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2010年10月 7日 (木)

北条氏照の、小田原「奥州屋敷」

「奥州屋敷」といっても伊達政宗公の屋敷ではありません。われらが殿、北条氏照どのの小田原でのお屋敷です。

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~台風一過の「御幸の浜」。奥州殿の屋敷といわれている所の裏。ここのもう少し左は、もしかしたら氏照どのんちのプライベートビーチだったかも。上は西湘バイパス。西相は車で走っていると気持ちいいが、浜から見るとこんなに景観を壊してるのね。~

ここ最近の記事は、本拠地・八王子城をおいて本城小田原に行ったっきりのマリコ・ポーロ。まるで天正17~18年の八王子城主・北条氏照どののようにござります。そこで今回は氏照どののこと。


氏照どのは奥州殿

氏照どのは陸奥守(むつのかみ)。ゆえに、奥州殿でありまする。書状などでも自他共に「奥州」と使われています(記事の最後ご参照)。


氏照どのがお城から帰る時は・・・

氏照どのの屋敷は、現在の正恩寺(しょうおんじ)まわりの茶畑町あたりにあったと推定されているようです。

以前、このあたりをブラブラ歩いていて、妙に心惹かれる場所だな~と思っていました(ホントよ、ホント)。最新号の「多摩のあゆみ」に佐々木健策さんとおっしゃる市教育委員会の方が、氏照どのの小田原での屋敷の推定場所のことを書いてらっしゃったのを読んで少しビックリ。おおっ!ここらあたりじゃん。

とすると、お城からオウチに帰るときは、お城の箱根口門を出て → 海へ向かってまっすぐ歩き → 田村安栖先生のオウチの前を通り → 左側あたり。もしくは、箱根口の門を出て→左へ曲がり→少し海の方へ向かう、だったのかしら。
箱根口の門からは、徒にて7-8分。馬なら・・わかんない。


正恩寺をもうほんの少し西へ行ったとことに大蓮寺というお寺がありますが、この辺、細い道がうねうねと不思議な通り方をしています。佐々木健策さんの書かれたものによると、重臣達の屋敷も堀で囲んでいたそうですし、またこのあたりは総構えの海岸土塁もあったそうなので、そういうものの名残なのですかね?

同じくこのあたりには、かつて伝肇寺(でんしょうじ)というお寺がありました。氏照どののお屋敷を拡張するために移転させられたそうですが、伝肇寺の前はもともと家臣の朝倉右京殿という方の屋敷だったとのこと。今、その一角に日本料理屋さんがありますが、だ~からその名前が「右京」なんですね~(先のブログ「戦国時代の小田原の歩き方」でご紹介)。


正恩寺

Photo ~素敵な鐘楼門(門の上に鐘楼が乗っかっている)は入母屋造りで瓦葺。市指定文化財。「尾三相州轉(車偏に專)てんせん の道場」の額がかかっている。正恩寺は当初尾張にあり、その後、三河→相模と移ってきた。~

そこで、正恩寺はいつからあったのか?という疑問がでますね。門前にお寺の沿革が書かれていました。最近、マリコ・ポーロは寺社仏閣の縁起とか由来とか沿革はあまり信じないのですが、こちらは江戸期で新しいから大丈夫でしょう。以下。

文禄2年(1593年)、小田原が滅びた3年後ですね。小田原に入った大久保殿(忠隣)のご正室・妙賢院が、大久保家のふる里三河の正恩寺の僧を招いて開山したそうです。氏照どのの屋敷跡の一部に建てたってことでいいのかしら?

正恩寺は妙賢院さまの菩提寺となり、お墓があります。こちらのお寺は境内の草木もいい雰囲気で、本堂もオープン。手水舎の水口(水が落ちてくるところ)が普通の水管みたいなのですが、そこにみずみずしい青笹が差し込んであって、水が青笹を伝って落ちてくるようになっていたのに心惹かれました。


滄浪閣 そうろうかく

以前も書きましたが、小田原は明治時代の財界人や元勲(幕末の志士で明治の政界でも重要ポジションにいた人)達の別邸の多い所。氏照どのの屋敷跡あたりには、大磯に移る前の伊藤博文の「滄浪閣 そうろうかく」もありました。今は個人のお宅ですが、伊藤博文の胸像は残っています。大磯に移さなかったのね。

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銅像が建っている、土饅頭みたいにこんもりしているのは土塁の跡です(もちろん石垣は違います)。徳川陣場もでしたが、小田原を歩いていると、思わぬところに土塁の残骸がありますね。胸像?真ん中に人みたいなのが見えませんか? クリック拡大してご覧くだされ。


以下はリンクさせていただいている、高村さんの古文書ブログより、「奥州(氏照どの)」の記載がある文書。

「北条氏政、北条氏規に水軍の配置について指示する」
http://rek.jp/?p=2354
北条氏照、大藤式部小輔の興国時方面での戦功を賞す
http://rek.jp/?p=2350


ほな。。


コメント欄をもうけさせていただきました。公開はいたしませぬので、ご感想なりいただければ嬉しいです。

画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。画像と記事の持ち出しは平にご容赦願います。

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