2014年5月14日 (水)

小田原城御用米曲輪 「総見」2014.3.8

名胡桃侵攻のご報告の次は、我らが本城である小田原城でござる。

が、その前に!
再来年の大河が決まりましたね。「真田丸」。真田ですか。またまた我らが後北条は敵方ですな。もう北条の大河ドラマ化は無いと思った方が気が楽ですよ。お世話になった名胡桃衆の皆様、

おめでとうございます!bell

益々忙しくなりますねえ。


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~ローマ庭園?傾斜がついている。円形坑はなんだったかは不明。細長い安山岩は本来は立っていた。 ~


全て見せます!

「池、庭園、館、それらの一連の区画が一度に全部見られるなんて機会は、たぶんもう一生ない!」by 担当奉行のインディー・ジョーンズ氏。

(発掘を担当されている方達を当ブログではインディー○○氏とよく称させていただきますが、これは映画の「インティー・ジョーンズ」のジョーンズ博士からとったものです。ジョーンズ博士は考古学者ですが、まあ、発掘されている方をブログ上そう呼ばせていただいておりやすのでござんす。)


そんなこんなで、調査整備委員会の傍聴時も含めると何回目になるか分からないほど通いつめた御用米曲輪で3月8日に開催された見学会に行っておりました。今更ながらのご報告でござりまする。


当日は、誰もいないところを写真に撮りたかったので9時半に到着。ところが、もうそこそこ人がいて、どこ撮ってもオジが写ってしまっ・・・ごにょ。

第2次調査での現説は今回で7回目。市の方も「常連さんが多いですね」と。ほんとうにね。この7回で、随分と顔見知りになった方々いるものね~。


午前中の2回の説明を伺い、知り合い同士を紹介し合ったりしながら、三々五々いらした八王子衆や歴友さん達7人で、前に当ブログでもご紹介した「北條水軍」にてランチfish。その後、数人でまた御用米へ戻りました。みんな好きだねえ。

ちょっとだけ時間の空いた担当奉行のインディー氏に質問しまくったり、4回目の説明を少し聞いたりアチコチを偵察したりしながら、説明終了後の奉行を捕まえ?再度質問責め。現地説明会って、奉行以外の方達も、質問すると皆さんとても親切に教えてくださいますよねえ。課長さんにもちょっと緊張しつつも質問ができました。


さて、本題の御用米曲輪ですが、埼玉インディー・ジョーンズ氏がおっサル通り、まさに、壮・観!shine スペクタクル! マグニフィセント!壮大で、華麗で、なんちゅうか、格調が高かったです。

これだけでも主要建造物ではないようなので、全部出てきたらどんなことになるか。心臓がキュッとなって、心筋梗塞でその場で倒れちゃうかも。そうしたら、灰は御用米曲輪に蒔いてくれい。(え?八王子城じゃないの?←いずれにしても迷惑。)


少し褒め称え過ぎかもしれへんですが、今まで細切れで見ていて今一つピンとこなかった曲輪の区画が、「総見」のため3Gでとてもよく脳内組立が出来ました。上物(建物)さえもボワ~ンと映像で浮かんで見えるような感じでしたよ。

一人離れ江戸時代の鉄門の方へ上がり(すでに何人かの妄想族がいた)、今までと今回とで伺った説明を思い出しながら御用米曲輪を俯瞰してみました。


▲ 築山を背景に、護岸を様々な色合いの石で固めた池があり、池には上の曲輪から段々で滝が流れ落ちています。・・・ ああ、あの辺りねと目でなぞり、

▲ そこには呉橋(屋根と欄干付きの橋)が架かっていて舟が浮かべられ、橋の上で軽い笑い声をたてながら池を覗きこんでいるのは仲良しの香沼姫さまと督姫ですね。

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~左右の突き出たところに橋が架かっていた。石が残っていないということは、橋は木造ですよね。~

・・・舟は検出(前回のブログ記事でご紹介)。橋の姿は不明。呉橋は洛中洛外図の細川邸みたいかなというワテの妄想。香沼さまと督姫が仲良しなのは本当。


▲ 一段高いところにある泉殿(かどうかは不明.。ワテの妄想)で酒 bottle を酌み交わしているのは、覇王の兄弟二人。レースガラスの酒注ぎから江川酒を注いであげているのは氏政さん。到来物の盃でそれをうけているのは氏照どのね(なんて素敵っheart01)。

お酒のアテは、今年初めのブログ記事に書いた、瑞渓院様専用の生簀 fishsweat01 からご用意した国府津で上った海の幸&会長さんちのカマボコ(←うそ、鈴廣まだない)。

・・・瑞渓院様の生簀以外は、全てわらわの妄想。レースガラスは八王子城にあったのなら本城にも1つや2つはあったと思うのだよ。あ!ここから月は見えたかしら?もし見えたら泉殿ではなく観月台 moon1 ということもある。


