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2010年11月25日 (木)

「歴史秘話ヒストリア」 武田信玄の息女たち

今宵の「歴史秘話ヒストリア」、武田信玄の「姫君達の結婚問題」として小田原北条が出てきましたねえ。この番組あまり見ないのですが、北条に関係あるとなったらそりゃあ見なきゃ。

番組を見てたら、その姫君達のことをチョビット書きたくなってしまいました。


四人の姫は戦国時代の政略結婚の犠牲となった「不運な姫」、上杉景勝に嫁いだ菊姫だけは「幸せな一生」・・みたいになってました。まあ、上杉は残った家だし、景勝殿も戦で死んじゃったりしなかったし、離縁もされなかったので、「菊は幸せだった」としたのだと思います。でも、菊って幸せだった?と思う?わかんないですけどね。人それぞれですしね。


当時は政略結婚があたりまえ。何も武田信玄の姫だけが犠牲となったわけではありませぬ。戦国大名家の姫だったら、嫁ぎ甲斐がある家に嫁ぐのは誇り(甲斐だけに、よけい・・)。ちょっと気の強い姫だったら、他の姉妹よりイイ家じゃなきゃイヤ!みたいな方もいらしたかもしれませぬよ。


wine 北条氏政殿、黄梅院さまLoveheart

武田信玄の姫で後北条に関係ある姫君は二人いらっしゃいます。番組でも触れていましたが、お一人は、われらが殿・北条氏照どのの兄上さま、北条四代当主・氏政殿のご正室となった「黄梅院さま」。

番組では、武田と北条の同盟が崩れたため、「愛する子供達と引き離され、実家へ送り返される」と説明されていました。それはその通りなのですが、では、妻と引き離された北条氏政殿の気持ちはどうだったでしょう。


残っている書状などを見れば見るほど、読めば読むほど、氏政殿って優しくていい人だなあと思います。弟くん達を含めた家族も非常に(異常に)大事にしています。これが、戦国武将の資質としてどうかは今回おいといて。

武田との間は、黄梅院さまが亡くなった後に一時復活します。その時、箱根早雲寺に黄梅院さまの菩提寺を建て分骨をしたようです。この菩提寺のことをとても気にしているお手紙もあります。

この夏に私が行った、高野山の小田原坊こと高室院にある北条家の過去帳にも黄梅院さまが記されているそうで、離れた後も、亡くなった後も、氏政殿が妻を恋うている気持ちheartが伝わってきます。


越後のお屋形様への人質も、最初は黄梅院さまとの間の子が行くはずでした。氏政殿がこれを嫌がって、弟の景虎さんが行くことになりました。氏政殿は黄梅院さまの面影が残る子供達を手元から離したくなかったのかもしれません。いえ、そうに決まってます(マリコ・ポーロ的妄想)。現世では添い遂げられなかったけれど、ここまで想われたらある意味「幸せな女人」ともいえますよねえ。

氏政殿は、後添え(後室)は正式にはもらっていないようです。が、最後、鳳翔院という方がお側にいらしたようです(後室?)。この方は、氏政兄弟の母上(氏康殿ご正室)瑞渓院と同じ日に、籠城中の小田原城で亡くなっています。足手まといにならないように、敵の辱めを受けないように、お二人で自害したのでしょうか。謎です。


wine 松姫さま

番組では、「織田の奇妙丸との婚約は破談となり、八王子で出家し、機を織って暮らしました・・」と話は思いっきりハショられ、「え~?何で八王子で機織り?」と、機を織る鶴の姿が浮かんだかもしれまへん。時間がないんですみません(わらわが謝ることもない)。


松姫さまは、武田家が滅びた時、峠を越えて武蔵へ逃げてらっしゃいます。亡き姉上・黄梅院さまの愛した氏政殿。兄上勝頼さんの妻はその氏政殿の妹。女人同士で縁のある北条家を頼ったのでしょうか。それとも、他に何かしらの策が動いたのでしょうか。

峠を越えたそこは八王子。松姫さまを保護したのは、われらが殿、八王子城主・北条氏照どのなのです。


しかし、その北条家も滅びてしまいますね。でも、松姫さまはその後も八王子という土地に根を張り、八王子千人同心や土地の人々の支えとなり頼りにされ、力強く生きていきます。淋しく機織してシオシオと泣きの涙で暮らしたんじゃありません。

400年経った今でも、八王子まわりでは人気者です。松姫さまのお名前が付いたお菓子もたくさんありますよ。「八王子城とオオタカを守る会」のオジサン達も、松姫さまLoveheartです。

なんせ、絶世の美女だったらしいです(母上の油川夫人も大変な美人だったそうです)。見た目は、たおやかな佳人。でも芯は強く、あふれる知性と母性。そんな感じの方だったのでしょうねえ。


「八王子城その5 武田遺臣のマドンナ松姫」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-fab5.html
「恵林寺で見た、松姫さまの手紙」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-d207.html
「檜原の残影、横地監物と武田の松姫」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-f195.html
「麗しき、武田の「松姫さま御坐像」」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-97b5.html

「武田勝頼に嫁いだ北条の桂林院さま」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-c799.html
「続・武田勝頼の正室、桂林院さま」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-7141.html
「歴史秘話ヒストリア 武田勝頼の正室のこと」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-e8c3.html


ほな。今宵はこれにて。

cat コメント欄をもうけさせていただきました。公開はいたしませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。

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