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2010年3月 6日 (土)

後北条の謎の女人 「香沼姫」

(2014.8.6加筆。
最近判明してきたことだそうですが、山木大方(やまきのおおかた)と崎姫は、今は、別人とされているようです。これを書いている頃は、崎姫=山木大方だとされていましたので、そのへんのところをお含みおきの上で読んでくださると助かります。→http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/at-2d5f.html。)


小田原城旧館(八幡山の古郭)の中腹あたりに、「天佳院 香沼姫」という方のお墓があります。このあたりは姫の邸跡だったそうですが・・・

001
~奥下の屋根がそうです。手前は土塁。墓前にお参りしてまいりました。~


香沼姫(かぬまひめ)。

ここに以前あった説明板(2010.2現在はない)には、香沼姫は、北条の二代目 氏綱公の娘となっていました。となると、氏康殿の女兄弟にあたりますが・・・。


古郭はかなり住宅地化していて、特にここは、家と家、坂道と坂道の狭間みたいなところで、こちらのお宅のご先祖様とみられる方々のお墓や板碑などもあります。


江戸時代に、北条家のご子孫(狭山藩)によって作られたいくつかの系図では、氏綱公の姫には香沼姫という名はありません。香沼姫という名は崎姫の娘にはありますが、確証はないそうです。

女性は系図上では、有力者に嫁いだりした場合以外は、「女」としか表記されないことがほとんどでしたからねえ。


香沼姫には色々エピソードがあります。

とても長生きをされた。
とか、
生涯どこにも嫁がなかった。
とか、
北条最後の当主 氏直さんのご正室 督姫(とくひめ)は家康の娘でしたが、督姫が池田さんと再婚された後も、親交を続けてらした。
とか、
香沼姫の叔父上 幻庵殿の尺八を欲しがった家康に、「あげないよん」とお断りになった。
とかとか。

何を調べても、そのエピソードがどこからきたか分からない、というか、香沼姫という方のことが何にも出てこないので小田原市の関係者にうかがったところ、今の段階では、教育委員会的には、すべて 「言い伝え」 としか言えないとのことでした。

お手紙とか墓誌でも出てきたらいいのにねえ。


とにかく、このあたりに、なにがしらの女人がお住まいだったことは確か。
しかもこのあたりは城内でも古郭にあたり、北条家の祭祀をおこなう御前曲輪に続く道で、城内でも神聖なエリアに近い場所です。その方は、しかるべきポジションの女人だったと思われます。北条家を守る存在(一族の菩提を弔う)だったのかしら。

こういうのって、とっても不思議な話でしょう。かえって、何も確証たるものが出てこなくて、「永遠の謎」の方がファンタジーで魅力的で、小説なんかにも出来そうですねえ。


現在(2010.2)は看板もなにも無く私有地のように見え、ただ行ったのではなかなか見つけられないと思いますが、市の方がおっしゃるには、この地は市が買い取り、3月末頃には整備されて自由にお参りできるようになるそうですよ。
(2010.5 加筆 市の観光課の人の勘違いと分かる)

そうしたら、是非お参りされて、謎の女人の正体をいろいろ妄想してみてくださりませ。


説明板になんと書かれるかも楽しみだわ。

ほな。


cat コメント欄をもうけさせていただきました。
公開はいたしませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。画像と記事の持ち出しは平にご容赦願います。

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