴史資料室 / 日野市市政図書室 / 千代田区立 日比谷図書文化館 太田道灌本コーナー(2F)/ 寄居町立図書館 / 岩槻図書館 / 鎌倉市中央図書館 / 玉縄図書館 / 伊豆の国市中央図書館 / 伊豆市立図書館 / 小田原の公立高校と公立中学の図書館

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2025年11月20日 (木)

御用米曲輪を追いかけ早14年の現地説明会(2025.11)

マリコ・ポーロ

その前に、津久井城のこと。
🐎津久井城、恒例発掘調査現地説明会は 11月23日(日・祝)です!
詳細はこちら、過去の調査結果も読めます→「相模原市立博物館の職員ブログ」


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~礎石列~


さて、こたびの御用米曲輪の発掘調査現地説明会。

昨年の延長の戦国期の礎石列です。溝を伴っています。全長は約68m。砂利敷きもかなりな広い範囲で、そこには建物跡は無い。無いということは広場だったということで、もしかしたら……。妄想してくだされ✌

20251115_111403


御用米曲輪を追いかけ早14年!我ながらドびっくり~😲。整備検討委員会も数度傍聴させていただきました(申し込めば誰でも傍聴可)。

写真も膨大。いっそ自分の老後の楽しみに「マリコ・ポーロの御用米曲輪写真集」でも作っておこうかと思いましたが、当初は御用米曲輪の発掘調査がこんなに長く続くとは思いもせで、場所名をちゃんと書いて置かず、池跡以外はどれがどこやら、だんだん分からなくなって…ゴニョ。さて、どう整理したものか…。


とはいえ、御用米曲輪の発掘調査は、マリコ・ポーロが追いかけ始めるずーっと前から行われています。第1次は昭和57年。今回は第10次になります。第5次のように現説を何度も行ってくださる時もありました。

これまでの会議録は公開されています→「史跡小田原城跡御用米曲輪戦国期整備検討部会」


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20251115_111403


前にも書きましたが(文末添付)、御用米曲輪の追っかけは曲輪内に障子堀が出てきたことから始まりました。あの頃は障子堀が出てきただけで大興奮!

それから、あの「池跡」の検出からの、熱狂の🤣連続現地説明会。物凄い人出で、曲輪内を右へ左へ飛び回りながら説明してくださる発掘担当者さん達がインディー・ジョーンズ博士に見えたものでした😆


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一度は池のキワまで下ろしていただくことも出来ました。曲輪から鉄門跡まで登ることも出来ましたね。その時参加した皆様!あれは嬉しかったですよねー。ありがとうございました🙏


私の足腰が丈夫なうちに、主殿跡なども確定されるといいな~。あと、埋め戻されている「池跡」をもう一度開いてもらえるとか(無理に決まっちょる💦)。あと、あと、御用米曲輪の掘った「土」を、クラウドファンディングやふるさと納税で、ほんのチビット分けてくださるとかとか…

歴史ファンだけでなく、それをきっかけに歴史に興味を持ってくれる人が増えるような、そんな活用が成されるといいですね。いずれにしても、今後も楽しみな御用米曲輪です。


🐎おっと、そうそう。八王子城でもこの時期恒例(か?)の発掘調査が行われているそうです。昨年掘った御主殿の奥の、そのまた奥とのこと。


🍷 以下は、何度も行なってくださった御用米曲輪見学会に皆勤賞なみに参加した時のブログ記事の一部です。写真もたくさん撮りましたのでご覧くださいましたらいと嬉し。

「御用米曲輪と最新出土品展(2024.11)」
「御用米曲輪の現地説明会に行けました」(2023.11)
「御用米曲輪の検討委員会を傍聴しました(2023.7)」
「小田原城御用米曲輪 「総見」2014.3.8」
「小田原北条の「御用米曲輪」見学会(2013.11.23)」
「石・石・石!戦国北条の御用米曲輪 (2013.2.16)」
「小田原城、戦国の御主殿クラスの建物跡(2012.8.20)」
「2月4日「御用米曲輪」の見学会の報告(2012..2..4)」
「幸田口門に出現した「障子堀」と「御用米曲輪」再び見学(2012.1.24)」
「発掘調査中の小田原城 「御用米曲輪」を見学(2011.12.14)」

