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2009年12月30日 (水)

能生・米沢「③北条氏照の悩める存在 上杉謙信と景虎さん」

(加筆
最新の研究をよく知らない頃に書いております。そこのところお含みおきのうえご覧くださると助かりまする~。また、10年後の 2019.11 の乃至政彦による講演の内容です。よろしくば是非こちらを講演 「上杉三郎景虎 勝つための戦略」乃至政彦氏(2019.11)


「北条氏照の悩める存在 上杉謙信と景虎さん」の続きの続きは、春日山城まわりのお祭りやお酒や米沢を軽く。いつも重いので…?


謙信公祭

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~武将の輸送は陸上自衛隊高田駐屯地が前面協力。まさに、戦国自衛隊!


8月の終わりの夜、春日山城で川中島の合戦絵巻が繰り広げられます。春日山城の夜の気配が堪能できるのです。篝火に浮かび上がる春日山城。夜気が迫り、静まり返った山の奥から私達を大きく包み込むような何かが忍び寄ってくるようです。

5月始め、米沢の「上杉まつり」でも川中島の合戦が行われますね。こちらは規模も大きく企画もよく練れていて、アミューズ要素は強いです。しかし、夜の「武てい式の再現」は、とてもフォーマルで身が引き締まるイベントです。ご当代の上杉のお屋形様もご列席なさるのですよ。

「謙信公祭」も「上杉まつり」もどちらも、謙信公ファンでなくとも、戦国ファンでなくとも、歴史に詳しくなくても楽しいです。


能生(のう)

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~越後白山神社~


千年の歴史がある神さびた、気の濃い神社です。もとは白山信仰の、つまり白山権現であります。ここらあたりの北国街道は海に沿っていて、白山神社も街道と海に面しています。

逃げ回っていた義経(好きな方ゴメンなされ)や、偵察中(うそ。知らないけど。)の芭蕉も立ち寄り、社伝によると上杉謙信公や直江兼続殿も太刀を奉納しています。本殿は一度消失し、能登の畠山氏が再興したそうです。畠山氏は謙信公が滅ぼしたわね。


本殿や拝殿は、天然記念物の山(山自体が天然記念物です!)を背負っていて、というか、二人羽織のように、山に覆いかぶさられていて非常に不思議です。実は、わらわ、ちょっとゾワッと寒くなって本殿へは近寄れませんでした。写真は拝殿です。本殿は、拝殿の裏側にあります。

狛犬もぜひ見てくだされ。ゴツイです。変わってます。神主さんは常駐?してらっしゃいませんが、白山権現のお札はいただけますよ。


能生は漁港の町。旅番組に出てきそうな、日本海の漁港らし~い町並みです。時間があったら、能生の町と白山神社はおすすめします。直江津から5つ目の駅、30分弱です。


  くろうざえもん

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「くろうざえもん」は白山神社のある糸魚川の、新潟県で一番古い造り酒屋さんのお酒です。「くろうざえもん」は、初代の杜氏さんの名前だそうです。米沢にも同じ名前のお酒がありますね。そちらは漢字で「九郎左衛門」です。

「くろうざえもん」は、癖がないのに余韻があります(と思う)。直江津の商店街の某居酒屋で、能生に揚がった魚をアテに飲めやすぞ。ちなみに、メニューにはありませぬ。


泥足毘沙門天

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~お鷹ぽっぽ とツーショット~

米沢の「お鷹ぽっぽ」は、上杉鷹山公が農家の副業として奨励した一刀彫です。 単なるお土産にとどまらない風格と存在感があります。ただし、作者によって風格は違います(と思う)。

「泥足毘沙門天」は謙信公のご持仏。現在は、米沢の謙信公の御廟前にある法音寺におわします。拝ませていただきましたが、ご持仏ですからとても小さいのです。某大河「天地人」では仁王様みたいに巨大でしたね。(額の写真は、資料集から切り取った。)


