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2013年3月21日 (木)

大河「八重の桜」展 at 江戸東京博物館

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~江戸博で買ってしまったなんし。ならぬことはならぬものです。ほまれ酒造の会津ほまれ。~


「八重の桜」展、充実でした~。

会津や京都霊山で見たものも多かったですが、それらが一堂に会したのが見られてよかったです。個人蔵のものも多く、よくぞこれだけ集まったなという感じでした。


入口はいきなり、攻撃をうけてボロボロになった満身創痍の鶴ヶ城の巨大なパネルです。これは、会津に行くと街中のそこここで見かけますね。私が入館した時は、真っ赤に炎上していました(?)。

展示の仕方も時代を追っているので、京都守護職時代、鳥羽伏見、大阪城脱出・・・とだんだんだんだん緊迫してゆき、帰国、籠城、降伏、斗南…。ドラマチックでした。

パネルもぜ~んぶ読んで(読みましたぞ!)隅から隅まで見て、長居してしまいましたよ。


くだんの、容保さんが肌身離さず持っていた孝明天皇御製、御宸翰

出展されてますよ~。
純で正義感の強い容保さんをたらし込んだ‥‥ちゃうちゃうシーンを思い出して涙出そうになっちゃいました。

明治政府は、容保さんがこれを保持しているのを不都合として高額な条件で取得しようとしたんですって。これは存知ませんでしたよ。もちろん容保さんは断りましたがね。

太刀「行吉」
容保さんが儀式で佩用した、藩祖土津公(保科殿)の戦陣用の太刀。

萱野権兵衛宛て書状 by 容保さん&照姫
切腹の数日前に渡されたもの。これは・・・胸がつまった。

八重さんの懐剣
慶長以前のものですって!


くだんの、池田屋事件感状
前回このシーンでしたね。ほれ、あの、朝廷から新選組に送られた感状ですよん。

島田魁日記
土方さんファンゆえ。萌えますな。チマチマした字ですねえ。魁さんのイメージと違うにゃ。

奥羽列藩同盟盟約書

同盟旗(五芒星☆)←これも萌えまする~☆。

新選組が会津藩へ提出した名簿(隊長は山口二郎つまり斎藤一ね)

大政奉還上表文
写しですが、原本がないため貴重だとのこと。


くだんの泣血氈(きゅうけつせん)

嗚呼、泣血氈の誓い。
出展されていたのですねえ。

降伏式の調印は、路上に敷かれたゴザの上で行わされようとしました。そこで、誰だかが(忘れた)近くの誰だったか(これも忘れた)の屋敷から緋毛氈を持ってきて、ゴザの上に敷きました。

藩士達はこの無念を忘れないように、その緋毛氈を小さく切り刻みそれぞれが持ちました。それが、泣血氈です。

これは昔、会津の酒造で見たことがありますが、あらためて見ても涙が・・・嗚呼


とまあ、以上は私の個人的な萌えドコロの一部です。もっともっと貴重な史料も、八重さんや新島襄や同志社に関係するものも、たくさん出展されています。

覚馬兄ちゃんがだんだんキリスト教に入ってゆく姿もよく見えたし、八重さんが当時の普通の日本男児じゃダメだったのも(そうか?)妙に納得。


キリスト教の洗礼をうけ、ほぼアメリカ人のジョー(新島襄)と結婚し、洋館に住み、ワッフルを焼き、スープチューリンでスープを飲み西洋生活どっぷりの八重さんは、昭和4年おっしゃっています。「日本人の心性を忘れてはいけない」って。

ず~っと展示を見てきた最後、昭和3年に黒谷金戒光明寺で開かれた会津会での着物姿の八重さんの写真を見たら、なんかジワッときてしまいました

しかし、八重さんという人は立派な人ですねえ。


会期は5月6日までですが、泣血氈などは4月7日までの展示ですのでお早めに~。

(その後の情報 泣血氈は、4月8日以後はもっと大きいものが出るそうです。)

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~会津若松駅前の白虎隊。嗚呼、飯盛山。~


なんし、なんしょ、なじょして、だけんじょ、さすけね・・・
大河の会津弁、いいですねえ。聞いていてホワッとした気持ちになります。

八重さん達の会津弁もよっく理解できます。別にそんなに一言一句必死で聞き取ろうとしないですし、子供ではないので会話の流れとかニュアンスで分かります。というか、全然、分かるよねえ。

それは、長州さん達の長州弁も、西郷どんの薩摩弁も、土佐さん達の土佐弁も、勝先生の江戸弁も同じぜよ。


庄内&伊達と江戸のハーフ?クォーター?である私ですが、一応は現代の江戸生まれ江戸育ち。八重の桜の会津弁が正しいとかちょい違うとか、また、今も使うとか使わないとかは分かりません。

分かりませんが、そもそもこれは ドラマ でありしかも 時代劇 です。それぞれのお国言葉が現在とは違うってことだって、がってん承知のスケでごわす。

会津の気風や雰囲気を楽しんでドラマとして私は見ています。それは、今回の大河の会津に限らず、どのお国のどの時代の大河でも(その他の時代劇でも)一緒。


お国言葉や地域文化が大好きなマリコ・ポーロとしては、いっそ戦国時代の大河も、全部お国言葉でやってほしいぐらいです。

そうしたら、小田原から越後へ嫁にゆき(?)一人違う言葉を話す景虎さんの孤立感(←知らないけど)とか、伊勢から奥州へ行かされた蒲生レオ様のカルチャーチョック(←たぶん)とか、光秀の公家カブレの言葉にカチンとくる岐阜の魔王の苛立ち(←分からんが)とかとかとかも、もっと伝わってくると妄想するにゃん。

当時はもっと分からなかったでしょうからねえ。歴友が申しておりやしたわ。間者はバイリンガルでないとねえって。


それに大河ドラマに限らず歴史ドラマは、主役に相対する側が悪く書かれるのはままあること。そんなことを言ったら、我らが後北条なんてどうなる。西国武将の主役が多いドラマでは、我らが兄上様氏政さんや我らが若殿氏直さんなんて毎度アホに描かれてるべ。

それはそれで、ファン同士や個人ブログで面白可笑しく百言居士りながら見ればいいじゃん。

いつの時代もそれぞれがそれぞれの立場でそれぞれに正義があり、一生懸命生きて歴史をつないできたんだと思うんですよねえ。

しかも今回の大河は東北応援がテーマなのでしょう。会津がいいもんに描かれるのはアタリマエダのクラッカー(←古い?)ですよねえ。そういうコンセプトが分かっていたらそれを批判するなんて気持ちにはなれませんわ。少なくとも、私や私の知人達(の全国の方達)はね。


どこの土地へ旅しても標準語(江戸弁は標準語ではない)ばかりで、お国言葉や昔の言葉が消えてゆく今日この頃。大河ドラマには頑張ってほしいです。

ほにゃ。


コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。

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