▲ 泉殿に続く、東西6m南北9mのローマ庭園?切石敷庭園の噴水(かどうかは不明)の傍では、少し深刻な顔で規さんと直くんが話し込んでいますな。政&照の酒宴へむかう前に何か打ち合わせをしているのかしらね。(トップの画像のあたり)

あ!向こうから急ぎ足でやってくるのは少し遅れて到着した邦さんのようですね。邦さんも、この事前打ち合わせに参加するのでしょう、たぶん今後の北条の選択肢のことだね。

・・・同じく全て妄想。

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~切石敷きにある切石積み井戸(ピンク矢印)には近寄れないので手前に写真が。周囲もキッチリと石敷。~


▲庭園の向こうには大きな館があり、そこから続くのは10棟余りが密集する建物群。それぞれの棟は溝や石組水路が周囲を取り巻き砂利や玉石が敷き詰められています。

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~ 小規模建物群からの遺物は、すり鉢などの生活臭のあるものが多いそう。~


▲ そして、背後を振り返れば、為さま菩提寺の本光寺の林が見える。
・・・為さまの館&本光寺の場所は確定ではない(以前のブログ記事をご参照くだされ)。

うにゃ~、どなたか絵の上手な方、これを洛中洛外図のように書いちょくれ~。


以下、思い出したこと色々。

wine 滝の水は上の曲輪の堀(前に出てきたヤツ)から流れてきているのだろうとのこと。
「海水ではないのですね?」
「そう、だから生簀にはならない!」周囲よりクスクス笑い。
「さいでっか。」

な~んだ。箱根から温泉を引いてローマ式露天風呂 spa にしていたのかと思ったわ。な~んちゃって。

まあ、土が変色してないので違いますな。でも、甲府城にもあったのだから小田原城のどこかにあっても不思議ではないわね。


wine 「八王子城とか北条系の他の支城から同じようなもの(石塔や切石)が出てきていれば、北条系の庭といえるかもしれないが今のところは出てきてないので、本城だけ、もしくはその時の当主の個人的趣味と言えるかもしれない」

「そ、それは・・・誰すか?」
「建物にしてもなんにしても、きっちり並べないと気が済まない人」
ああ、障子堀も、キッチリ クッキリ造る、アノ人ね。


wine 先にも書きましたが、天正18年には池や切石庭園や建物の一部は埋められていたそうで。
至極、残念じゃ。
おサルに「な、な、なんでやぁも、ありゃ!?」と言わせたかった・・・


wine 課長さんに、焼土痕のことを伺いました。
八王子城の焦土痕を見たら、もうそこらじゅう一面真っ赤(真っコゲ茶?)。となると、この焼土痕は信玄殿が火を放ったものではないですね?なんでしょう?

「ええ、そう。向こうの方で前に出てきた焦土痕も一面そうでした。火を放たれたとしたら、こんなもんじゃないですねえ。ここは、何かを強い火で焼いた痕ですねえ。でも、それはまだ分からないんですよ。」

ほう。何が行われたのだろう・・・。

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~切石庭園から続く館のあたり。江戸時代の土坑によって壊れているところがある~。


wine 出てきたカワラケは北条系で、手づくね・ろくろ(左回転)共。白カワラケがあったかどうか聞くの忘れた。

ってなことで、もっとたくさん素晴らしい説明もあったはずなのですが、少し時間が経ってしまったので忘れちまいました coldsweats01


御用米曲輪の発掘調査は、やめられないとまらないで、まだまだ続くらしいのですが、昨年度のような怒涛の毎月連続公開はもうしないそうです。公開説明会はとても準備が大変で、その準備のために調査が滞ってしまうそうです。

そうなんでしょうねえ。ここまで見せて説明もしてくださっただけでも画期的なことでしたよねえ。今年度の次の公開を楽しみにいたしましょ~。そうしましょ~。


▲▲▲ 御用米曲輪についての今までのブログ記事の一部です。よろしくば。

「御用米曲輪 2013.11.23」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-c912.html
「石・石・石!御用米曲輪見学会 2013.2.26 本編」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-2f5a.html
「御用米曲輪 2013.2.16 第一報」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-6d3b.html
「小田原市遺跡調査発表会 2012」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-6dd0.html
「小田原城、戦国の御主殿クラスの建物跡(2012.8.20)」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-1f30.html
「2月4日2012「御用米曲輪」の見学説明会のご報告」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-48fa.html
「迷宮の御用米曲輪」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-61e3.html
「幸田口門に出現した障子堀と、御用米曲輪 再び見学(1月24日2012)」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-4c47.html
「小田原城 御用米曲輪の発掘を見学(12月14日2011)」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-3952.html
「信玄に火を放たれた小田原城」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-8322.html



by 萩真尼 こと マリコ・ポーロ

cat 画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです

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