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2010年3月27日 (土)

国府台合戦場の桜

マリコ・ポーロ


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~江戸川を渡りきったところの土手には、我ら北条勢の者が迷わぬように「戸定邸(松戸城)→あっち)」の標識がある。~


松戸駅まわりは、北条氏綱公+氏康殿&古河公方の足利さん VS 小弓公方の足利さん&里見をはじめとする房総勢の、第一次国府台(こうのだい)合戦の舞台となったところです。

そのとってもすぐ近くに、わらわの親族のお墓の一つがあるので、お墓参り後は必ず合戦場の跡に寄り道します(いいのか?この順路)。今回のお彼岸のお墓参り後は、第一次合戦の跡をたどって帰りました。第二次の舞台と、小金城などの見聞録はまた追々。


松戸の渡し

氏綱公&ご子息の氏康殿の父子軍は、このあたりを渡り、松戸城跡(当時すでに’跡’)に入ります。松戸城には、北条に組した近くの小金城の高城殿や原殿達が前乗りしています。

左手すぐには、小弓側の城「相模台城」があります。小弓公方の陣では、川を渡っている北条軍を襲え!という案も出ていたそうですが、公方の足利殿は「その必要はない」と、目の前で北条軍に悠々と川を渡らせてしまいましたと伝わっているそうな。


新進気鋭をあなどり余裕の態度の名門の古い政権。秀吉殿に、目の前で石垣山の大普請工事をさせてしまった、50年後の北条自身の姿が重なります(私は北条ファンですが)。


北条が陣を張った「松戸城」

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~松戸城の枝垂れ桜。満開!~


松戸城は、水戸徳川家が明治時代に建てた「戸定 とじょう 邸」というオウチになり、今は「戸定が丘歴史公園」となっています。建物は重文です。

戸定 とじょう」って妙な名前ですな。「外そと」の「城じょう」で、「城の外郭」というところからきた土地名らしいです。じゃがのう…邸内にもお庭にもパンフレットにも、どこにも松戸城のことは書いてありません。ということは、「とじょう」という名前のゆかりも、いずれ分からなくなちゃったりしませんかねえ。


敷地が千葉大園芸学部とつながっていて、柵越しに土塁やあやしき遺構の雰囲気が垣間見えます。戸定邸が城の外郭だったのなら、主郭はたぶんこの園芸部の方だろうといわれています。

園芸部の方は普段は入れないのですが、「緑の回廊門解放のお知らせ」の張り紙がありました。戸定邸と園芸学部を行き来できる門が開かれます。今年は10/16~12/23 だそうです。ちょうど我が家の親族の命日だ!帰りにまた行けるわっ!


相模台城

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~相模台城の桜と土塁。う~ん、開花までもうひと息。~


松戸城(戸城邸)の丘を降りて、徒歩(かち)にて3分、相模台城の下に到着。どこも城域って当時は今よりもっと広いでしょう。それを考えたら、両軍の距離は無いも同然。

丘の上に登ると、聖徳大学・法務局・裁判所・小学校・陸軍のなんかの跡?の各種公園やイトーヨーカドーが入り乱れていて、もし、この一帯も城跡とすると、かなり広大。この台地は高さもかなりあり、城側の入口からイトーヨーカドーに入ると、なんとそのフロアーは5階なのです。


小弓公方の足利さんは、最後、自ら敵に突入。ありえない…。落ちぶれたりとはいえ室町時代続いた名門の大将が…。そして、討ち死にしちゃった。嗚呼。

坂東の戦国時代をややこしくした原因のひとつ、小弓公方の終わりなり。(でも、のちに秀吉や家康によって復活する。)


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~聖徳大学の中にある「相模台合戦跡碑」。桜は…チト見当たらない。~


おまけ 「関やど」

松戸は江戸時代、水戸街道の松戸宿があったので、今でもその面影が残る場所や碑もあちこちにあります。

いつもお墓参りの帰りに寄る老舗のお蕎麦屋さん「関やど」さん。松戸駅徒歩5分。お城とは反対側の江戸川側。北条父子が渡河してきた方です。お酒のアテもたくさんあり、お蕎麦も美味しいですよ~。

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この日の「関やど」さんでは、桜茶(湯)がでたわ。春じゃのう。

ほな。


コメント欄をもうけさせていただきました。公開はいたしませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。画像と記事の持ち出しは平にご容赦願います。

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