「迷宮の「御用米曲輪」」

マリコ・ポーロ


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2025年11月 4日 (火)

氏照が庇護した八王子「下原刀」 鑑賞

マリコ・ポーロ

日常生活や仕事や学業に支障をきたし、観光客は減り、イベントも出来なくなる。それはコロナ禍だったり酷暑だったりしたが、次にまさかクマがくるとは思わなかった。くれぐれも、くれぐれも、気を付けてください…🙏


20251102_135525

北条氏康・氏照・大石・徳川が庇護した武州唯一の刀工集団「下原鍛冶」が製作した刀剣類を「下原刀 したはらとう」と呼びます。以前少しだけ詳しく書いたブログ記事を文末に添付しました。


三所物は好きだけれど刃物は苦手。だから包丁も持ったことがない(ウソ😝)。

でも氏照の御用を勤めた刀剣なので一度はちゃんと観なければと頑張りました!研究会さんが懇切丁寧に説明してくださったこともあり、じっくりと鑑賞することが出来ました。


20251102_133117
~室町時代~江戸時代までの刀・脇差・短刀・槍・薙刀 24振 が出展されていた~


下原刀の特徴としては、

「地金がなんとなく黒ずみ、剛く(こわく)、肌立って、板目に綾杉風の肌が交じり、中程にいわゆる下原肌といわれている渦巻肌(如輪杢)が点々とある肌物鍛えであり、刃紋は皆焼(ひたつら)風、直刃沸崩れ(すぐはにえくずれ)風、丁子に互(ぐ)の目交じり匂本位の互の目乱れ等多種」


と、読んでもマリコ・ポーロ、ちんぷんかんぷん(←死語)。せめて北条時代のものでその特徴が最も出ている刀剣を集中して観たい。

時代は刀工の名から分かります。二代「周重」は大石時代だね。初代「康重」、初代「照重」は北条時代。しかし、刀の特徴となるとさっぱり。研究会の方に伺いました。


20251102_133100
~特に脇差(二代照重)~

20251102_133230

クリック拡大して刀文をご覧くだされ。写真がヘタ過ぎて見えん?ですよね😢

研究会さんのHPで是非ご覧くださいませ→「下原刀研究会」


また、以前のブログ記事「檜原の残影② 甲冑の残欠」の、青梅の齋藤慎一先生が『武蔵御嶽神社宝物シリーズ 14』で下原刀のことを書いてらっしゃいます。下原刀には刀身に彫物がある例が多いとのことですが、こたびの展示会には「八幡大菩薩」の文字が彫られている脇差が出ていました。

「武州みたけ 武蔵御嶽神社 下原刀」で検索すると、齋藤氏の、下原刀の倶利伽羅竜の彫物のことなどを読むことができます。


数年前、氏照の発給文書にある槍(穂先)が某刀剣屋に出ましたが個人に売れてしまったね。博物館や資料館で文書と並べて展示されていたら素敵だったのに……。残念でした……😢


下原鍛冶は幕末まで続きます。


🐎最終日に行ったのですが、まだお会いしたことのない知人(?)の方が少し前にいらしたとのこと。ニアミス、これまた残念……。


🍷 「現存していた北条氏照の「下原鍛冶の槍」」

マリコ・ポーロ


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2025年10月29日 (水)

