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2010年3月 6日 (土)

小田原北条の謎の女人 「香沼姫」

(加筆:その後研究が進み、香沼姫さまは、現在では先に書いた氏康の女兄弟の山木大方の娘、つまり氏康の姪、つまり氏綱の孫(ヤヤコシ)ということになっています。そのへんのところお含みおきのうえ、以下ご覧くださいませ。)

001
  ~土塁下の屋根がお墓の覆堂。~


小田原城古郭の中腹あたりに、「天佳院 香沼姫」という方のお墓があります。このあたりは姫の邸跡でした。


香沼姫(かぬまひめ)…

ここに以前あった説明板(2010.2現在はない)には、香沼姫は、北条の二代目 氏綱公の娘(氏康殿の女兄弟)とありました。


古郭はかなり住宅地化しています。特にここは、現代の家と家、坂道と坂道の間(当時は小さな尾根と尾根の間?)のようなところで、姫ゆかりのお宅のご先祖様とみられる方々のお墓や板碑などがズラリと並んでいます。


江戸時代に、北条家の子孫(狭山藩)によって作られたいくつかの系図では、氏綱公の姫には香沼姫という名はありません。香沼姫という名は崎姫の娘にはありますが、確証はないそうです。

女性は系図上では、有力者に嫁いだりした場合以外は、「女」としか表記されないことがほとんどでしたからねえ。


香沼姫には色々エピソードがあります。

とても長生きをされた。
とか、
生涯どこにも嫁がなかった。
とか、
北条最後の当主 氏直さんのご正室 督姫(とくひめ)は家康の娘でしたが、督姫が池田さんと再婚された後も、親交を続けてらした。
とか、
香沼姫の叔父上 幻庵殿の尺八を欲しがった家康に、「あげぬ!」とお断りになった。
とかとか。


何を調べても、そのエピソードがどこからきたか分からない、というか、香沼姫という方のことが何にも出てこないので小田原市の関係者にうかがったところ、今の段階では、教育委員会的には、すべて 「言い伝え」 としか言えないとのことでした。

お手紙とか墓誌でも出てきたらいいのにねえ。


とにかく、香沼姫様がこのあたりにずっとお住まいだったことは事実。

しかもこのあたりは城内でも古郭にあたり、北条家の祭祀をおこなう御前曲輪に続く道で、城内でも神聖なエリアに近い場所です。その方は、しかるべきポジションの女人だったと思われます。北条家を守る存在(一族の菩提を弔う)だったのかしら。


こういうのって、とっても不思議で素敵な話でしょ。かえって、何も確証たるものが出てこなくて「永遠の謎」の方がファンタジーで魅力的。


ほな。

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