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2012年10月25日 (木)

三増合戦まつり 2012 従軍レポート!

2013年のレポート ↓ こちらでご報告しておりまする(2013.10.16加筆)
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-7818.html

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~武田信玄 vs 北条氏照。(お屋形様はモフモフ兜でお顔が分からんが、照殿はご了承をいただき掲載)~


酔いましたねえ。
そうそう、炎天下の灼熱地獄でお酒飲みながら、出陣式からず~っと見ていたものねえ

って、ちゃうちゃうちゃいます。
古戦場をとりまく美しい日本の景色と、三増(みませ)の地と合戦まつりを愛し大事にする保存会をはじめとする地元の方達と、そして合戦劇に。いや~、酔いしれてしまいましたよ。


写真も、見惚れてしまったがために最初しか撮れませんでした。掲載画像は仲間の皆さんからお借りしたものにござんす(ゆえに持ち出しはご遠慮くだされませ)。

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~古戦場にはゴザを敷いてくださり嬉しいね。みんなで座って炊き出しの陣中鍋をいただきながら催しを見る。~


サル10月21日の日曜日、神奈川県愛川町にて開催された、「第13回 三増合戦まつり」に従軍してまいりました。

繰り返しで恐縮ですが、「三増(みませ)合戦まつり」は単なるアミューズとか観光客誘致とか地元の歴史啓蒙とか地域興しとかいうだけのものではありません。主たる目的は、この地で行われた三増合戦で命を落とした4千人以上の兵士達の霊を、武田・北条問わず弔うものです。

合戦は、旧暦10月6日、まさにこの場所を中心として行われました。(昨年のおまつりや、合戦に至るまでの経過についてのブログ記事をご覧くださると助かります。)


「まつり」とは元々は神や仏や死者に奉納するもの。イベント化している各地の歴史まつりはそれで楽しいけれど、「三増合戦まつり」は本来の「祀り」の姿に近いものだと思いました。

事前の9月30日には「浅利明神」で関係者により慰霊祭が取り行われたんですよ。この時は武者さん達は甲冑に身を包みます。

それゆえに、現代の公共交通機関ではたどり着きにくい古戦場にたくさんの人達が集まり、それゆえに、時空を超えて降りてきてくれる何か?もあるのだと思います。

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~三増名物?鉄砲隊の隊長~

保存会、鉄砲隊、地元甲冑隊、芝居甲冑武者達の入場の次は出陣式と三献の儀。仕切るは、三増の手作り鉄砲隊の隊長です。相変わらずダジャレの連発で、その軽妙洒脱な語り?は、三々五々古戦場に集い始めた人達の意識ををひとつにまとめてしまいます。

三献の儀で使われた かわらけ は本当ならこのあと割るのだが、もったいないから今日は割らない・・という説明ナレーションに、

「もったいなくな~い。ひゃっきん(百円均一)で買った!」

古戦場、爆笑ーー。


隊長さん、今年は鹿角&モフモフ兜ではなく艶っぽい?烏帽子姿なんですね。烏帽子姿も格調高くお似合いです。

昨年も思いましたが、姿勢も動きも発声もビシッとしていて、いかにも当時こういう武者がいただろうな~と思わせられます。八王子城関係の芝居がもし出来る日があらば、氏照の重臣「狩野一庵」をぜひ!


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~これから木曽馬の演武が始まる~♪

両サイドから騎馬武者が走り寄り、すれ違い時に馬上で長刀や刀を合わせたりなどの当時の合戦で使われた技が、甲州和式馬術探究会によって次々と紹介されます。

おまつりの最後の方では、騎馬体験もさせてくれるんですよ。子供達メインですが。


町長さんや保存会代表の方、衆議院(参議院?)議員達の挨拶では皆さん陣羽織姿。そして、いくつかの地元グループによる和太鼓演奏や舞踊などが続きます。和太鼓は凄いです!全国大会で優勝したという高校もあるようで、愛川町の和太鼓は全国レベルなんですね。