米沢

米沢には、謙信公の御霊はおわしますが、謙信公の足跡がありませぬ 。でも、伊達政宗公の足跡はあります!政宗公は 23歳 の時まで米沢が本拠地でしたからね。

わらわの三大ヒーロー、北条氏照、土方さん、そして、東北の誇り!伊達政宗。私は、祖先が荘内&越後→伊達桑折なので、どうしても関東以北の武将達に思い入れがあるのじゃわ。 

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~上杉神社参道にある伊達政宗生誕の地の碑。右奥には、「成せば成る」の上杉鷹山公の像。小さいですが見えますか?クラーク博士みたいなポーズ。~


そして、米沢といえば、尊敬する上杉鷹山公。鷹山公のエピソードを読んだり遺品を見たりして、涙を流さない人はいない!ぐらいな方ですよねえ。

上杉神社の稽照殿に行かれてみてくださいまし。順路にそってモードでゴージャスな謙信公のご遺品を見ていると、急に色彩が無くなり地味~になります。アレッと思うと、そこからが鷹山公のご遺品なのです。


「殿様の酒」というお酒 の箱には、小野川の開墾の時のエピソードが書いてあります。開墾作業にたずさわる領民達に、「よろしく頼む」と、自らお酒を注いでまわった、あの話です。このエピソードを読みながら飲んでいると、泣けて泣けて。

家臣にも内緒で春日社に奉納した誓詞なぞ、その時の公の悲壮な決意が伝わってきて、胸がつまって読み進めません。


私は、ずっと、「この方は、小さな頃に遠く九州から養子にやってきて、非協力的な旧体制の反対勢力の中、藩の建て直しのために粉骨砕身。ご正室ともある意味で添えず、はたして心休まるときがあったのだろうか」と切なかった。

でも、ある時、ご側室がいらして晩年はご二人寄り添い静かにお暮らしになったということを知り、救われた思いがしました。


肖像画を拝見するとインテリで華奢な感じですが、以外に頑固というか強情でタフな方だったのかもしれませんね。でなければ、こういう人生は歩めないです。だって、70歳以上の長生きですよ。出来れば、お若い頃の肖像画が見たい。

米沢には、「鷹山」という美酒 もあります。


 雪のお祭り

2010年2月、米沢の「雪灯篭まつり」と会津「絵ろうそくまつり」は同時期3日間開催ですねえ。どちらも豪雪地帯の夜ならではのステキな雪まつりですよ。どうしましょう。3日間も仕事休めないし。‘雪まつり’に焦点を絞って、一泊で一挙に行きますか。


● マリコ・ポーロ的、堪能コースは、

12(金)又は 13(土) 会津へ 
「絵ろうそくまつり」 会津泊

13(土)又は 14(日)米沢へ(2時間ちょっと)
「雪灯篭まつり」を楽しみ、遅くの新幹線で帰路

翌日 疲れた体にムチ打って仕事(楽しんだから仕方ない)

ですかね。お金貯めとかなきゃ。


● 経験上のアドバイス

その1)
会津・郡山往復の磐越西線は、この時期は、雪で、まずダイヤ乱れます。それも、かなり。これも雪国。当たり前。雪の磐越はSLも走っていて、駅のホームにたたずむと、健さん(松平健じゃないよ、高倉健)なりきりマンになれます。寒いけど。

その2)
夜、お城をフラフラしないと意味がないので、寒い時期の東北なのに惜しいですが、温泉ではなくて市内のホテル泊まりをおすすめします。温泉旅館だと夜ご飯とか、いろいろ小回りがきかない。

上杉謙信の章はひとまずこれにて。来年は「八王子城落城420年イベント」です。


皆さま良いお年をお迎えくだされませ。
ほな。


拙書「妄想と偏見の城跡見聞録」2008年9月より抜粋。画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。画像と記事の持ち出しは平にご容赦願います。

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