吉良氏朝(氏綱孫)が寄進した釈迦如来

マリコ・ポーロ


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~門前の説明板~


川崎市上丸子にある「大楽院」へお参りに行ってきました。

大楽院の釈迦如来の胎内からは、寄進した吉良氏朝と家臣達の墨書が発見されています。


吉良氏朝とは、吉良頼康の養嗣子となった北条氏綱の娘と堀越(今川)六郎との息子です。

先にブログに少し詳しく書きましたので、こちらをお読みいただけると助かります → 「吉良氏朝に嫁いだ鶴松院~北条五代の娘たち⑩」


釈迦如来様は想像より大きくて驚きました。墨書の内容は川崎市教育委員会のHPで見られます。


20251023_140531

大楽院の創建は不明ですが、すぐ近くの「丸子山王 日枝神社」の神宮寺だったそうです。

日枝神社の御縁起によると神社は平安時代初めに勧進されたようです。そのことからも、吉良氏当主が仏像を寄進したことからも、大楽院はかなり長い歴史をもっているお寺だと察せられます。


お寺は、東急線新丸子駅。現代は多摩川を挟み世田谷の対岸になりますが、多摩川の流路は変わっていますから当時は世田谷エリアだったのかな(不確か)? 隣の武蔵小杉駅にも、氏朝の養父吉良頼康ゆかりの「泉澤寺」があります(↓ ブログ記事添付)。

本堂は14時に扉が閉まりますので要注意!


大楽院の境内には見どころ(拝みどころ?)がたくさんありました。

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~恵比寿様~

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~六地蔵~

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~板 碑~

北向観音、八百八橋、猫🐱達…などなどなど。


🐎 以下、関係ブログの一部
「吉良氏朝に嫁いだ鶴松院~北条五代の娘たち⑩」←冒頭添付と同じ
「吉良に嫁いだ北条の姫の持仏御開帳に参りました」2025.1
「吉良頼康ゆかりの寺々(川崎・目黒・世田谷・蒔田)」2017.3

「『蒔田の吉良氏 戦国まぼろしの蒔田城と姫君』」展」2014.8
「浄真寺の肖像画は吉良頼康か?武田信玄か?」2022.9

マリコ・ポーロ


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2025年10月21日 (火)

八王子の名称は北条氏照以前からあった?-浄福寺千手観音からの妄想

マリコ・ポーロ

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~八王子神社(写真は2010年/2022年に新覆殿が出来た、資材はヘリで運んだ)~

八王子神社は八王子城山頂から一段下がった所にあります。八王子権現がお祀りされています。八王子権現とは、牛頭天王の8人の眷属神・王子のことです。


先日、八王子権現の本持仏が千手観音菩薩だとの話から、北条氏照の旧大石領掌握(←ちょっとオーバー)についてまた気になる妄想が もわ~☁っと……。ちなみに牛頭天王の本持仏は、京都八坂神社でお馴染みの薬師如来です。


まずは、もわ~☁ の脳内整理として「浄福寺」さんのことから。


 千手山 浄福寺のこと

大永4年、上杉憲政が城に放火し灰燼に帰しましたが、翌年大石氏が再興したと伝わります。御本尊は大日如来です。

お寺は浄福寺の麓、そして、八王子城の搦手側にあります。当初の八王子城は搦手側がいわゆる大手だったとも言われます。


(観音堂)
浄福寺中腹にある観音堂の棟札には、「大檀那大石源左衛門入道並二子息憲重」とあるそうです(『新編武蔵風土記稿』(写))。


(御厨子)
室町時代のもので、都指定文化財です。かつて御厨子は「観音堂」内にありましたが、今は浄福寺本堂内に安置されています。

八王子市HPで写真が観られます→「浄福寺観音堂内厨子」


(千手観音立像)
御厨子には千手観音様が納められています。

浄福寺は千手山城とも呼ばれていたようです。それは、嶺が千手観音の御手のようにたくさん延びているから…とも言われますが、私は千手観音が御坐したからだと想像しています。


浄福寺の山号も「千手山」です。開山は文永年間(1260年代後半)と言われています。広恵大師という方が夢のお告げで旅をした時、この地で千手観音に出会い観音堂を建てたことが始まりだとお寺の御縁起にあります。

広恵がまみえたその千手観音とは、仏像という「リアル」だったのか。はたまた泰澄の白山での出来事のような、修行僧が見る光✨のようなニミッタ?現象?心像?だったのか…?それは私には分かりません。


御厨子は都指定文化財ですが千手観音は指定にはなっていません。

なっていない理由は私には分かりません。製作年が不明なのでしょうか?いつの頃かにかなりの造り変えがあったのでしょうか?観音様は観音堂内に剥き出しだったので(分からんが)大石氏が見かねて御厨子を造ったのでしょうか?