ううっ、自分が出るわけじゃないのになんかドキドキしてきたぞ。会話もちょっと上の空。お酒も進まん。もうすぐ合戦劇です。ん?幕の陰からキツネ面が覗いておるぞ。

三増はひとりづつピンマイクを付けて、かなりハイレベルな台詞を各々言わねばなりません。武将達は本業のかたわら一生懸命練習し、演ずる武将のお墓参りに行き、史料を読みあさり、三増へも前日から乗り込んでリハーサルをしています。つつがなく首尾よう怪我なくいきますように。(←僭越ながら、畏れ多くも図々しくも、瑞渓院様や大井夫人の心境・・)

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~きゃーっ、始まっちゃいました!プロローグは、風魔小太郎 vs 武藤喜兵衛(真田昌幸)~


その前に、出陣武将のご紹介をば。

武田軍
総大将・武田信玄、浅利信種、曽根昌世、真田信綱、武藤喜兵衛、小幡信貞、山県昌景&兵士達は地元甲冑隊の皆さん、真田鉄砲隊役は地元鉄砲隊の皆さん

▲ 北条軍
総大将・北条氏照、北条氏邦、北条綱成、間宮善兵衛、津久井兵役(津久井城の方)、風魔小太郎&兵士達は地元甲冑隊の皆さん、北條鉄砲隊役は地元鉄砲隊の皆さん

にござります。
たくさん出るのう。


さて、上の写真の小太郎 vs 真田殿の一騎打ち。
行かれた方々、なんで小太郎はキツネの面?と思ったでしょ。私もです。小太郎殿いわく・・、

風魔はその職業柄ゆえに謎が多いですが(そりゃそうだ、忍びだもん)、大陸の人という説もありますよね。相模地方で大陸からの渡来人といえば秦一族。その秦一族は稲荷信仰。

それでだそうです。色々と考えますね~。合戦劇は史実をやるのではなくファンタジー創作劇ですから、こういうのも面白いですねえ。

しかし、飛んだねえ、小太郎。さすが格闘家。


まずは、武田軍のシーン。貫禄と安心の御館様。

「そぉおかっ!」

いきなり、「そうか」から始まりますか!説得力のある「そうか」で、つかみはOK。お言葉は続きます。

「間もなく北條どもと交戦になる。山県まさかげぃ!志田峠を迂回して北條軍を挟撃いたせ。迅速にな。」

この、「迅速にな」のトーンを抑えた言い方もナイスですよ、お屋形様。

「小幡隊は津久井城を包囲、後詰めを封じよ。内藤昌豊、小荷駄を率いて間道を往くがよい。北条どもは本隊が逃げると思って焦り、仕・掛・け・て、こようぞ」


台詞の言い回しも重々しくて、信玄のセリフは冒頭と撤退指示の2つしかないんですよ。行かれた皆さん、信じられる?2ヶ所しかしゃべってないのにこの存在感。毎度、いや益々増す(ますますます)風格。

「浅利、鬨の声をあげよ」
静かに言うのですが、これなんて本当の信玄より信玄でしたよ(会ったことないですけどね)。浅利が一瞬ピビッと緊張するのが分かりました。


この信玄を、小田原城の蓮池門(跡)に立たせてみたいねえ。

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~綱成 vs 山県。山県隊の襲撃により戦況不利の北条軍~


古戦場は武田モード一色。うぎゃ~、これは、初の源三(氏照)役いかがあいなりや・・とハラハラしているうちに北条シーン。

▲ 現れ出でたる、我らが総大将・北条氏照。おっ!堂々としちょるぞ。20も年が違う信玄に対しヤル気満々。

そして第一声・・・

「武州滝山城主、
北条氏照 さんちゃぁ~くっ!」

ゾクッとしてしまいましたよ。武田モードに占拠された会場が一気に北条モードに一変!我らが殿の演説(←曽根どの曰く)は続きます。

「皆の者っ!
我々は、あるときは武田の侵攻に堪え忍び、ある時は籠城して対抗してきた。しかしっ!こたびは小田原の大御所様も腰を上げられた!もう耐える必要はない!今までの鬱憤を晴らすときは、今、このときであるっ!」


やりましたね!源三殿!

