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2009年9月 3日 (木)

伊勢新九郎 湘南ボーイへの道

時は戦国時代も初め、関ヶ原より百年以上も遡ります。

 

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~三浦半島の秘密の場所より、北条 vs 三浦 の海の落日~


その頃、三浦半島一体は三浦一族の勢力下にありました。三浦氏は、桓武天皇の子孫といわれ源頼朝の旗揚げにも力を貸してあげた名門です。彼らにしたら、それこそ北条早雲こと伊勢新九郎なんて西からやってきたポッと出の新人。馬鹿にしてたでしょうね。

着々と力をつけ伊豆を制し、相模の制覇を狙う新九郎さんにとって、次の邪魔者は三浦一族です。三浦一族から‘湘南ボーイ’の名を奪うための、新九郎さんの三浦半島侵攻が始まります。


岡 崎 城

 

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~小田急伊勢原駅からバスで10分位~


三浦氏の拠点のひとつです。城主は息子に家督を譲った三浦道寸どうすん。どうすんの?・・すいません。主郭は今、無量寺というお寺になっていました。

周囲は非常に心地の良い景観です。そこここから富士山が見えます。ぜひ、周囲をぐるりと歩いてみてくだされ。もののけ姫が出てきそうな道や、美空ひばりと里見浩太郎が股旅ファッションで歌を歌いながら歩いていそうな(う~ん古い、古すぎだ)とこもあります。

岡崎城は新九郎さんの手に落ち、道寸入道達は逗子の「住吉城」をへて、三浦半島の先端油壺にある「新井城」へ向かいます。


新 井 城

油壺あぶらつぼ

三浦半島の名勝です。神奈川や東京城南地域の人なら小さい頃から、ドライブ・海水浴・遠足・デート・マグロ購入のついで、等々で何度も訪れるところです。マリンパークという大きな水族館もあります。


このマリンパークが新井城の跡なのです。神奈川と東京の諸君、知っていたか?!油壺湾に切り立った断崖のように突き出ている半島全体が新井城なのです。新井城が落城したときに流れた城兵達の血で、湾内は油を流したようであったため「油壺」と呼ばれるようになった、と、案内板には書いてありました。

(新井城や三崎城については諸説あり。マリコ・ポーロ、まだ勉強中。)

 

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~↑ 観光目線の油壺~

 

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~↑ 落城した城跡目線の油壺~


みなの者!この湾からあがったお魚を「う~ん、おいぴい~」などとウキウキモードで食してはいかんのである。命を落とした城兵達のご冥福をお祈りしながらいただかねばならぬのだぞよ。

新九郎さんが無理をしなかったこともあり(たぶん・・?)、3年、この城は持ちこたえましたが、ついに終わりの時を向かえます。道寸殿達はこれを最後と城を討って出ます。敵陣に突入。自刃。早雲入道と道寸殿との長~い付き合いも終わりました。


道寸が、最後まで城に残った家臣達と酒を酌み交わしながら詠んだ時世の句。

討つ者も討たるる者も
かはらけ(カワラケ)よ
砕けて後は もとの土くれ


戦国武将の辞世の句は達観したものが多い。「しょせん人は・・」とか「しょせん人生ってヤツは・・」みたいなの。日々が死と隣り合わせだったし、当時流行った思想(末法思想)の影響もあるんだと思う。でも、それは、あきらめの境地ではなくて、思いっきり燃焼した後の達成感みたいなものだろうな。


さて、道寸殿が自刃したあと、ご子息の義意殿も敵中に突入。義意殿は当時では珍しいほどの大男だったそうです。獅子奮迅の働きをみせる義意くん。すっごい迫力だったでしょうね。

しかし、もう無理です。討ち死にです。享年21才。

 

021

 

続いて「三崎城↑」も落ち、ここに鎌倉以来の名門「三浦一族」は、 ジ・エンド。北条早雲こと伊勢新九郎は相模を制覇。 ‘湘南ボーイ’の名を勝ち取ります。この時、新九郎さん、なんと!

80代半ば!!

湘南ジイかっ?と言うのは昔の説。昨今は、この頃の新九郎さんはまだ壮年といわれておる。つまり、関西からやってきた湘南チョイ悪オヤジか。(昨今の研究では新九郎さんはもっともっと若いとされている。)


北条一族の次なる野望、関東制覇への道はこれより始まるのであ~る。続く・・・。

ほな。


コメント欄をもうけさせていただきました。公開はいたしませぬので、ご感想なりいただければ嬉しいです。画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。画像と記事の持ち出しは平にご容赦願います。

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