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2011年11月17日 (木)

関東ご下向の西国の歴友と歩く石垣山城

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~↑ここの、数m向かいが別世界ファーム~


電車が止まり、前夜から箱根の温泉にお泊まりの歴友 サユリンを早川駅でお待たせしてしまったマリポロ(マリリンと称するのは寄る年並みで気が引けるゆえ)。

旅の一日を有効に使うため、登りは早川の駅からタクシーにしました。早川駅にタクシーは待機していないので携帯で呼びます。(小田原駅からだと道が混まなくても15分以上かかりタクシー代が大変。)


「一夜城の登り口まで行ってたも」 by マリポロ。

二人で小田原攻めの時の事をべしゃりまくりながら山頂に向かっていくと・・・当然のように「ヨロイヅカファーム」側の駐車場に入ろうとする運転手さん。

「おわっ、城、城、わらわ達はお城に行くのじゃぞえ」 と、慌てるマリポロ。

「ヨロイヅカに行くと思われたのねえ」
「今やったら、そりゃそうですわ」

そうなんですよ。下から登っていくと、左側はいきなり高原リゾートレストラン&ファーム、右側が戦国期の終わりの大舞台となり、おサルの石垣が関東で生で見られる
貴重な 貴重な 貴重な 国史跡 「石垣山一夜城」なのです。


史跡を訪ねる時はなるべくその妄想気分を壊したくないゆえ、なんだかやたら華やかな左側は見ないふりをして、右側に並べられている、江戸時代にこのあたりから切り出された江戸城石垣用の石材を見る二人。

遠来の歴史観光客 サユリンはおっしゃる。
せっかくたくさんの人が来てはるのに、お城の説明板が充実してないですねえ~。

サユリン、これから南側の石垣を見たり城に入ったりすると、それはもっともっと感じるわよ。


と、矢穴や石工や城の話などに集中しているようで、実は背後の 別世界 が気になって仕方がないマリコ・ポーロ。

まあ、いいですわ。そこまで頑なにならなくても、敵を知らねば(敵なのか?)適切な対応策は生まれない。後でゆっくり偵察することにいたしましょう (その記事が前回の記事なり http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-ecf4.html)。


ヨロイヅカ氏のHPやヨロイヅカファームを紹介するたくさんのブログ記事があがっていますね。普段は人様のブログは、先入観が入らないようにあまり読まないのですが、ご本人や皆様はどう考えてらっしゃるのかなと思い読んでみることにしました。

かなりページをめくりましたが、歴史ある風光明媚な地に~とか、地元の特産物を使って~とか、ヨロイヅカ氏の夢が実現~とかばかりで、別にそこが、石垣山だろうが八ヶ岳だろうが伊豆高原だろうが、軽井沢だろうが、会津の山里だろうが、京都の北山だろうが、能登半島だろうが、沖縄だろうが、どこでも同じようで、「石垣山」という小田原が守らなければならない史跡にあることに触れた記事は今のところ見当たりませんでした。


私は、「今の小田原をどげんかせにゃいかんべ」というこの土地を有効活用したい市側の気持ちは理解できます。逆にヨロイヅカさんの方に、もう少しこの貴重な歴史に配慮した造りにしてほしかったと思いました。勝手に思ってたんですよ、私。和風モダンな簡素な造りになるのかなあって。

だって、ヨロイヅカさんは、茨城の高萩に期間限定で江戸時代中期の豪農屋敷を古民家カフェとしてやってらっしゃいますね。行ってはいませんが、こちらは画像で拝見する限りはなかなかコンセプトに即してらしていい感じなんですよ。

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~ヨロイヅカファームの真ん前の段々を十数段登ると、その先は大手道(木が続いている右脇)。ここには古い説明板がある。~


