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2010年11月11日 (木)

小田原城で考えた、会津「日新館」のこと

小田原城の江戸エリアを歩いていて、ふと、復元された江戸時代の会津藩の藩校「日新館」に似ていると思いました。

今回の話は長いぞ~
いっつもだーー

Pict0042
~復元された会津日新館~

日新館は昭和61年に復元されたものです。総工費34億。しかし、場所は違います。もともとはお城(鶴ヶ城)のすぐ隣(というか当時は城内?)西側にありました。今、ここは現代の建物が建っていたり、お城から続く広場の続きだったりして「日新館跡」の碑と説明板があるだけです。

日新館にはなんと!天文台もありました。天文台の当時の石垣が少し残っていて、それはそのままに今もあり説明板が建っています。


これらは、あの明治維新の戊辰戦争で無くなりました。

会津武士道の硬質な精神を受け継ぐ現代の会津人達が、長年にわたってその復元を望み活動を続けてきた結果、市内から少し離れた会津の町を俯瞰できる丘の上に、残された詳細な図面や、そして、教育内容をも元に現代の日新館は復元されたのです。


私は江戸時代の藩校、それも現代もアカデミックな行事に使われている藩校のピキッとした雰囲気が大好きで、昨年、久々に会津に行った時に初めて現代の日新館を見聞。

まだ、ピッカピカに新しかったですが、観光や武張ったイベントはもちろん、現在も武道の稽古、お茶会、講演会、企業の研修場や貸し会議場などに使われています。私が行った時は、弓のお稽古中でした。それらの施設はもちろん全て藩校の建物の中にあります。(そういえば、松代の藩校に行った時は柔道の稽古中だったな。)


現代の日新館には宿泊施設もあって学生達の合宿にも使われています。ある程度の人数がまとまれば一般観光客も泊まれます。

あっ!もし小田原城に宿泊施設があったら、「お城に泊まれる」ことになるわね。そして、その施設は民間委託して営業する。でもそれでは国からの補助金が出ないか~。


日新館の話に戻り。

日新館は撮影ロケでも使われていますね。丘の上ですからね、何を細工しなくてもどこをどう撮っても現代の物は映りません。今ここから見えるのは、周りの山並みと青い空と白い雲だけです。


会津に行くと、お城の近くの本来日新館があった場所で、「ここで白虎隊の子達が勉強したのか~。たまに容保さんも覗きにきただろうな~」と妄想し、現代の日新館では、長く続く築地塀に沿って歩きながら向こうの山や空を眺め、「江戸時代はこんな景色だったんだな~」と妄想できるのです。

日新館は時代劇のロケにご出演されるお馬さん達のトレーニング場にもなっているんですよ。


現代の日新館も復元される時は色々あったらしいですし、今どれだけ活用されていて、どれだけ持ち出しがあるのかまでは調べていませんが、このご時勢ですし、あの広大な施設をあれだけきれいに維持しているのですから、その経費も大変でしょう。ここまでやっても費用対効果的には大変ということですな。


と、まあ、日新館のことを思い出しながら小田原城の江戸エリア歩きました。

歴史好き派にとっては城址公園の緑はもちろんですが、同じく、いやそれ以上に遺構は大事なものなんですよ。それは単なる趣味ではないんです。自分のご先祖様を大事にするように、何百年にもわたり何世代にもわたり、先祖達が積み重ねてきた物だから。

現世代はその遺構だけじゃなくて、そこに生きた先人の’思い‘までも後の世に伝え残さなきゃいけない。遺構は、そのための証人だと思うんです。画像や文章じゃ説得力がない。

歴史が浅い国や、歴史を大事にしない国を見て。みんながみんな、とは言はないけれど、味気ないし荒んでるとこが多いと思いませんかね。偏見すぎる?


とはいえ、そこが公の土地なら色々出来るでしょうが、個人のおウチだったらそうも言えないわね。土地の所有権やら借地権やら営業権やなにやらも絡むし、相続のタイミング(つまり世代交替)やらで、公が買い取るにしても一度に「はいっ!」とはいかないしね。

個人の家でもそうなのに、ましてや城跡は、徳川幕府が終わった明治以降、民間や宗教団体に売却されたり、軍用にされたり、色々と利権もあって難しいじゃあないすか。今だって、大多数の城跡で部分部分で個人の方が地主ってとこ多いんですよねえ。


ふう・・・。
ほな。


コメント欄をもうけさせていただきました。公開はいたしませぬので、ご感想なりいただければ嬉しいです。

画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。画像と記事の持ち出しは平にご容赦願います。

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