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2010年5月27日 (木)

レジェンド・オブ・香沼姫

それは、箱根のお山から海へ渡る風が梢を吹き抜ける音だったのか。

小田原城御前曲輪から小由留木(こゆるぎ)の海を見下ろしていた時、香沼姫はふと笛の音が聞こえたような気がした。

あれは、叔父上さまの吹く一節切(ひとよぎり)の尺八の音…

細く短い一節切は独特の音色を奏でる。


まさか。
叔父上さまは、このお城が故太閤殿下に攻められるのをご覧になることなくお亡くなりになったのだ。それからすでに16年もの時は過ぎた。高野へ送られた氏直殿や氏忠殿、氏光殿、氏房殿はすでに亡く、加賀にお預けとなった氏邦殿も、そして、家康殿に河内をいただいた氏規殿ももういない。

そうそう、家康殿は叔父上さまの一節切にとてもご執心でらしたっけ。その家康殿も先だってお亡くなりになり、戦国の世を共に駆け抜けた人達は皆、天に召されていってしまった。

そういえば、山木の姉上から一節切を譲られて以来、久しくあの音色を聞いていない。


「…さまぁ  叔母上さまぁ 」
坂の下から息を切らし近付いてくるのは、姉上さまと六郎様の忘れ形見の姫だ。

「叔母上さま。またここへいらしていたのですね。あれほど、お一人で出歩いてはなりませぬと申し上げておりますのに。もうお若くはないのですから。」
気遣いながらも、歯に衣着せずはっきりと物を言うところが亡き姉上さまにそっくり。


六郎様が見付城で討たれたあと、お戻りになった姉上さまが韮山にお住まいの頃は、わたくしも折りにふれ山木の御所へ遊びに伺ったものだ。ご一緒に龍城の山頂曲輪に登ったり、香山寺にお参りにいったり。そんな時、まだ小さかった姪姫は、こんな風に小走りで私達の前になり後ろになりしながら必ずお供してきたものだった。


「そなたこそ、もう若くはないのですから、そんなに息せき切って坂を登ってくると危ないですよ。」と、わたくしも気楽に言い返す。

「今日はことのほか海が美しいので、つい長居をしてしまいました。」
と、再び海へ視線を戻すと、つられたように姫も、その姉上さまによう似た勝ち気な眼差しを同じ方(かた)へ向けた。


この海は伊豆へと続く海。もう再び訪れることのない、我が一族始まりの場所。


「叔母上さま、風が冷たくなってまいりました。お屋敷へお戻りなされませ。外記様も心配しておりますよ。」

そうね、ではそろそろ帰りましょうか・・・


徳川の世になって、姉上さまや氏規殿がお暮らしになったあの龍城はどうなっているのだろう。
お祖父さまが愛した、あの韮山は。


姪姫に手を取られ坂を下りはじめる香沼姫の耳には、遠く潮騒の音に混じって、また一節切の尺八の音色が聞こえてくるのだった。

Image7841_2 

なぁぁ~~んちゃって。
もうダメ。いっぱいいっぱいです。恐れを知らないマリコ・ポーロ。ご無礼いたした。


ってなわけで、マリコ・ポーロは北条早雲が愛したあの韮山がどうなっているか見聞するために、北条の軍役よりキビシイ、東京より日帰りの強行軍にて、2年ぶりの韮山へ行ってまいりました。

次回より、北条の崎姫と香沼姫の足跡を訪ねるといたしましょう。(小説仕立てにはしないからご安心を.。いつもの旅と歴史のルポなり。)

合わせて、「北条の香沼姫」のカテゴリー内の記事を読んでいただけますれば、いと、うれし。


注1) 香沼姫と姪姫(としておく)の関係は、歴史的検証などとは違い、ある言い伝えをもとにしました。

注2) 小由留木(こゆるぎ)とは、相模の国の古い言い方。または、大磯から国府津あたりの海のこと。(西や南の方々、坂東の地理分かりますかね。いわゆる、湘南 しょうなん ね。後北条は湘南ボーイだから。)
「ゆるぎ」とは、波の揺れのこと。「余呂伎」とか「余綾」 とかも書くらしい。この場合は「よろぎ」と読むのかな。江ノ島の手前にも「小動 こゆるぎ 岬、小動 こゆるぎ 神社」というのがある。ちょっと使ってみたかったのだ。

注3) 画像はご下賜?の古郭でとれた筍。


ほな。

cat コメント欄をもうけさせていただきました。公開はいたしませぬので、ご感想なりいただければ嬉しいです。

画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。画像と記事の持ち出しは平にご容赦願います。

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