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2013年2月 5日 (火)

団十郎と、宮尾登美子の「きのね」

一昨日の朝はニュースを見て耳を疑いました。最初は勘三郎さんのことをまた繰り返している‥と思いました。体調がすぐれないのは周知でしたが、突然の訃報でしたね。

団十郎さんで思うのは、宮尾登美子の「きのね」という小説に書かれたその母上のことです。


母上は、口入れ屋の紹介で市川家に女中奉公に上がり、海老蔵(先代団十郎)の手がつき今の団十郎を宿しました(戦前の梨園のこと)。

歌舞伎興行が出来ない戦中戦後、スーパー度級に浮き世離れした先代団十郎を母上はひとりで養い、「女中の身で恐れ多い」と周囲が入籍をすすめるのも辞退。化粧もせず地味な着物で表面に出ず、小説としての脚色はあるとはいえ、献身 に徹した一人の女人の人生。


先代の団十郎は素敵だったものねえ。いや、もちろん私もナマで拝見したことはにゃいです。でもね、ちょっと市川雷蔵に似てた。「海老さま」というに相応しかった。あれなら、スーパー度級の浮き世離れも許してあげようと思えちゃうね。

「きのね」とは、ほら、あの、歌舞伎で黒子さんが」舞台の端で打つ拍子木の音のこと。


団十郎さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

ちょ~ん(←きのね)


「北条氏照と弁天小僧の江の島」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-ae3f.html


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