同じく『新編武蔵風土記稿』によると、観音堂の千手観世音は『行基作』だそうです。行基😲飛鳥奈良時代ですよ!?ホント?それは、現在の千手観音様なのですか?それは、広恵大師がまみえた千手観音なのですか?詳しくないので滅多な事は書けませんが(←書いてるし)。

観音堂の棟札と、江戸時代の『新編武蔵風土記稿』以外に何かないでしょうかねえ🤔


あと、お寺の歴史には北条氏照の名がひとつも書かれていません。中興開基は北条氏照(&パパ氏康)だとばかり思っていました。しかし、浄福寺さん的には、「北条氏康の助けを借りた大石氏」のようです。知りませんでした…😢

北条家の氏照は浄福寺にはノータッチだったのでしょうか? 


千手観音は年に一回だけ御開帳されます。千手観音(上半身のみ)と観音堂の写真は浄福寺さんのHPで観られます。


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~浄福寺は城の山麓にある~


さて、これだけ書いてきてなんですが、もわ~☁ は浄福寺の千手観音様の謎ではありません。千手観音が八王子権現(8人の王子)の本持仏だということと、浄福寺は大石氏のものだということを自分の脳内に😝入れておきたかっただけでござります。

ほな、もわ~☁ を→妄想という形(妄想は形か?)にしてみます。


 八王子神社

冒頭の繰り返しですが、八王子城内の「八王子神社」には八王子権現(8人の王子)がお祀りされています。


浄福寺開山から遡る延喜16年(916年)。妙行という僧が、この地で修業中にまみえた牛頭天王を現在の八王子城傍に、眷族神の8人の王子(八王子権現)を周辺の8つの峰々に祀ったと伝えられています。

妙行は、時の朱雀天皇に「華厳菩薩」という尊称を賜るほどの名僧でした。←もう少し詳しく書いた以前のブログ記事を文末に添付しました~


浄福寺のところで書いた広恵大師は鎌倉時代に千手観音(八王子権現の本持仏)に、平安時代には妙行も八王子権現に、出会ったのですね。

広恵と妙行、八王子権現と8人の王子と千手観音と牛頭天王がすでに脳内でごちゃごちゃですが💦、このあたりでは、8人の王子は時代を超えていつも衆生を見守ってらっしゃるのでしょうか。


北条氏照は八王子城を築いた時に8人の王子をボーイズグループ The eight Princes としてプロデュース……ではなく、城の守護として祀りました。それが山頂の八王子神社です(『新編武蔵風土記稿』)。

だから八王子権現(千手観音) の信仰は、妙行や広恵という先達(という言い方でいいのかな?)がありはすれど、氏照自身の自然発生的なものだと思ってきました。


戦国武将が侵略地の寺社管理を最初に行うのは常套手段ですが、大石氏がすでに千手観音を信仰していたのなら、八王子権現信仰も、氏照が居城を移すにあたっての、この地が大石氏の旧支配領域だったという観念を→氏照の領域だという認識に変えるための手段のひとつだったのではないかと思いました。

だって氏照の滝山城の頃、八王子権現(千手観音 )はまだ 大石氏のもの だったよね?

