塗師屋のおやじ
マリコ・ポーロ
~馬上杯。内側は朱と金の大身替りに作っていただいた。~
少し前の話。
京の都にあった漆器屋さん。「もはや漆器の品格を保てない、うんぬん」で、店を閉じたそうだ。そのココロは・・・
漆器は、もともとはオーダーメイドであった。
「こ~んな形で~、こ~んな色で~、こ~んな加飾(蒔絵・沈金など)で~」と、注文主が塗師屋のオヤジと相談する。オーダーメイドというのは、服でも、家具でもそうだが、もうここから楽しい。
漆器の総合プロデューサーである塗師屋のオヤジは、ご依頼品に合わせて、木地師・下地師・中&上塗師・加飾師などを決め、それぞれに発注を出す。いうなれば、映画の監督みたいなものである。
発注をうけた各職人達は、さあっ!と仕事にとりかかる。ご依頼品は、木地師から順次、次の工程へ送られてゆく。次の工程の職人が、前の工程の検品をするようなシステムだ。そして、完成品を見られるのは、加飾師だけというわけなのである。
お椀ひとつとっても、木を切り、それを数年寝かせて、最後に私達の手元にくるまで何年もかかる。その木の樹齢まで考えたら、気が遠くなる。だから、我が家にある漆器は、私よりずっと年上だ。(←うそ‥。そんなイイ漆器は我が家には無い)
私は今、上の写真の杯で一杯飲みながらこれを書いているが、そんなことを妄想して いると、ちょっとキザだが、このひとつの朱塗の杯がたいへん愛おしい。
塗師屋に話を戻す。
出来上がった製品は、塗師屋が手ずからお届けする。日本全国津々浦々。注文主のお宅へ行き、「ジャジャ~ン」と素敵な風呂敷包み(これも職人仕事だね)をほどく。
待ち焦がれていた注文主様は、「おお~っ!ワンダフル」とか、「マーベラス!」とか、「デンジャラス!」とか、もしくは、「ちょっと、思ってたのと違う~」とかおっしゃり、ご飯を食べたり、お酒を飲んだりしながら、塗師屋と、あーだこーだと論議をかわす。これもまた楽し。
そして塗師屋のオヤジは、「これには、他に、こんなんがあると、もっと Goo でっせ~」と、次の注文をいただくのだ。
塗師屋とは、ライフスタイルコーディネーターだったのである。
戦国武将達だって、みんな、こうしていたのだ。細かくて、うるさい、こだわりのお客様だったろうな~。職人達も必死だったでしょう。だって、気に入らなかったら首をはねられることもあったと思う。命かけて作ったでしょうね。
お大名や華族はもちろんのこと、お大尽もいなくなった今日この頃。こういう豪気なこだわりの注文主や職人を育てるパトロンのようなものも少なくなった。企業が育てようとしていたが、なかなか難しく手を引くところが増えた。これは、他の芸術やスポーツも同じですね。
発注主がいなくなる
↓
製作する機会がなくなる
↓
職人さんの技が衰退する
↓
職人さんがやめる
↓
伝統工芸が滅びる
と、いうフローになるということだ。
よって、漆器屋は、大衆に好まれる商品を作るようになる。それを、京の某漆器屋は、おしゃっているのだと思う。でも、これは、店を閉じる口実かもしれないかもしれない。。。ごにょ。
大衆受け・・。良いではないかと私は思う。そうしないと、本当に廃れちゃうもの。
今、浴衣が若者に流行っているでしょ。妙な着方をしているけど、それでも、浴衣を着よう!という心意気がありがたいと思う。そうしているうちに興味が湧いてきて、きちんとした着方を覚えたくなる人も出てくるだろう。私なんか、歳をとってきて、最近着物を着るのは面倒で、これではアカンと反省しているのだ。
漆にしても、カジュアルなものを使っているうちに、本物が欲しくなってくるもんだと思うのだ。気軽に楽しく使えなきゃあね。
「でも、気軽って言われてもさぁ~、漆よ。」ですか?大丈夫!
これは、また。
ほな。
コメント欄をもうけさせていただきました。公開はいたしませぬので、ご感想なりいただければ嬉しいです。
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