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2010年11月27日 (土)

武田勝頼に嫁いだ北条の姫

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~武田勝頼の母上・諏訪御前ゆかりの諏訪大社~


北条ゆかりの武田の姫達のことを書いていると、思いは武田に嫁いだ北条の姫へと移る。われらが殿・北条氏照どのの妹、桂林院さまのことである。


桂林院さまは武田勝頼殿に嫁いだ。後室(後添い)である。歳も随分と離れていた。桂林院さまは14-5才、勝頼殿は30代だ。

武田と北条との同盟が崩れた時、この時代の常として桂林院さまは実家に帰されるはずだが、そうはなさらなかった。


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~諏訪大社下社春宮の裏を流れる砥川。ボケボケ・・。~


人って本当に様々。実家が敵対関係になろうが廃れようが、あくまで実家至上主義で、夫の軍事のトップシークレットを実家にご注進したりする姫もいれば、桂林院さまのように嫁いだ家にその人生を委ねる姫もいる。

かといって桂林院さまは、残っている姫の人となりが書かれた物を読んでも、実家の秘密を夫にベラベラ喋ったりする方ではないようだ。


織田に攻められ天目山へ落ちていく時、勝頼殿は再び桂林院さまに北条へ帰るように諭される。やはり姫は聞き入れず、勝頼殿と共に自刃することとなるのだ。

私には、「一途な女人」の姿が浮かぶ。


勝頼殿を大好きな歴友 sayuri さんと、「北条夫人(桂林院)は、幸せな時があったのだろうか」と話をした(メールで)。sayuri さんは、武田八幡宮の桂林院さまの願文を読んだ時に、この願文は桂林院様が書いたものではないとも言われているが、そこにある精神は確かに桂林院様のものであり、その桂林院さまの勝頼殿を想う気持ちに打たれ涙が出たそうだ。

私は思う。勝頼殿との逃避行。そして共にあい果てる。桂林院さまが幸せだったのは、その瞬間だったのではないかと。


桂林院さまは、のちに、兄である氏規さんに高野山にて供養される。


加筆: 2016.2
「続・武田勝頼の正室、桂林院さま」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-7141.html


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~春宮から砥川を渡った畑のど真ん中に鎮座まします「万治の石仏」。300年以上も前のものだ。岡本太郎先生が絶賛した。高さ3mちょっとはある。実際見るととっても良い。自然に拝みたくなる。一時、首が伸びるって話題だったわね。諏訪御前とは関係ないが、ちょっとブログに載せたくなった。諏訪大社に行かれたら、絶対にオススメである。~


ほな。

cat コメント欄をもうけさせていただきました。公開はいたしませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。

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