« 「虎の子」 多摩動物園サマーナイト | トップページ | 北条一族の高野山 1「戦国武将の心のよりどころ」 »

2010年8月26日 (木)

北条家ホームドクター田村先生の、日野「安養寺」

Image97311_2
~関東八十八ヶ所霊場「安養寺」~


われらが殿、八王子城主・北条氏照どのと、兄上の氏政さんが切腹したのは、小田原ご城下にある御典医・田村安栖の屋敷と伝わっています。

その Dr. 田村が中興したといわれているのが日野の「安養寺」。


安養寺あたりは田村氏の本拠地でした。田村氏は、後北条が関東にはいる前から武蔵一帯に勢力をはっていた、武蔵七党のひとつ「西党」の本家「日奉 ひまつり 氏」の一族。ややこしいが、つまり名族ということですな。

日奉(ひまつり)という一族も古代大和朝廷の日奉部(ひまつりべ)に繋がのですよね?その成り立ちなども調べたら面白そうです。


お隣の駅の高幡不動尊は、高幡城の跡。早雲以前より使われていたらしい砦のような小さな城です。田村氏館とは、浅川という大きな川(当時は)を挟んで向かい合った位置にあります。

高幡城址は低い丘ですが、田村氏館跡は古い時代に館があった場所なので平地です。モノレールの駅ホームから眺めると、一帯の地形がよくわかりますよ・・・でいいんだと思うのだけど、自信がない。なんせ、このあたりは、越後のアノ人の日本列島改造攻撃をうけ、随分と宅地開発されたし、高幡城も高幡不動尊が手を入れて遊歩道化しちゃってるし。


安養寺の本堂は300年位前の江戸時代に建てられたもので、田村館の書院を使ったそうです。先にも書きましたが、徳川家光の鍼灸医の名簿に「田村安栖」の名が出ているのを、以前に何かで見たことがあります。

ご当人なのか息子なのか、はたまた弟子なのか分かりませんが、その誰かが、ゆかりの地に、ゆかりの建物を使い、お寺を再興したのでしょうかねえ?私には分かりません。


安養寺の元は、地名にも駅名にもなっている「万願寺」というお寺だったそうです。万願寺というお寺は今ありませんが、ご本尊の阿弥陀さまは万願寺から引き続いておまつりされています。平安時代の作なり。安養寺には、ご本尊の他にも、藤原・鎌倉時代の毘沙門天や大日如来がおわします。

檀家でもないのに田村氏ゆかりの本堂に入れてくださり、お参りすることが出来ました…が、

真っ暗で何も見えん・・・

ま、雰囲気は分かった。ありがとうございます。


そういえば、政&照 の兄弟が切腹したのは、Dr.田村の家ではなくて、今2人のお墓がある「おしゃれ横丁」にかつてあった伝心庵だという説もありますね。

Image9741_21
~万願寺駅ホーム~


安養寺は、モノレールで高幡不動のひとつ隣の万願寺駅から歩いてすぐ。ちなみに、ここは、わが三大ヒーローの一人、新選組副長・土方歳三生誕の地であります。なぜ2人共、多摩なのぉ。

それは、土方さんは氏照どのの生まれ変わりだからなのだよ。

ほな。


コメント欄をもうけさせていただきました。公開はいたしませぬので、ご感想なりいただければ嬉しいです。画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。画像と記事の持ち出しは平にご容赦願います。

にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村

|

« 「虎の子」 多摩動物園サマーナイト | トップページ | 北条一族の高野山 1「戦国武将の心のよりどころ」 »

4.その他の後北条ゆかりの地」カテゴリの記事

2.北条の小田原」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 北条家ホームドクター田村先生の、日野「安養寺」:

« 「虎の子」 多摩動物園サマーナイト | トップページ | 北条一族の高野山 1「戦国武将の心のよりどころ」 »