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2010年2月19日 (金)

南総里見ファンタジーツアー 1

マリコ・ポーロ


伯耆の国(鳥取)で非業の死をとげた貴公子がいました。安房(千葉)の里見家 最後の当主でした。6人の家臣が後を追いました。時はすでに江戸時代にはいっています。

そして、南総里見八犬伝のお話が誕生しました。


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~2008年千葉市美術館「八犬伝の世界」~


ご存知!南総里見八犬伝

仁! 義! 礼! 智! 忠! 信! 考! 悌!


ある日、八王子城とオオタカを守る会の重鎮のひとり Y 御大が、八王子城の管理棟広場にある北条の勢力分布図の前でおっしゃいました。

「ね、見てごらん。房総半島の先だけ色が違うでしょ。北条はついに安房の先だけ手にいれられなかったんだよ。不思議でしょ。面白いね。なんでだと思う?」
Y 御大は、このことについて色々と興味深い色々ご考察を書いてらっしゃいます。

本当だ。あと一息だったのに。そこで北条滅びちゃったからな。もう少し時があたら制覇できたかしら。でも、最後の頃は、なあなあになってた感もあるしな。


‘ものがたり’が好きなので、八犬伝はさらっと読みはしていましたが、史実の里見については、わが?北条とかかわる部分ほんの少ししか知らない、わらわ。その時、里見への興味に拍車がかかりました。旅と歴史のルポライターとしては(自称)、里見の気持ちになって南総を歩き直したいと思ったのです。

東京からだと、里見の本拠地へは高速バスで片道 \1,800.-。1時間半なり。アクアラインを通って、なんと!「久留里城三の丸跡バス停」まで、直接乗り付けられるのです。


一足早い春を求めて、里見の房総へ
いざ!出陣!


大好きな土地の名前の由来

南総里見八犬伝の「南総」とは、物語の発端となった地域の名です。


関東の人だと、千葉って、臨海学校、遠足、いちご狩り、マザー牧場、南パラ?、サーフィンなどなどで必ず行ったことはあると思います。

私は東京の城南地域(江戸城下の南エリアってこと)住まいなので、三浦半島や伊豆半島ほど馴染みはありませんが、鴨川シーワールドや今は無き行川アイランドが大好きなので何回かは行ったことがあります。わらわが若者の頃は、千葉に行くには京葉道路を行くしかなく、それが殺人的に渋滞するので、どうしても敬遠してしまってたの。今はアクアラインがあって、しかもバスもたくさん出ているから楽勝ですねえ。


では、総武線とか北総電鉄とか、南房総に花を訪ねて・・とかの「総」って何でしょうか?駅名にも、下総流山とか上総一宮とかあるわね。

当ブログを読んでくださっている皆さんは坂東の歴史ファンが多いと思うので承知の介でしょうが、千葉は、大昔、「総(ふさ)の国」といいました。上総(かずさ)。下総(しもうさ)。半島の方は「房」。ふさふさですね。安房とも言う。「総」の南だから「南総」?上総(かずさ)と安房を合わせて「房総」?


調べてもいろんな説があってよう分からぬ。千葉の方、合ってますかね?でも、ま、位置関係としてはそんなところです。住居表示では由緒ある土地の名前がどんどん消えていくのに、鉄道や道路の名前、あと、天気予報なんかにも意外なところで使われて残っているもんですね。これからも残してね。

ちなみに、総武線の「武」は、武州(武蔵)。

 

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~八王子城にある勢力分布図~


史実の里見一族のこと

里見一族・・・。八犬伝のお話のせいか、なんとなく謎が多くミステリアスなイメージがありませんか。


同じ半島の一族でも、三浦一族は違うなあ。三浦半島は当時の関東の政治の中心である鎌倉に近いし、半島も小さい。それに比べて房州は鎌倉から距離があるし(水軍ならすぐだけど)、半島も大きく山が深い。だからかなあ。


里見は、上杉謙信公や古河公方と提携したり、北条と組んだり敵対したり、そして御サル殿下に攻められてこの半島の先を一族が生きる場所に選びました。しかし最後には、徳川家康によって伯耆の国(鳥取)に配流になってしまいます。

里見一族は平安鎌倉時代から続く名門。ここにももれなくお家争いが起こります。そうなると、どれが本流か分かりません。これは、どこもそうです。直系だけでお家争いもなく続いたお家なぞほとんどないでしょう。


あっ!ある。
我が北条一族です!しかも五代も!


里見一族は、後を継いだ後半担当血筋が、前半担当血筋の記録をずいぶん変えてしまったらしく、前半足跡はよく分からないそうです。前半担当血筋は、封印された里見氏の時代」 ともいわれているそうですね。里見一族のミステリアスなイメージはこのせいもあるのでしょうかね。

でも、自分達の都合のいいように記録を塗り替えるなんてことは、時の権力者はみんなやっていることです。


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~房総半島の先から見る、里見一族の海~


ものがたりの、ザッとのあらすじ

ご存知の方が多いでしょうが、一応。

「南総里見八犬伝」は、幕末の文豪 滝沢馬琴が、里見氏の歴史を元に30年近く続けた、一大ファンタジー小説です。


時は戦国時代。
里見の姫 伏姫(ふせひめ)は、城主である父上が戦の最中(さなか)、犬の八房と戯れに交わした約束のため、八房と共に富山(とみさん)の洞窟で暮らすことになります。

不思議なことに犬の気を感じて懐妊してしまった伏姫は、その身を恥じて自害。


その時、伏姫の体から白気が立ち上り、数珠から 仁 義 礼 智 忠 信 考 悌 の8つの玉が飛び散ります。これが物語りの幕開け。

8つの玉は、8人の犬士(剣士)に宿り、さまざまな国を舞台に、さまざまな怨霊や生人の悪者達と戦い、里見家を襲うさまざまな危機を救います。


それが、本当にさまざまですよね~。脳が痛くなるくらい、どこがどこだか分からなくなる程アチコチで、覚えられない程いろいろな人と出会い、別れ、たと思ったら、また出会う、を繰り返します。八犬士が時と場合に応じていろんなバリエーションのペアやトリオやカルテットを組み、因果往復、おどろおどろしい敵と戦いまくる。

八犬士が、真田十勇士とテンコシャンコになりそうな時があるけど、十勇士は忍者。八犬士は剣士。武士です。そして、かならず苗字に‘犬’が付きます。犬塚とか犬坂とか。


里見八犬伝は伝奇小説です。だいたい最初が伝奇的でしょ。犬の気に感応する?何それ?‘陰’のファンタジー小説。歌舞伎や錦絵の題材にされるのにピッタリ。人は「悪の華」の魅力に惹かれるのだよ

さ~てさて、里見家の再興はなるのか?ものがたりの結末やいかに…

南総里見八犬伝はフィクションです。実話ではありまへん。念のため。


では、次からいよいよ本題の史実(か?)の里見の見聞録。まずは、「前半の担当血筋」の城跡へ。


ほな。
(2009年弥生、拙小冊子「妄想と偏見の城跡見聞録」より抜粋)


コメント欄をもうけさせていただきました。公開はいたしませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。画像と記事の持ち出しは平にご容赦願います。

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