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2012年11月24日 (土)

小田原城天守閣を「木造で復元」する活動

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~小田原城天守閣、薪能の夜~


今、小田原だけではなく、戦後に一斉に各地に建てられ、ゴジラやキングキドラに壊されても再建された?復興天主(&模擬天)が耐震改修もしくは建て替えの必要に迫られています。


個人的な趣味だけを申せば江戸時代の城には興味がないので、例えば小田原城の場合、今の天守閣はぶっ壊し(←これっ )、天守周りの発掘調査をしておくんなましと思わないわけでもありまへん。

だって、今の天守の復興工事の時、天守台の下から小さな野面石を積み上げた石塁が出てきたのでしょう。これは、我らが後北条時代の天守台の遺構ではないのかえ?


とはいえ、小田原城の天守側は江戸時代でいく!と文化庁さんとの間でなっちょります。史跡は最終段階が優先だからです。

それなら仕方がないので、では、もしあそこに天守閣がなかったら・・・( 想像してみてくだされ)・・・。けっこう淋しいと思いませんか。


小田原駅に着いて駅を出て右を見た時に、後北条フリークの私でも、江戸時代型天守閣でも、あの天守閣が見えると「おお!ファンタジーワンダーランド小田原に来たぞ」と思いますし、電車で通過する時には、富士山と同じく、天守閣が見えるとちょっと嬉しかったりします。

現在の小田原城天守閣は建造から50年あまりの年月が立ち、復興とはいえコンクリートとはいえ、既に景観にとけこみ小田原のランドマークになっているのですね。

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~天守閣の縦格子窓から相模の海を望む~


「復興天守の木造での復元」。これが成されれば、日本で初めてのケースになります。宝永3年の最後の建造の時の史料がかなり残っているそうなので「復元」というものになります。

どうせ建て替えるならそりゃあ木造がいいですよね?小田原城は江戸時代に本当の天守閣があり、かつ、幕末・明治初期まであった数少ない城ですものね。前の繰り返しですが、江戸城だって途中から天守閣はなかったんです。これは、凄いことですよねえ。


それに、現代で天守閣を建てるなどということはそうそうあることではありません。天守閣を建てるという事業は、職人さんの日本の匠の技の継承という、これまた大きな意味のあることでもあります。

名にし負う日本の番匠さん達が小田原城に集い、腕を揮う有り様を妄想するとたまりませんな。映画の「火天の城」みたい。


木造復元は大変なプロジェクトになるので、もちろん莫大な費用がかかるでしょう。ゆえに、建て替えではなく耐震改修ですませる可能性もありますが、こちらも試算をうかがうと、やはり掛る経費は莫大です。

小田原では今、小田原城天守閣の木造復元の可能性を考える会「城普請会議 http://www.odawara-oshiro.com/purpose/ も発足。活動もはじまっているそうです。

耐震改修は、平成27年までに行われなければなりません。


以下、簡単説明

(復興天守閣)
江戸時代には確かにあったが、明治以降に史料に基づかず(史料がなかったり少なかったりして)建てられた天守閣。だから、本当にそういう天守閣だったかどうかは分からない。雰囲気、そうかな~って感じ。ほとんどが鉄筋コンクリート。

(復元天守閣)
あった当時の通り史料に基づき骨組みから「復原」した天守閣。これは少ないんじゃないかな。ほとんどは外観のみ「復元」ではないかな。

(模擬天守閣)
もともと天守閣がなかった城跡に建つ天守閣。これが一番多い。木造でも模擬天はあるので要チェック。誠実な城跡は、「本来無かったが、現存している○○城の天守閣を模して建造」の旨の説明板がある。

(現存天守閣)
当時のままま今に残っている天守閣。もちろん修復はなされている。日本中に12しか残っていない。

また、復元ではあるが、諸事情により本来の位置に建ってない天守閣もあるし、前にも書きましたが、天守閣ではなく「櫓」の場合もありまするよ。


↑簡単ですが、わらわの認識合っちょるかね?

自分の好きな天守閣がどれにあたるか調べてみるのも面白いと思います。ショックもあるかもかも。


何度もの繰り返しになりますが、今私達が「天守閣~♪」と見ているのは、戦国期が終わり江戸時代になる前に一斉に建てられたものです。江戸時代は天守閣を造るのは徳川幕府が許しませんでした。

しかし、小田原藩は徳川の親藩であり、小田原城は江戸城の支城だったため、江戸時代3回もの天守閣再建を許可されました。とても貴重な事例です。


そして、今更ですが、お城=天守閣 ではないのはご承知ですよね~。天守閣はすでにお城の中にありまする。百言居士りますが、旅番組なんかでよく、大手門を入ってお城の中を歩きながら向うに天守閣が見えると、「あ!お城が見えた!」とおっさるレポーターがいますよね~


ほにゃ。

「戦国の城より見やる江戸の城」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-62ce.html
「続き・迷宮の小田原城」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-2981.html


コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬがご感想なりいただければ嬉しいです。画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。

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