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2011年7月14日 (木)

アフター北条氏照の大久保長安についての妄想

マリコ・ポーロ

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~長安が組織した八王子五百人同心が後の千人同心となり、住所として残っている~


北条が滅びた後、大久保長安が八王子にいつ入ったのかはハッキリしないようです。八王子城落城の後しばらくは上杉が在番していましたが、小田原が降伏した翌年(天正19年)には、すでに長安が高尾山に出した制札があるそうです。

大久保長安について私はまったく知りません。浮かぶのは、松平忠輝の家老、石見銀山、八王子千人同心・・・そんな年表的なものだけです。


人となりも、大河ドラマが大河していた頃の(ま~だ言ってるよ)、「独眼竜政宗」で金田龍之介さん演ずるところのドラマ中でのイメージだけ。ドラマでは、長安は松平忠輝の付け家老になり、伊達政宗の娘・五六八姫(ご・ろ・は・ち姫、ではない。い・ろ・は姫)が忠輝に嫁ぐあたりから出番が多くなりました。

抜目なくて、したたかで、狡猾で、派手好きで、大言壮語で、図にのりすぎて政宗に「ながやすーっ!」と怒られてオーバーに 「へへーっ」 と恐縮してみせる、あの長安です。脚本と金田龍之介さんの巧みな演技のせいか、悪いことを企みながらもどこか愛嬌がありました。


大久保長安は、能の大蔵流の祖といわれる猿楽師の家に生まれています。といっても、間部詮房のように見た目がイイ男だったかどうかは分かりませぬが、とても使える人だったようで、武田信玄にとりたてられ武田家の重臣となったそうです。

武田が滅びた跡は家康に認められ、後に、小田原藩の藩主となる大久保忠隣の元で、大久保の姓を賜り、徳川幕府の要職を兼任&歴任しています。


小田原攻めの時、長安がどこにいたか調べていませんが、長安の主筋である大久保家はもちろん小田原に参陣しています。先のブログ記事「徳川陣場」でも書きましたが、それぞれの陣場を検分して回った秀吉殿は、大久保忠世(忠隣のパパ)の陣場が非常に整然としているのに感服し、西への備えの要所であるこの小田原の地を忠世に与えたとも伝わっています。

後北条運命の天正18年、長安は45才位かな。我が殿より年下か…。だからどうだと言うわけではないけど。


長安は金山・銀山の管理も任され、また、旧地である甲斐の再建もさせてもらっていますね。武田勝頼が落ちる時、なぜ長安が一緒でなかったのかは知りませんが、旧武田家臣を集めて八王子千人同心(当初は五百人)を組織したのも長安です。

武田の旧臣を集めた千人同心の組織化を家康もよく許可したものですが、無職の不逞浪士を野に放つよりは、微々たるものでも禄を与え、耕す土地を与え、目の届くところに定着させた方が得策だと考えたのでしょうか。

分かりません…。

 

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~八王子の宗格寺に残る「石見土手」。長安が築いたと伝わっている。長安は石見守だったから、そう呼ばれている。長安の時代の石垣がどういうものか見てみたかったのだが、だいぶ現代の補修が施されている上に、丸い河原石のようなので、あまり意味はなかったが面白かった。~


さて、妄想族のマリコ・ポーロ、始めて大久保長安という人をチョビットだけ知っただけなのに、得意の妄想が次から次へと浮かんでしまった。


▲ 妄想

大久保長安は、松姫さまに婿養子をとり武田家を復興させたかった。八王子千人同心もその時のために組織した。勝頼様と共に行かずに家康に取り入ったのも、その先を見据えた行動だった。


▲ 大妄想・・・いや、城跡の幻想

大久保長安が甲州から密かに運んだ‘金’を五百人同心に命じて八王子城に埋めさせているのを、家政婦ならぬ「マリコ・ポーロは見た」!だから、八王子城は幕府御止め山「禁則地」として、「たたりがあるど~」と脅し人が入らぬようにした。


鉄山が修行のために山に入ったが、それは‘金’の見張りのためであり、鉄山にご飯を運んでいたサル(秀吉ではない、本物のお猿)は、それを知ったがために殺された。

このお猿さんのお墓は山上にあります。←ホント。場所は当ブログ「八王子城の歩き方」をご参照くだされ。


その後、
長安は、ご存知の通り失脚し病気で亡くなります。残された一族・重臣達は全て殺され家も領地も ケチョンケチョン にされてしまいました。

どちらが標的だったのかは知りませんが、主筋であった大久保忠隣も失脚。それは、以前のブログ記事「南総里見ミステリーツアー」でも書きましたが、しばらく経ってから安房の里見家へも飛び火しています。


先日、八王子筋重鎮たちからなる北条氏照ファンクラブの集い(?)があった時に、大久保長安をどう評価するか聞きました。会には千人同心の子孫の方も多いですが、長安の評価は高いです。

今の大都市・八王子があるのも、原野だった土地を開発した長安の力が大きいのですねえ。


以下、松姫さまのことを書いた以前の記事です。よろしくば。

「武田遺臣のマドンナ松姫さま」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-fab5.html


ほな。。

コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。

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