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2013年4月18日 (木)

新歌舞伎座「こけらおとし」に行ってめぇりやした

Dsc_2006

旅の衣はすずかけのぉ~~~

歌舞伎は高うござんすよねぇ。3階席はそんなに高くはないですが、舞台全体を俯瞰できて絵的にも興味深い・・・なんてぇほど通(ツウ)ではないので、やはり近くで見たい。するってえと、ご飯食べたりお土産買ったりなんのかんので、箱根一泊できるぐらいの経費がかかってしまいます。おサイフが一緒の家族で行ったらいくらかかるか。

時々当ブログでも書いておりますように歌舞伎は大好きですが、ゆえに、バブルがはじけて以来10年以上行っておりません。


しかし、今回は新生歌舞伎座「こけらおとし」。天変地異や不慮の事故・事件が続く今日この頃、行けるときに行っておこう。これがもう最後かもしれないし(経済的に・・)。濡れてで粟の百両ははいるすべもなく、よっしゃ!と自腹で大奮発。

行ってめえりやしたよ、旦那がた。


「こけらおとし」とは、新築なった劇場での初めての公演のことをいいますよね。

今更でなんでござんすが、杮(こけら)とは木屑のこと。なんでも、昔の芝居小屋の屋根は瓦葺きが許されず木造で、葺きを終えたあとに屋根に残った木屑、つまり杮(こけら)を払い落としたことからそういわれるようになったとかとかとか。

杮(こけら)が落ちれば新築完成。そして初の興行とあいなるわけです。


当日は、「寺社参り」を口実に大奥を抜け(?)東銀座へ。

早めに入って館内を見聞と思いきや、お若けえのお待ちなせえ(若くないけど)、開場時間が決まっておりやして入れるのは開演30分前。しょえ~、そりゃそうだわな。一日3回公演なので好きな時間にどんどん入られたら中が収拾がつかないですわな。

ほな、地下広場の「かおみせ」でお土産を先に買うとしやしょうか。最後の部だと終演後はお土産ショップ閉まっちゃうものね・・・と雑踏を抜け地下へ下りて↓ここへ。

Dsc_2022_2

うぎゃ~!
なお一層、凄い人々々。


2部を見終わった人と3部を見る前の人達で、お土産ショップはごった返し状況。でもせっかく来たから何かお土産をと、わらわが代表して(一応、身が細いため)隙間に入り、なんとか希望のお菓子をゲット。

それから長蛇のお会計の列に並ぶこと15分。

ふう~
芝居見物もてーへんですぜ。


そんなこんなでやっと開場時刻。入口へまわります。

どひゃ~!
スッゴイ人!

しかし怯む間もなく人ごみにまかれまかれて、いつの間にか館内へ。イヤホンガイドを借りる(イヤホンガイド好きなの)にもお弁当を見に行くにも全然好きに歩けず、どうにか席に付けたのが開幕ギリギリ。体力がないと、こけら落としも見られない?


さて、

わらわが見物したのは、第3部。
演目は、「盛綱陣屋」と「勧進帳」。


佐々木盛綱は、だ~いご贔屓の片岡仁左衛門さま。孝夫さんの時はよく見に行きましたが、仁左衛門になってからはもしかしてはじめて・・・か?

父上が討ち死にしたと思い、けなげに切腹する小四郎クンは染五郎さんの子息金太郎クンが演じていました。


仁左衛門さまの盛綱は、立ち姿も美しく凛々しく、そして、甥の小四郎クンの処遇について兄弟・母親・一族・敵味方の間で葛藤する様も、葛藤フェチのマリコ・ポーロ的に非常に魅力的でござんした。

仁左衛門さまは、チョイ悪小悪党の役が一番似合うと思っておりましたが、年輪を重ねたゆえか、こりゃもう小悪党は似合わんのう。


金太郎クンは9歳とか。子役ながら重要な役で出番も長く、名子役ぶりでした。隣の席の若い女子連は最後泣いていたぞえ。


松嶋屋ぁーーっ!
大向うさん達の掛け声も常より気合が入っているように感じる、こけら落とし。

ひとつ目の芝居が終わり、幕間~♪

Dsc_2023
~2階から入口付近を俯瞰。変わってないでしょ。~

席で軽く一口つなぎを食べお酒を一杯だけ飲んだあと、館内散策。30分しかないので急ぎ足。

館内は以前とあまり変わっていませんでした。前の部材を極力使ったのですってね。そうですよね。芝居小屋には酒蔵の蔵付き酵母のごとく、長い年月の間に染み付いた芝居関係者や観客の‘何か’があるのでしょうからねえ。 3階には随分と新しいお土産ショップが出ていましたが。