氏照は、手段として取り込む時に八王子権現のことを深く知るようになり、以後、八王子権現が氏照の推し♥ になった……
なーんて😝


以上が、もわ~☁ を妄想という形にしたものです。まったく形になっていないし、マリコ・ポーロ、何言ってんだか何が言いたいんだか分からなくなってきたし😓

まあなんにしても千手観音の製作年は不明だそうですし、氏照の八王子権現信仰の出処はどうだってよいことなのですが、ちょっと気になったのでござります。


氏照の八王子権現信仰については、もうひとつ、大手側の宗関寺のことも書いておかねばなりません。


牛頭山 宗関寺

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~春は桜が見事な宗関寺~


申すまでもなく、宗関寺は我らが北条氏照の菩提寺です。

前身は、牛頭山神護寺。妙行が牛頭天王と8人の王子にまみえた後に結んだ庵です。山号の「牛頭山」は八王子権現が眷属する牛頭天王で、寺名は朱雀天皇が命名したものです。


『宗関寺記録』には、氏照が永禄年の末頃に再興したとあるそうです。開山は氏照の師、卜山禅師です。

途中に大石氏が入っていません。氏照の狙い通り(たぶん)完全に大石氏は払しょくされています。


牛頭山神護寺の場所は、江戸時代に中山家が建てた氏照と中山家の墓所の奥だとされています。

墓所の近くには、妙行のお墓と伝わる宝篋印塔がポツンとあります。本当に妙行のお墓かどうか私には分かりません。

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牛頭山神護寺の神護寺は「じごじ」と言いますが、ある年齢以上の土地の方達は「じごんじ」とも言います。神護寺とはお寺の名前だけではなく、そのあたり一帯のエリアのことも言うそうです。


▲山頂に、「八王子権現」
▲搦手に、八王子権現の本地仏「千手観音」を山号とする浄福寺
▲大手に、八王子が眷属する「牛頭天王」を山号とする宗関寺

氏照は八王子城をガッチリ牛頭天王と8人の王子に守らせたのだと、あらためて思いました。

それでも
城は落ちちてしまったのだね……


🐎 追記 ①
神仏習合、地元の古老しか知らないことなどについて、いくつかの本や論考、旧八王子城守る会で聞き齧った話や、守る会の重鎮にご教示いただいたり(ありがとうございます😊)しました。


🐎 追記 ②
八王子城の搦手側には、浄福寺と共に街道の左右を守り固めていた、氏照の師である名僧卜山和尚の 心源院・松嶽神社・第六天があります。

「続編~北条氏照と八王子城の神や仏」2009.12
「北条氏照と八王子城の神や仏」2009.12

▲ 浄福寺城のブログ記事一部
「「よく分からない城」 浄福寺城ガイドツアー」2010.1
「浄福寺城で藤菊丸君(氏照)を思った」2011.2

▲ 心源院のブログ記事一部
「武田遺臣のマドンナ 「松姫さま」」2009.11
「麗しき、武田の「松姫さま御坐像」」2016.4
「前編・北条氏照への想い~傑僧「卜山禅師」」2020.6
「後編・北条氏照への想い~傑僧「卜山禅師」」2020.6

▲ 宗関寺のブログ記事超一部
「北条氏照の墓の「修繕 開眼法要」に行ってまいりました」2025.4

マリコ・ポーロ


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2025年10月14日 (火)

幻庵展、下原刀展、御用米曲輪、早雲寺寺宝、鉢形▲盛り沢山な年末年始(2025)

マリコ・ポーロ


先日、友人と八王子城のガイダンス施設前のバス通りを歩いていたら、突然目の前をドドドドドッと秀吉……ではなく、おサル🐵の軍勢が横切りました。20-30匹ぐらい生息しているそうです。

以前から話は聞いていましたが遭遇したのは初めて。🐵軍勢は畑の野菜を兵糧としていました😢最近の野生動物は昔の野生動物と違うので、皆様ご用心を!

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~赤ちゃん🐵を抱っこしてます~

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さて、本題

久々の「気になる小田原北条関係のイベント」です。今月末~来年1月まで、盛りだくさん!


