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2009年9月24日 (木)

会津の言い分 その3 旅日記

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~会津へは、郡山から会津ライナーで行こう!(私はJRの社員ではありませぬ)~


ディープだったその1&その2、に続き、ここからはカジュアルな会津の歴史の旅を。

では、皆の者、意識を遥か昔へ飛ばしてください。歴史の旅は、マインドコントロールが大切です。


「その1」と「その2」では、会津塗と会津魂について長々と語りまくらさせていただきました。某会津人から「考えすぎじゃ、偏りすぎじゃ」という突っ込みもはいりましたが、妄想と偏見の見聞録なので、そこんとこよろしく。

「その3」は、塗と魂から離れた、カジュアルな会津の旅へのご案内です。

あいばせ、会津(ちょいと会津へ)


旅は、段取りを決めず気の向くまま足の向くままが醍醐味なのは、じゅうじゅう承知しておりますが、かといって、休みと経費が限られている今、そうそう風流なことも言っていられません。そこそこ段取りがあり、そこそこ迷ったりするのが、そこそこ楽しいですよね。

そんな感じで、一泊二日、マリコ・ポーロ風味で会津へタイムトリップしてみましょう。


なんといっても、会津はお蕎麦です(いきなり食べ物かね)。一泊二日、昼・夜・昼とお蕎麦屋めぐりを主体に歩き回りましょうよ。蕎麦めぐりにマインドコントロールが必要だろうかとは、おっしゃらないでね。


渡辺宗太郎商店

駅近くのステキな酒販売店です。会津の地酒はもちろん、日本各地の地酒を販売しています。酒販売店なのに、ここの親父さん、お蕎麦を打ち、お店の奥で食べさせてくれます。

これが美味しい。

一日数十食分しかうたないので、早く行かないとなくなります。だから、着いてすぐの昼飯をオススメします。

私はここで、いつも、買って送ってもらうお酒があります。だ~い好きです。

Image369_2 


会津 坂下、ばんげと読みます、の曙酒造さんのお酒です。シリーズ名は「天明」。お酒の名前は「亀の尾」。「亀の尾」は酒米の名前です。山田錦とか五百万石とかありますよね。それです。

亀の尾を使ったお酒は大好きなんですが、天明の亀の尾は、私の中ではNo.1です。


 嗚呼、滝沢本陣

戊辰戦争のとき、藩主容保(かたもり)公が、出陣する藩士達を涙をこらえ門前で見送ったところですね。

会津の出入りをするメインルートです。だから本陣がおかれたの。滝沢街道を通り、歴史好きにはビビッとくる、母成峠へ行く道です。

陣内には、戊辰の時に攻撃された砲弾の後とか刀傷が残っています(会津は刀傷が残っているとこ多いぞ)。テープで、戊辰話が切々と流れていて、皆、しんみりしちゃいます。


 嗚呼、天寧寺

近藤勇のお墓があります。処刑された板橋から首を取ってきて埋めた、ともいわれていますが定かではありません。我が、土方さんの供養塔もあります。坂道けっこう登るぞ。

「その1」でお話した、郡長正さんのお墓もあります。

合掌・・・


 嗚呼、会津武家屋敷

ご家老の西郷さんちです。当然、もともとは、お城の目の前にありました。当然、戊辰の時に焼けちゃったので、今、こちらへ復元されています。中には、興味深い資料がたくさん公開されています。

落城時の、西郷家の様子もお人形で展示されています。これが、人形自体はマネキンのようなんですが、内容がチャチじゃないのよ。泣けた・・・。

黙祷・・・

こちらに、妙にデコラティブ(装飾が多い)な、でも迫力ある石灯籠がありました。不思議だ~と思って近づいて見たら、レオ様(蒲生レオ氏郷)ご所要の石灯籠らしいと。なるほど。安土桃山時代、クリスチャン、その雰囲気らしいステキな灯篭です。前に行ったときは気が付かなかった。暗くて写真とれませんでした。


 そして、嗚呼、白虎隊の飯盛山

この街道、「いにしえ夢街道」ってネーミングぜんぜん似合わないと思うのです。「涙の街道」ですよ。判官びいきの日本人の琴線にふれる街道です幕末戊辰街道です。

白虎隊は有名すぎるから書きませんが、今、♪南ぃ~鶴ヶ城を望めばぁ~、のようには望みにくいのです。ポールみたいなのが、ちょうどいい位置で邪魔しちゃってましてね。

ここでは、白虎隊の武士魂に感銘をうけたローマから送られた、慰霊の石碑を是非ごらんになってください。

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なんと、ポンペイの遺跡から発掘された貴重な柱に銘文を刻んでくれたのですよ。武士道と騎士道は違うでしょ、とここで反論してはいけない。

でも、この銘文は、後に日本軍が削り取っちまった。理由は、ここに書かない。人それぞれいろんな考え方があるから。

白虎隊についても、隊の編成から、最後までの有様とか、現地へ行ってだんだん深く知ってくると、考え方が変わるかもしれないですよ。


 松平家御廟

言わずもがな、歴代藩主のお墓でござる。流れとしては、滝山本陣→(大通りを通らずに行けます)飯盛山→「和田」→天寧寺→(バスかタクシー)西郷さんち→御廟かな。


ここで、マリコ・ポーロ風味の情緒的な旅ルートの勝手なアドバイス(通な方は他の通な方のブログやHPをご覧くだされ)。

ルートとしては、ちょっと無駄な動きになりますが、

①会津の旅のメイン、鶴ヶ城は、西郷さんちを見てから行ったほうがよいと思う。
②滝山本陣と飯盛山は、鶴ヶ城を見てから行ったほうがよいと思う。

物理的にも、精神的にも、妄想的にも、いろんな意味で。


そして、いざっ!と、夜の飲みに行く前に、レオ様のお墓参りはいかがでしょう。なぜなら、お墓は町の繁華街の真ん中にあるからです。

 興徳寺

「その2」でお話しましたが、是非!


ほな、夜の飲み&鶴ヶ城&藩校日新館&町歩きは次回。しかし会津にページ取られすぎだ。これでも、全然書ききれない、書き足りない。


ほな。。

コメント欄をもうけさせていただきました。公開はいたしませぬので、ご感想なりいただければ嬉しいです。いただいたコメントにはお返事させていただいております。

画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。

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