第3部のもうひとつの芝居は「勧進帳」。これで本日の公演は仕舞いです。

トップに書いた♪旅の衣はすずかけのぉ~~~から始まる勧進帳。勧進帳の原型はお能の「安宅」ですな。

義経が奥州に逃れる時に通ったのが北陸の安宅の関。史実的&個人的には、ここまで逃げ回った武将は聞いたことがないので義経という人はあまり好きではありませんが、芝居は別。


特に歌舞伎の「勧進帳」は能からきた所以か、地方さん達が舞台に一斉に並ぶのが非常に華やかです。義経一行が出てくる直前のくだりは素晴らしく、何代目だかの義経役のどなたかが、「ここで自分が出てはもったいない」としばらく間を置いたほどだとのこと。

(これは、お気に入りの小山觀翁さんのイヤホンガイドよりですが、皆様、もし歌舞伎を見に行かれることがございやしたら、是非、イヤホンガイドを借りてみてくだされませ。けっして観劇の邪魔にはなりませんし、いままで気が付かなかったポイントなども教えてくれて、芝居が一層楽しめますよ。)


本当に贅沢なひと時ですねえ。フルオーケストラで邦楽を聴ける機会なんて滅多にございやせん。これでは観劇料がお高いのも仕方がないのです。


弁慶・幸四郎さん、富樫・菊五郎さん。義経に梅玉さん。こちらは昔の福助さんですか。しばらく見ない間にみんな名前が変わっちゃいましたねえ。

四天王に染五郎や勘九郎達を引き連れ、上品な義経でござんした。


最後に見た勧進帳は、たしか、孝夫時代の仁左衛門さまの美しき(今も美しいが)富樫左衛門。吉右衛門の弁慶。義経はほっそりしてた頃の、現菊之助パパの菊五郎でした。

昔、歌舞伎を見にいくと、近くの席のオバ様方が役者さんを見て、「ま~、若い頃のお父さんにそっくりねえ」なんておっさるのを聞いていて、二代にわたって知ってるなんていいにゃ~と思っていましたが、今、自分が、同じように思える状態にあるのはありがたいような、自らの年を感じるような‥‥ってもんでござんすわいな。


弁慶主従の強い絆にホロリ涙の富樫左衛門。その富樫の花も実もある はからい で義経一行は安宅の関を抜けることができました。

一行が舞台から去り、幕は引かれ残るは弁慶ひとり。花道七三のところで富樫の温情に頭を垂れ振り向き直ると・・・


高麗屋ーーっ!
日本いちーーっ!

大向うさん達から掛け声が乱れ飛びます。乗り出す観客達。この時を見るためにに歌舞伎勧進帳はあるといっても過言ではありません。


さあ、弁慶最高の見せ場、飛び六方です!

木の音も荒々しく鳴り響き、
はぁ~
いやぁ~
タンタン、タンタン、タタンタタンタンダンダン・・・
満場拍手喝采、鳴り物の音も聞こえなくなるぐらい。


ひゃ~~
堪能。。。

こういう時間を持たせてくれた、家族、職場、(今のところは)健康な体に生んでくれた両親、ここまでミーハーブログを読んでくださった皆様、その他もろもろ、本当にありがとうございました。

世の中に対して、なにも成さない自分がこんなにいい時間を持ってよいのだろうか。なんだか全てに感謝したい気持ちにさせてくれた、こけら落とし公演でした。

Dsc_2019

役者さんの奥様方や母上方に見送られ劇場を出れば、ファンタジーの時間も終わり。待っているのは現実‥‥。


さてっと、このあとはお気にの役者を茶屋へ呼び、寺社見物とウソをついて参ったゆえ門限までには大奥へ戻らねばのう(←まだ、ファンタジーにおる)。

♪鳴るはぁ~瀧の水、鳴るは瀧の水~
ってか。

チョーン!

以上、こたびは絵島がお伝えいたしました。


「北条氏照と弁天小僧の江ノ島」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-ae3f.html

ほにゃ。


コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。

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