ご本人がおっしゃるには、
「山の如き貫禄の信玄と対比し、千載一遇の好機に血気逸る氏照・・・略・・・ですから、合戦中でも舞台上では焦りを隠せない慌ただしい指揮をしてみました」
とのこと。

なってましたよお。

ふぅ~、もう安心。
ワインを継ぎ足して一杯、グビッ。

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~殿(しんがり)を申し出る、お屋形様ラブの浅利~

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~北条鉄砲隊に討たれ討ち死にする浅利の仇をとろうと奮戦する曽根を追い詰める、チョイ悪の地黄八幡・綱成。その足元には浅利が・・・。~


降りてらした何かが取り憑いてくれたかの如く、武将達は迫真の演技です。浅利や曽根の成長物語、浅利や間宮の名指揮による両軍のぶつかり合い、綱成vs浅利、鉄砲隊の活躍などなどがじっくり描かれました。

滝の城や津久井も素晴らしかったですが、今回は皆さんそれまでとはちょっと別人のようでした。


津久井開城記念の時も思ったのですが、演ずる方にとっても見る方にとっても、地の利もかなり影響しますよね。三増(みませ)の古戦場は山間部なので、ステージ借景となる山や畑や空や風はほとんど当時のままです。

まさにそれがあった場所でもあるので、そこで果てた者達の御霊の援軍?もあり、その臨場感といったら動画やDVDで見るのとは全然ちがったものがあります。

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~写真中央がおまつり会場となった古戦場。当日、「信玄旗立ての松」あたりから撮ったそうです。~


氏照の最後の台詞。
「皆の者、よくやった!我等は信玄をこの関東から追い払った!犠牲は大きかったが我等の勝利ぞ!さあ、最期の力を振り絞り勝鬨を上げるのだ!」

エイ エイ オー!


あ~あ、終わっちゃった。これで20分強?長いような、あっという間のような。足りないですよね。もっと見たい。アンコール!会場中のみんなで甲斐へ信玄を追撃しよう!

(台詞は、脚本を書かれた風魔小太郎殿にきちんと教えていただきました)


思えば・・・(たぐっている)、昨年の三増合戦劇がこの芝居グループの戦国劇を見たのが始まりでした。その時感動したから、以来、従軍記者の如く各地転戦について歩いているわけです。

しかし、今回は、なんというか・・・見惚れてしまいました。クォリティ高かったですねえ。私達は総勢7人の北条オタク仲間で観戦していたのですが、ファンタジー感溢れる創作劇でありながら、北条通のオジ様達も「要点をおさえていたねえ」とおっしゃるほどで、オタクでない方達にはちょっと難しかったのではないかなと、かえって心配する内容でした。


でも大丈夫だったみたい。私の斜め後ろに小さいお子さんがいました。最初、「コワイ・・」って言うのに、ママが「大丈夫よ、お芝居だから」って教えてあげて途中は「アハハ」なんて笑ってて、最後の武将写真撮影の時はそちらへ歩いていってました。

内容をどこまで把握したかどうかは分かりませんが、これでまた一人歴史ファンが増えればいいなあと思いましたよ。


三増(みませ)合戦まつり保存会の皆様、地元甲冑隊の皆様、鉄砲隊の皆様、そして武将の皆様、そのほか関係者の皆様方、永禄12年にしばし私達を連れていってくださり、ありがとうございました!

これで今年もまた、戦で犠牲になった人達の御霊も報われたことでしょう。よい供養になりましたよねえ。


さてっと、
来年は、ついに、氏照 vs 信玄の一騎打ち!ですか?
三太刀七太刀・・・。え?それは、ちゃうちゃう。

ほにゃ。
「信玄、多摩川を渡る」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-15eb.html
昨年の三増合戦まつりの記事~前編
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-9e0e.html
~後編
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-fe61.html


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