🐎 「八王子の郷土刀『武州下原刀展』」

日にち:10月30日(木)~11月2日(日)
時 間:10:00~17:00(初日13:00~、最終日15:00まで)
会 場: 八王子いちょうホール第2展示室
参加費:300円

八王子市民文化祭のイベントのひとつですが、市民でなくてもOKだそうです✌

詳細は八王子文化連盟のHPを→「八王子市民文化祭」


🐎 八王子城戦没者供養「大善寺のお十夜」

日にち:11月1日(土)

浄土宗の大切な行事で、正式には「十日十夜法要」と言い、旧暦10月5日夜~15日の朝まで十日十夜にわたってお念仏をとなえる室町時代から続く法要だそうです。

北条氏照開基、大善寺のお十夜は、江戸時代に八王子城戦没者の供養をしたのが始まりです。相即寺、大悲願寺と同じく、大善寺の過去帳にはたくさんの八王子城戦の犠牲者の名前が連なっています😢

大善寺のお十夜はマルシェやトークショーがあったりするイベントのようになっていますが、ちゃんとお十夜と戦没者の法要も営まれます。


法要時間:10:00~
法要の帰りに下原刀鑑賞というのもいいですね。

詳細はこちらを → 「富士見台霊園(大善寺)」

 大善寺のことを少しだけ書いた拙ブログです→「北条氏照の「大善寺」と「能~土方歳三」」2019


🐎 鉢形歴史館「神流川合戦を探る」寄居

期間:10月11日(土)~11月24日(月/振休)

詳細はHPを→「寄居町鉢形歴史館」


 神流川へ行った時の拙ブログです ↓
 「①神流川の戦いの地へ~天正壬午の乱」2016.2
 「②激戦!金窪城から神流川へ~天正壬午の乱」2016.2


🐎 葛飾区郷土と天文の博物館「秀吉来襲」

期間:11月22日(土)~1月18日(日)

詳細はHPを → 「特別展 秀吉来襲」

 同博物館の関連ブログです ↓
 「葛西城を歩くツアーに参加しました」2013.11
 「後北条一族の陰謀、公方の御座所「葛西城」」2013.1


🐎 恒例「早雲寺寺宝公開」

日にち:12月8日(月)

「曝涼」はコロナ明けから(かな?)「寺宝公開」として年4回/1日4回、要予約になりました。
詳細はこちら→「箱根湯本観光協会」

 昨年のマリコ・ポーロの参観レポートです ↓ 先入観なく寺宝をご覧になりたい方はお読みにならないでネ☆
 「早雲寺の寺宝を堪能(2024.12)」


🐎 恒例「小田原 最新出土品展」

この報を聞くと今年ももう終わりだなーの感がありますね😢
関連イベントは、今年は2日間に渡るようです。展示解説日もあります。

▲ 最新出土品展
期間:11月1日(土)~12月14日(日)

▲ 遺跡調査発表会
日にち:11月15日(土)
時 間:13時~

▲ 遺跡講演会「古墳時代前期の謎に挑む」
日にち:11月16日(日)

史跡小田原城跡御用米曲輪現場説明会
日にち:11月15日(土)
時 間:説明は、①9:30~ ②10:30~の2回
           公開は、9:30~11:30

*出土品展は展示解説日が何日かありますが、15日だけは11時30分~です!

詳細はこちら→「最新出土品展 2025」


🐎 「北条幻庵」展 横浜市歴史博物館

期間:2025年11月22日 (土) ~2026年1月18日 (日)

関連講演会が盛りだくさん過ぎ(嬉しい悲鳴)、把握できないほどです。


各講演名(色が違う箇所)をクリックすると申込画面へ進めます。書き写し間違えると大ごとなので、どうぞ歴博さんのHPをじっくりご覧くださいませ。
ただチケット購入にはチケット販売会社への会員登録が必要のようです。梯氏 の講演を特に拝聴したいのはやまやまですが、まーたパスワードだのなんだの面倒だしパスワードだらけなので私は講演会は諦めます。オンラインがあるかもしれないそうです。学芸員さんの展示解説だけ行こうと思います。

HP → 「北条幻庵‐横浜・小机城と関東の戦国‐」

為さま(北条為昌)の文書が出ないかな~🤔


マリコ・ポーロ

📚小田原平井書店さんが販売してくださっていた拙書2作『北条五代の娘たち』『早き雲と青き空を追いかけて-伊勢新九郎・北条氏照見聞録』が完売しております。素人の自費出版本を買ってくださる方がいらっしゃるなんて本当に多謝🙏にござりまする。

