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2010年7月 3日 (土)

後北条家の御用達 「江川酒」を飲んだ

先のブログでご紹介いたした伊豆韮山歴史の旅の思い出、 「江川酒」 を飲みました。

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江川酒は江戸中期頃にはすでに醸造をしなくなっており、文献もほとんど残っていないため、造り方や味なども分からなくなっていました。 それを、最近、地元の醸造家や有志の方達で研究し、米作りからこだわって復活させたのです。


ウン十年来の友人が青山でギャラリーをやっておりまして、ここで閉店後よく仲間で珍しいお酒や美味しいお酒を持ち寄って飲みます。例の「歴女の年齢制限」の話で盛り上がったのもここに集まる連中じゃ。

画像のぐい飲みは備前の好本宗峯さん。四角皿はご子息の好本敦。宗峯さんのぐい飲みはと~ってもお高いので、この写真撮りのためだけにお出ましいただきました(だから、中に入ってない)。

この夜も、皆でギャラリーに置いてあるそれぞれの マイぐい飲みで、私が一人で伊勢新九郎さんや香沼姫の話をトートーとしゃべっているのを聞いてくれながら、「江川酒」談義に盛り上がりながらの集いとなりました。


「江川酒」のお味は、最初のひとくち・ふたくちは少々味が強め、その後、クセがなくなり、最後の余韻というかコクはない感じがしました。つまり、ドライな酒ってこと?あくまでも、これはマリコ・ポーロの感覚なので、あってるかどうか分かりません。
アテの、ギャラリーのオーナー手作りの「砂肝のしょうが煮」(敦さんのお皿の上)がピッタリ合いましたわ。

好みとしては、好きなお酒です。美味しかった。それに、地酒って、その背景にあるストーリーも大事ですよね。お酒の味わいが増します。あ、こちらはもちろん純米です。


400年前はどんな味だったのでしょうね。清酒ですよね(というか、精白米を使った酒・諸白?)。上杉謙信公からの返礼のお手紙がどこかに残ってないんですかねえ。そこに書いてあったでしょうにねえ、感想が。「頂戴した江川酒は、うんたらかんたらで、すごぶる美味にて候。ミカンもグー。また送ってね。」みたいに。


江川酒にご興味あらば、下記記事をお読みいただけましたら嬉しいです。

「北条氏政が謙信公や信長にプレゼントした江川酒」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-493e.html


おまけ

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(質問)↑これは何でしょう?
(答え)金箔を張った床です。

友人のギャラリーの近くに、これもまた先にブログでご紹介した、以前ご縁があった金箔屋があります。そこのお店の床です。アクリル強化ガラスがはまっているので、上をズカズカ歩けますぞ。

ギャラリー飲み会へ行く前に、金箔あぶらとり紙を買いに寄りました。こちらでは金箔工芸品はもちろん、金箔入り化粧品、金箔入りお菓子、各種箔材料まで買えます。

金箔にご興味あらば、下記の記事をあわせてご覧くだされい(こればっか、すまぬ)

「あぶらとり紙は金箔屋がつくる」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-2dd5.html


あさって小田原本城が降伏するというのに、こんなノンキなことを書いていていいのだろうか。


ほな。


コメント欄をもうけさせていただきました。公開はいたしませぬので、ご感想なりいただければ嬉しいです。

画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。画像と記事の持ち出しは平にご容赦願います。

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