石垣山一夜城は国史跡ですが、今、ヨロイヅカがある旧駐車場あたりは国史跡指定にはなってないそうです。

たぶん、「一夜城ヨロイヅカファーム」のターゲットカスタマーは、他所から来る歴史観光客というよりも、地元周辺の住民の方達なのでしょう(としか思えん)。

でも、そこはまさに石垣山の山の上であり、かつての一夜城の中であり、今でも借景なんてもんじゃないぐらい史跡のド真ん前です。私的なものであっても、私的なものにしていいのかなと思ってしまいます。ヨロイヅカさんのHPには、「小田原市の皆様のご協力のお蔭と申しますよりご支援・・・」と書かれていますし。

しつこいですが、こういうのを作りたいならなにも石垣山でなくても、風光明媚で地元農産物を使って、八ヶ岳とか伊豆高原とか軽井沢の奥とか富士山麓とか京都の北山の方とか沖縄、いや、いっそ石垣島でも同じなのではないのですかね。歴史の地という「格と重み」が欲しかったのでしょうか。

それに、あまり、日本の歴史に興味がおありにならないのかしらねえ。あれば、ああいう物にはならないと思うのですよ。実にもったいないなあ~、あの地の持つ歴史と、「格と重み」がまったく有効利用されていないですよ~。


ヨロイヅカ氏は京都の宇治出身でらっしゃるんですね。宇治は秀吉が晩年の居城とした伏見城のすぐ近く。やはり、石垣山一夜城は、おサルの文化に乗っ取られる宿命なのでしょうか。420年前は、それで小田原北条は滅びました。

出来てしまったものは仕方がないし、また、私には代替案がありません。

以前書きましたが、四季折々の和風な草木を植え、小田原攻めやここに集った全国の武将達をフューチャーするガイダンス施設を作って、おサルになぞらえ茶店のようなカフェで茶をたてて振る舞う。そして、「石垣山一夜城まつり」には420年前の再現のように、ここに全国の武将隊に集ってもらう(これは当然皆の者の自腹) ぐらい。武将達の経費はおいといて、その他の費用はどこから出るんじゃと言われたら・・・うぅ~。

まあ、私なんかの代替案なんて箸にも棒にも引っ掛からないですが、反対を唱えるなら代替案も併せて言わなきゃだめじゃんじゃん?


願わくば、数年後、採算がとれないからと、おサルのように去ってしまうことのないように、頑張ってくだされませませ。(おサルは採算がとれなくて去ったわけではない。)


以上は、私が調べたり感じたりした、主観 です。
歴史的背景のことと日が落ちてからの暗さをを覗けば、「一夜城ヨロイヅカファーム」は景色を眺めながらご飯を食べたりするには良い気分になれるところだとは思います。


私は行きませんよ。歴史オタクの観光客ですから。東京でも行けるし。
ちなみに、この周辺での洋のオススメは、古郭の丘にあるヨーロッパの小さなお屋敷みたいな 「澤亭」 さん(ランチ\3000~)とか、古郭の麓にあるベルギー料理(フレンチみたいと思えばよいと思う)の 「レカイエ」 さん(ランチ\2000~)かなあ。どちらも小田原駅のすぐ近くです。

早川漁港にある 「イル マーレ」さん(平日はランチ¥3000がある)はまだ行ったことないですが、是非にも行ってみたいところ。もちろん皆さん、地の海山産物を使ってらっしゃいますよん。

3件とも、東京にお店はないので小田原に行かないと食べられません。
(イルマーレは新宿京王にデリがあるらしい。)


あーあ、やっぱり、文句たらたら書いちゃった。一生懸命やってらっしゃる小田原の方達に悪いから悪口言うの我慢してたんですが。

「sayu、mari 珍道中 - おサルのお城の巻」の記事は、楽しく読んでいただきたいので分離して次回にしますわ。

オマケ
小田原市のHPに、本日の 「サル情報」 というのがある。サルの害に困っている小田原の方達には大変申し訳ないが、HPのその字面を見るたび違うことが脳裏に浮かび、ちょっとウケる。ごめんなさい。


では・・・

追加
「石垣山一夜城、謎のオブジェ群」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-a56a.html

コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。

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