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2010年4月 1日 (木)

北条の香沼姫と「香沼姫どん」

(2014.8.6加筆。

香沼姫や山木大方のことはこの後も度々々たっぷり書かせていただいておりますが、最近判明してきたことだそうですが、山木大方(やまきのおおかた)と崎姫は、今は、別人とされているようです。これを書いている頃は、崎姫=山木大方だとされていましたので、そのへんのところをお含みおきの上で読んでくださると助かります。→http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/at-2d5f.html。)


小田原の根府川に「香沼姫どん」があります。「どん」といっても、西郷どんの「どん」ではありません。「丼」です。

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~とっても美味しい「香沼姫どん」。串に練り物が刺さっているのは姫のカンザシを表現・・。お箸は箱根の寄木細工。~


horse 「香沼姫どん」「小田原どん」???

「小田原どん」とは、小田原の五百年の歴史に培われた匠の技を伝えようという「小田原ブランド元気プロジェクト」事業のひとつです。

「小田原どん」は、小田原の食材を使い、小田原漆器の器を使い、小田原がもっと好きになるおもてなしをする、ことが条件で、20件のお店が参加しそれぞれの「○○どん」を提供しています。内容は、海鮮・イタリアン・中華・フレンチなどなど和洋中さまざま。


「香沼姫どん」をいただけるお店は 「ぱぁくえりあやまもと」

東京や横浜から車で伊豆への行く時に135号を通る人は、あ~あそこの店ね、とピンとくると思います。私も、伊豆の帰りに何回か早い夕ご飯を食べに寄ったりしていました。上り車線からはちょっと入りずらい。

電車でも行けます。駅は根府川。駅から、どんどん、丼だけに、どんどん下へ降りて行くと、あります。車の往来がコワイけど。


「香沼姫どん」は一日の限定数があるので、予約しておくか、早い時間に行くことをおすすめします。といってもメニューは香沼姫どんだけではありませんよ。相模湾から揚がった新鮮な海の幸料理がいろいろいただけます。どれも美味しいの。お昼時は非常に混みまする。

お店は、席もゆったりしていて、窓からの眺めは、相模の海・海・海wave

「香沼姫どん」のネーミングは、店主ゆかりの姫だから。わらわの先のブログ「北条の謎の女人 香沼姫」をご覧いただけると助かりますが、北条が滅びたあと姫をお守りしてきた方の一族の御子孫だそうです。


香沼姫さまは、北条が滅びたあとも小田原城古郭に広大な敷地を与えられ、徳川の世になってからも長生きされました。北条幻庵殿と並ぶ重鎮中の重鎮だったことは間違いないでしょう。

香沼姫さまが、高野山へ行った氏直さんや、氏忠さんや、氏光さん達が亡くなったのを聞いたのも、ここでなのだよねえ。たぶん。


horse 崎姫と、前夫の堀越六郎さん

いろいろな資料本を読むと、諸説あります。

堀越六郎さんは、今川の一族でもあり家臣でもある駿河の見付城の城主です。桶狭間で魔王に殺された今川義元が、お家争い(花倉の乱)で今川の当主となった後、北条氏綱公は堀越さんとどうも結託して今川義元を倒そうとしたらしい。

だから崎姫がお嫁にいかされたのか、それとも、堀越さんが北条を頼って夫婦になったのか。その後、見付城は今川に攻め滅ぼされ、長男も自刃。駿河での堀越家はそこで終わったようですな。


香沼姫は六郎さんと崎姫との間の姫だということが通説ではあります。また、堀越六郎という名は、父も子も名乗っているので、どちらが崎姫の夫なのか分からないとのことですわ。

崎姫は花蔵の乱の後、次男と香沼゙姫(&夫もか?)を連れて相模へ戻ってきたのかしら。そして、その次男は吉良さんの養子になって北条の姫を娶る。これも、違うという説がありますが、どちらにしても吉良さん、完全に北条に乗っ取られます。


「山き」という女性が伊豆の修禅寺(お寺よ、温泉でなくて)の住職に宛てた文が残っていて、そこには、あるお寺を夫の堀越六郎の菩提寺としたということが書かれています。

崎姫は「山木の大方」とも呼ばれていますね。だからこのお手紙は崎姫がお書きになったものに間違いないでしょう。


崎姫(山木大方)は、北条に戻ってから吉良に嫁いだともいわれてきました。昨今では、それは別の北条の女人であるということが通説になりましたが、今みたいに家族構成を外に向かってはっきり公表する必要のない時代。ややこしいですねえ

歴史上の人物の誤解されていることを正したり確証を得たりするためには、やはり古文書や碑が出てこないとあかんのですねえ。昔は父子代々同じ名前を名乗ったり、女性は系図にはっきり名前がのらなかったりするから諸説でちゃう。

まあ、真実を全て明らかにする必要もないと私は思いますがね、謎とロマンは残しておいてくれないと妄想できないじゃない。


「香沼姫どん」をいただきながら、ちょっと飲みながら、海をみながら、そんなこんな妄想した春の一日でした。

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~根府川の駅~

horse 御礼

先のブログにいろいろな情報をくださった方々、ありがとうございました。香沼姫さま人気者なのですね。いただいた情報の後日談なども、差し支えない範囲でこのブログでご報告したいと思います。

あと、「夢はいつか叶う」様、本当にありがとうございます。メール返信したのですが送信できませんでした。

それから、
ただの歴史ファンの私なぞに、貴重なお話をしてくださった方々。誠にありがとうございました。心より感謝申し上げます。


そして・・・香沼姫さま
あなた様のことは正直ほとんど存じ上げておりませなんだ。お墓を見つけ、お参りさせていただき、短いブログ記事とさせていただいたことで、北条一族についての興味がより一層深まりましてございます。


先祖が有名な歴史上の人物であれ、歴史に名を残さない一庶民であれ、彼らがいたからこそ今ここに生をうけている私たちがいる。そんなことをあらためて考えるのです。

これからも、勝者の歴史に埋もれたまま誤解されている北条の方々のことを、つたない筆ではござりますが、このブログで紹介していけたら幸せだと思うておりまする。

香沼姫さま、こたびは誠にありがとう存じました。

ほな。


catコメント欄をもうけさせていただきました。
公開はいたしませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。画像と記事の持ち出しは平にご容赦願います。

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