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2011年12月12日 (月)

浄牧院~北条氏照 「謎の内室」の墓

マリコ・ポーロ

(加筆 2014.5
昨年発売された『伊勢宗瑞』黒田基樹著 に、この浄牧院のお墓が氏照内室比佐様のものだということが書かれた、ある過去帳のことが出ていたことを今知りました。この過去帳については、突然現れたもので私にはよく分かりません。一応そのことをお含みおきの上、下記読んでいただけたら助かります。
また、その後、チビット知ったことを書いたブログ記事を文末に添付いたしました。あわせて読んでくださったら嬉しいです。)


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~「北条氏照公内室終焉自害之蹟」~


われらが八王子城主・北条氏照の持ち城「滝の城」(埼玉県所沢市)から → 柳瀬川を清戸番所(といわれている東京都清瀬市)の方へ渡り → 少し走ると東久留米市(東京都)へ入る → 黒目川を越えるとやがて、大石氏開基の「浄牧院 じょうぼくいん」という名刹に着く。

このルートを走ると、カーナビが「埼玉県に入りました」とか「東京都に入りました」とかを交互に繰り返すのが面白い。「浄牧院」から「滝の城」までは車なら10分ほど。電車だと、東久留米駅から歩いて5分ほどである。


かねてより清戸番兼鉢形衆の武将殿から聞いて気になっていた、氏照どのの女性関係の素行調査をするために(?)、「滝の城」の発掘調査現地説明会の後、その武将殿に、もう一人の歴史友達と共に「浄牧院」へ連れていっていただいた。

武将殿が地元の古老(?)から聞いた話では、「滝の城」には氏照の正室が住んでいて、城(滝の城)が落ちる時に浄牧寺に逃れてきたという言い伝えがあるそうだ。そして、そのお墓もここにあるというのだ。


八王子衆にとって、氏照どのの内室といえば「比佐様」である。比佐様は一応、八王子城で亡くなっていることになっている。

また、落城時(八王子城の)に城から逃れ、その後に月夜峰に庵を結び夜な夜な笛を吹き氏照と城兵達の菩提を弔ったとか、いや、それは側室のお豊の方だとか、いや、比佐様は「豊」という名だとかとか色々色々聞く。しかし、「滝の城」で暮らしていて「浄牧院」にお墓があるという話は、私は初めて聞いた。

 

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~神護山 浄牧院。寺内から山門を見たところ。~


滝の城と浄牧院の近く(所沢市になるのかな?)に、「氏照院」というものがかつてあったそうだ。氏照院は明治の廃仏毀釈で廃寺となり、やはり近くの、「長源寺」に合併されたらしい。

長源寺にちらっと寄り、浄牧院に向かう。


浄牧院は、江戸時代このあたりを治めた旗本神谷家と鈴木家の菩提寺のようで、墓所には両家の何基かの立派な宝篋印塔や説明板がたっていたりしたが、どうも、江戸期以前の、それらしき女人のお墓がありそうな雰囲気が漂う所がない。

3人で、縁もゆかりもない檀家さん達のお墓がひしめく中を、心の中で「すいません、お邪魔してます」と言いながらウロウロと探し回る。


見つからんのう・・・
そこで、地元繋がりを大いに利用(?)。武将殿がお寺の方に聞いてくれた。

「ちと、お尋ね申すが・・・、お姫様のお墓はどこでありましょうか」


と、お寺の女性が
「あ、自害されたお姫様のお墓ね」


自害・・・!

その一言に、何故か ゾワッとした。3人とも息を詰める。現実味が増したというか、なんというか。こういう瞬間が、いきなり当時へ気持がもっていかれる時なのだ。


見つけられないはずである。竹林の裏へ裏へと案内され、閉まっている鉄門を開けてくださり、中へ。そこに冒頭の写真のように覆屋に囲まれて、くだんの女人のお墓は、ひそやかに大切にお守りされていた。


この女人が、比佐様なのか、側室なのか、それともまったく違う誰かなのかは分からない。いずれにしても、大石氏ゆかりの寺にあるということは、北条または大石ゆかりの女人であることは確かなのでしょう。

私は、お墓の写真は極力撮らないし、もし撮っても、正面からは絶対に撮らない。でも、今回は正面から撮ってしまった。北条ファンの皆さんにこの女人の存在を知ってもらいたいと思ってしまったのだよ。


マリコ・ポーロ

「ついに分かった?北条氏照ご正室の最後と、氏綱正室の出自」

「「柏の城」 北条氏照、第3の室の最後」


コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬがご感想なりいただければ嬉しいです。画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。

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