本城以外の以下の公立図書館さんでも開架してくださいましたが、なんせ3年以上前のことなので現在の開架状況はお問い合わせくださいませ。
八王子市中央図書館 / たましん地域文化財団 歴史資料室 / 日野市市政図書室 / 千代田区立 日比谷図書文化館 太田道灌本コーナー(2F)/ 寄居町立図書館 / 岩槻図書館 / 鎌倉市中央図書館 / 玉縄図書館 / 伊豆の国市中央図書館 / 伊豆市立図書館 / 小田原の公立高校と公立中学の図書館


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2025年9月30日 (火)

吉良氏朝に嫁いだ鶴松院~北条五代の娘たち⑪

マリコ・ポーロ

シリーズ 北条五代の娘たち
【三代北条氏康の息女~鶴松院】


Img20170205_150041
~「実相院」吉良氏朝と正室鶴松院の菩提寺(世田谷上町)~


まずは、鶴松院夫妻の紹介を。

🍷 鶴松院とは
 父上:北条幻庵宗哲
 養父:北条氏康
 母上:不明
 夫君:吉良氏朝
 嫡子:吉良氏広→頼久

🍺 吉良氏朝とは
 父上:堀越(今川)六郎
 母上:山木大方(高源院/北条氏綱娘)
 養父:吉良頼康
 養母:北条氏綱娘(山木大方や氏康の女兄弟)

*『今川家譜』などによると、氏朝は、北条→吉良 ではなく、堀越(今川)→吉良 へ養嗣という形となっている


横浜歴史博物館で2014年に開催された 『蒔田の吉良氏 戦国まぼろしの蒔田城と姫君』 の図録に 『北条幻庵覚書』 の現代語訳が載っているのをご存知ですか?各条ごとに①~㉔と条番号が振ってありとても分かりやすいです。

皆様ご存知のように、『北条幻庵覚書』は幻庵殿が娘鶴松院が吉良に嫁ぐ際に自ら認め持たせたもので、嫁ぎ先での心得が微に入り細に入り超細かく書かれています。さすが新九郎さんの息子、細かい😓ですが、幻庵殿はそれほど娘の行く末が心配だったのでしょう。


昔から何度も同じことを申して恐縮だけれど、覚書の嗜みは鶴松院以前にも北条の姫君が他家へ嫁ぐ時に幻庵から伝えられていたのではないかと思います。そして、代々の北条の姫たちが、嫁いだあと実家と手切れとなっても、嫁ぎ先が廃れても、夫君と行動を供にした覚悟へと繋がっていったのではないかと思うのです。

図録は博物館では完売になっています。ザッと検索したところ横浜市の図書館では開架されているようです。


さて、
覚書の文中には「大方」という方が何度かでてきます。以前、これは夫君氏朝の実母「山木大方」のことだと思っていました。しかし現代語訳を読んで、「大方」は山木大方ではなく、鶴松院の姑である吉良頼康の正室のことだと知りました。

ただ、この「大方」についてはお名前は確かではなく、法名も分かりません。


川崎の泉澤寺のご本尊の阿弥陀如来の銘札の墨書きにも「(頼康の)妻平氏女」としかないようですし、世田谷勝国寺の北条の姫の持仏と伝わる薬師三尊像にも姫の名や法名は刻まれていないようです。

↑ これらを訪ねた時のことは、文末添付の「吉良頼康ゆかりの寺々…」「北条の姫の持仏御開帳」に詳しく書きました。


🤔「謎」なこと……

▲ 吉良頼康の正室は誰か?

少し前までは氏朝の母「山木大方(高源院)」だとされていました。夫堀越(今川)六郎さん亡き後、息子の氏朝をつれて頼康と再婚したと思われたいたからです。ところが、研究が進み山木大方が連れ子で再婚したのではなく、氏朝は独りで?吉良頼康の養子となったことが分かりました。

では、頼康の室は誰か?というと、山木大方や氏康の女兄弟だということになりました。


▲ 崎姫とは誰か?

