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2009年9月12日 (土)

金を蒔く蒔絵、金を沈める沈金

マリコ・ポーロ


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飯椀。室町時代に陶磁器が輸入されてくる前までは、ご飯も普通に木の器で食べていた。この蒔絵は、南天。古来より「難を転ず」の意から、縁起のよい意匠である。黒漆に白いご飯を盛ると、ふっくら美味しそうに見えますね。~


蒔絵をほどこされた重箱などを見て、「うひゃ~、金ピカ~」と思う方。本来、金蒔絵は現代の蛍光灯などの下(もと)で見るものではないそうだ。
電気が入ってくるまでは、昼間は自然光、夜は手燭の灯りで生活していたでしょう。そういう明るさ、暗さを想像してみてほしい。

金蒔絵は、そのほのかな明るさの中で美しく浮かび上がるような加飾なのである。これは、漆器の蒔絵に限ったことではなく、金屏風・金壁障壁画なんかもそう。


京都 智積院で、長谷川等伯や久蔵の金壁障壁画を見ていた時、案内の方が光源を当時のロウソクの灯り程に落としてくださったことがある。

そこに浮かびあがった(というか、沈み込んでいった)金や、まるで夜桜を見るような桜の胡粉の美しさを見て、「あ~、こういうことか~」と納得したものだ。その後、ご覧になった方も多いと思うが、東博で若冲などのプライス展をやった時も、このパフォーマンスで見せてくれていたわね。


実は、私は加飾がない漆器が好きで、蒔絵のものはほとんど持っていない。我があばら家には、蒔絵が似合わないし、いい蒔絵だなと思うものはたいそう高いしね。まあ、あとは、せっかくの上塗の美しさがちょっと紛れちゃう、と、私は思っちゃうからだ(ごめんなさい。蒔絵師さん)。単に、好みの問題です。


蒔絵とは、金粉銀粉を‘蒔く’から蒔絵という。接着剤は言うまでもなく、漆である。

下絵を描いて、金色にしたいところに漆を塗り、そこへ細い竹筒にはいった粉(ふん)をサラサラサラとかトトトトトッとか蒔くのである。この蒔絵の手法は、これがまたいろいろあってややこしい。ここに書き出したら、つまらない解説書になってしまうので、やめておこう。(うそだ。そこまで書けないくせに・・・)


加飾には、もうひとつ技巧がある。沈金である。

こちらは、ノミで下絵を彫って、彫った溝にやはり漆を塗り(漆は世界最強の接着剤)、そこに紛を蒔いたり、金箔や銀箔を貼ったりする。これを、金を沈める という。


この二つの差は、どなたでも見て分かる。蒔絵は盛り上がっているし、沈金はくぼんでいるからだ。もうひとつ「呂色」というものの差もあるが、これはまた次回。

蒔絵は万が一、失敗してもやり直しがきく。しかし沈金は彫ってしまうので、失敗したらもうその器物はおしまいである。


さて、その蒔絵や漆絵を描く「蒔絵筆」の話。

蒔絵筆は、「従来クマネズミの脇毛で作ってきた」。と研修で習った。一本の蒔絵筆を作るのに、5匹のクマネズミが必要だそうだ。しかし、いったいクマネズミの腋毛ってなんじゃらほい。


クマネズミとは琵琶湖畔に生息する毛足の長い体長20cm位のネズミで、脇の毛とか背中の毛とかとも言うが、それは、細く弾力があって非常にグーらしい。

ご多分にもれず、これも絶滅に近い。それで、最近はタヌキとか猫の毛っけを使う。

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↑ こんな毛っけ?


皆様も、おうちに蒔絵が施されたお宝がありましたら、是非、人工の灯りを消して、仏壇や非常用のロウソクをつけて、「蒔絵」の醍醐味を味わってみてくだされ。

えっ?まっくろけっけで、美、どころかなんも浮かび上がらんすか?それって、蒔絵じゃなくて、プリントじゃない?


では、次は仕上げの「呂色」か、下地へ戻り「布着せ」「地の粉」かな。

ほな。


コメント欄をもうけさせていただきました。公開はいたしませぬので、ご感想なりいただければ嬉しいです。

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