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2010年4月24日 (土)

戦国武将が愛好した尺八 「一節切」

「一節切 ひとよぎり」という尺八をご存知ですか?

一節切は、中国の南だかインドだかインドネシアから伝来したと言われている、日本で最初の尺八の種類です。一休さんがそれを広めさせたという話もあるように、室町時代に日本で人気となり、特に戦国大名達が愛好しました。


001_5

こちらは、ウチの父が趣味でやっとる普通の尺八で恐縮ですが、私達が知っている尺八はこういうものですよね。長さはいろいろでも、節は7つです。(上部の黒いのは、歌口のカバー。)

ところが「一節切」は、その字の通り節が1つなのです。故に、長さは短く、33cm位。穴の数は、前に4っつ、後ろに1つで、長い尺八と同じです。

小田原城の天守閣に「一節切」として展示してあるものは、上の写真の普通の尺八が短くなったようなものですが、例えば、信長→家康→松平忠輝と伝わった一節切、銘「のかぜ」などは、まったく違います。

長さは一節なので、33cm程で変わりませんが、細いです。直径2~2.5cm。そして漆が塗られています。金で織田木瓜の家紋と、銘「乃可勢 のかぜ」が施されています。

何ヶ所かある糸輪みたいなのは、今の普通の尺八だと、ヒビが入ったりしたところの修理に竹の皮を細く糸状にして巻きつけますが(父からの受け売り)、それと同じ技法のものでしょうか。

003_2_2 ~この、接いである箇所の糸輪みたいなとこね~

信長の「のかぜ」は諏訪博物館のホームページで見ることができます。美しいのでちょっとご覧になってくだされ。「のかぜ」は、今、諏訪の貞松院という松平忠輝の菩提寺で保管されているのです。忠輝殿は諏訪に配流になって、ここで亡くなりましたからね。越後高田を出る時に「のかぜ」を持ってきたのですね。


なぜマリコ・ポーロが魔王の尺八の話をするかというと、後北条は尺八の愛好で有名なのです。特に、重鎮の幻庵(げんあん)殿。
幻庵殿は一節切の尺八作りに関しても名人だったようで、それは、家康が香沼姫に幻庵殿の尺八を譲ってくれたら北条を再興してもよいとまで言ったという伝説が生まれるほどでした。


笛は、細くなるほど高い音がでます。長さが短いとどうなのでしょう。尺八はもちろん竹で出来ています。前に、「初詣3八王子城の八王子神社」で書きましたが、尺八(竹)は、生まれた土地の音をためて育つそうです。

一節切とは、どんな音色をかもすのでしょう。


ほな。 パオォ~~♪


catコメント欄をもうけさせていただきました。公開はいたしませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。画像と記事の持ち出しは平にご容赦願います。

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