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2010年3月11日 (木)

里見の焼討ちも生き延びた?大銀杏

今から480年程前、わが?北条 二代目氏綱公の時、北条 vs 里見の戦いで鎌倉の鶴岡八幡宮は里見によって焼討ちされました。古都鎌倉は焼け野原となり、八幡宮もほぼ全焼したと伝えられています。
この大銀杏は、その時も生き延びたのでしょうか?

140 ~前のブログ「古都鎌倉は前北条か後北条か」でも出しましたが、哀悼の意をこめてアゲイン(幹のアップ)~

まだ夜も明けやらぬ暗い境内。轟音に驚き駆けつけ、懐中電灯(か、もう少し大きいライト?)で照らし出された先にあるのは、壮絶な大銀杏の姿。
強風の中ただ呆然と立ち竦む、その時の神職たちの恐怖を想像すると鳥肌がたちます。


実朝暗殺は、800年前。昔、私、この大銀杏の樹齢をよく知らなかったので、「言い伝え」としても、はたして当時この銀杏は人が隠れられる位の太さがあったのかな?と思って、尋ねたことがあります。

「樹齢千年だから、当時でも200年。OK、OK。」という八幡宮関係の方もいれば、八幡宮裏の私の友人や観光ガイドさんは、「二代目という説もある」と。

昨年から保存のための活動にはいっていたそうですが、もし樹齢千年としたら、遅いですよねえ。
これから大銀杏のご遺体の調査が始まるそうですが、樹齢や、焼討ちによる火をうけた痕とかも分かるんでしょうかね。

それを取り付けると、大銀杏公が、見てきたことを全て話してくれるスペシャルな機械があったら面白い。

実朝暗殺も、「あの式典の途中で帰っちゃった、あの前北条の、あの人が首謀者であ~る」とかおっしゃるかもかもかも。
大銀杏公は、西行が子供に銀の猫をあげちゃったのも、里見の焼討ちも、上杉謙信の就任式も、みん~なご覧になっていたのですよね。


わが八王子城の心源院にも、空襲をうけて中が空洞になっても毎年美しい花を咲かせる桜の木があります。
植物の生命力ってすごいものです。

026
こちらは、三浦半島の海南神社にある、「頼朝公お手植え」の大銀杏(先のブログ「伊勢新九郎、湘南ボーイへの道」ご参照くだされい)。

魔王が両腕を広げたみたいな大迫力ですが、この大銀杏も樹医さんとかはいっているのかな。


八幡宮の大銀杏公の跡地はどうするのでしょう。
とりあえずは、等身大の遺影の看板を立てるのでしょうか。
また若木を植えて育てていくのでしょうか。
しかるべき青年の木を養子にむかえるのでしょうか。


大銀杏公に黙祷・・・


ほな。


コメント欄をもうけさせていただきました。
公開はいたしませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。画像と記事の持ち出しは平にご容赦願います。

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