少し前までは、山木大方=崎姫 とされていました。しかし、以上のことから 山木大方は ≠ 崎姫ではないとなりました。かといって、頼康室=崎姫 との資料は、江戸後期の系図以外は無いようです。


これらも現時点では…ということなので、今後研究が進めば新たな新事実が出てくるかもしれません。とはいえ、これが研究対象になるのかどうか分かりません。

だって、いずれにしても頼康の室は北条家の姫なのだから、それ以上のことが分かったからとて大きな歴史の流れとは関係ないものね😢 


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~実相院の鶴松院や吉良氏朝の墓所/山号が正室の法名から鶴松山、寺名が氏朝の法名「実相院殿」から~


頼康室のことを再びここに書き始めると超々々 長くなってしまうので、ご興味をもってくださったら以前のブログ記事の一部ですが ↓ を先にお読みいただけると助かります。

「北条五代の娘たち ⑥ 崎姫とは誰?錯綜する堀越(今川)六郎と吉良の室」2019.1
「北条五代の娘たち③吉良頼康室~上杉謙信の侵攻と吉良の代替わり」2017.3

参考にしたのは上記横浜歴博の展示や図録、谷口雄太氏の論考『武蔵吉良氏の歴史的位置』、同氏の講演会のレジュメ「吉良氏研究の最前線」2014年…等々です。それぞれに記載したと思います。また、拙本にはこれらに修正・加筆しまとめたものを集録いたしました。


🤔 その他、「謎」なこと

▲ 頼康には北条氏綱の娘との間に少なくとも男子は3人いたのに、なぜ同じく 氏綱の娘の息子 を養子(氏朝)をむかえ、すぐに家督を譲ったのか?←所説あって私には分からない……

▲ 鶴松院の母上、つまり幻庵の側室、は誰か?


鶴松院は享年も不明です。所領の返還などから夫君氏朝より随分と早くに亡くなったようです。ちなみに氏朝は小田原北条滅亡後は徳川家康に出仕し、慶長8年、62才(61?)で此の世を去りました。

鶴松院&その姑(氏綱娘)については残されている記録が無さ過ぎて、いつもの妄想が広がりません……
最新の研究論考をどなたかご存知の方がいらしたらどうぞ教えてくださいませ。


🐎 以下、関係ブログの一部
「「蒔田の吉良氏 戦国まぼろしの蒔田城と姫君」展」2014.8
「浄真寺の肖像画は吉良頼康か?武田信玄か?」2022.9

「吉良に嫁いだ北条の姫の持仏御開帳に参りました」2025.1
「吉良頼康ゆかりの寺々(川崎・目黒・世田谷・蒔田)」2017.3
「北条幻庵の、伊豆の屋敷と菩提寺「金龍院」~北条五代の娘たち」2016・10

マリコ・ポーロ


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2025年9月22日 (月)

滝山城~ここは物見台?

マリコ・ポーロ


20250915_103019
~八王子城から検出された、カエル🐸と虫🐛の青花皿~


先日、八王子で開催された「北条氏照フェス」に行ってまいりました。

盛況でした。八王子市の村山修さん、小田原の諏訪間順さん、城マニア・観光ライターの いなもとかおりさん のお話や、諏訪間さんといなもとさんのトークも面白かったてす。「石垣かいっ✋」って🤣

滝山城と八王子城の遺物が少し並べられ(↑)、休憩時間にはたくさんの人に囲まれた学芸員さんが説明をしてくださいました。


講演を拝聴しながら滝山城の縄張り図をじーっと見ていて……

💡❗

20250916_091032
『東京都の中世城郭』東京都教育委員会

ピンクの矢印のとこ。私、初めて気が付きました😓💦

後で伺ったのですが、物見台のようだとのこと。古甲州道方面に向かって3ヶ所位?ありますね。今ここへ行けるのだろうか……🤔


来年も開催されるなら、いつも充実した氏照解説をしてくださる八王子市史編纂委員の加藤哲先生のお話が聴きたいなー😊

マリコ・ポーロ


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