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2013年6月26日 (水)

第2回 津久井城開城祭~合戦劇、従軍レポートでござる

夏草や
つわものどもが
夢のあと
by 芭蕉

Dsc_2337
~城山公園にはたくさんの旗や、津久井内藤家と武田家の紋入り楯。なぜに旗や幟ってこうもテンションがあがるのか。~


津久井城「御屋敷広場」は、合戦劇を通してこの「城」やこの城で人生をまっとうした城兵達の供養をするには最高のロケーションです。

かつての主殿の跡。背後には山頂曲輪へ続く急峻な山林を控えているのに、空はひらけ明るい。草は燃え、鳥は鳴きわたる。

「太田は動くでしょうかっ」
「動く!間違いなく動く・・・(by 内藤の殿)」

ホ~~ホケッキョッ♪


「御館様!上杉からの伝令が後詰めを催促しております!」
「こんなときに
未だ津久井の城落ちず・・・と書状をおくれいっ(by 信虎殿)」

ホ~~ホケッキョッ♪


ってな具合。

しかも、このウグイス君たら実によく通るいい声なんだわ。鶯って、ご存じでした?ホーホケキョと鳴くのは雄なんですよ。どなたか武将の化身かし?いや、下で大騒ぎしているので、ただ威嚇しちょるだけかし?


信虎殿の台詞の「小城」のところで、捕虜(観客)達から苦笑が漏れました。信虎ったら、もうっ・・みたいな感じ。

そうなんです。今回は、我ら観戦者は武田の捕虜の設定でした。見にきたお客さんもみんな出演者です。

わらわも、どうにかこうにか津久井開城祭とお休みが合い(合わせ?)、観戦してまいりました


昨年の第1回目は、運命の天正18年、津久井衆 vs 本多忠勝率いる徳川勢の胸に迫る籠城戦劇でした。

第2回目の今年、舞台となる時代はそこから遡ること60年余り。先日の vs太田道灌の「小磯城攻防戦」合戦劇の時代よりは少し後になる、大永5年。


(ナレーション)
この5年前に北条早雲が他界し・・・略・・・(津久井内藤家の)旧主・管領上杉家も武蔵国まで追いやられようと、今まさに北条家の二代目氏綱が高縄原で管領上杉と激闘を繰り広げていた・・・


さあ!
津久井の城に篭る内藤殿率いる津久井 vs 武田信虎(信玄パパ)率いる武田勢の攻防戦が始まります。

Dsc_2333


武田勢の、昨年の統率のとれた徳川勢との違いが良く出ていますね。これは2年続けて見た人だけの面白さかな。

また、信玄殿と信虎殿はじめ、皆さんそれぞれ毎回の役の演じわけも素晴らしいです。これも、ずっと従軍している人だけに分かる観戦ポイントのひとつですな。うふふ。


形勢不利となる津久井勢。

と、そこへ、高縄原で上杉を追いやった北条勢が加勢にやってきます。


Dsc_2327
~武田の陣~

「高縄原の戦、太田の離反によってお味方は壊滅!管領様は岩付へ逃亡!北条勢がこの津久井に向かっており・・・まもなく・・・。急ぎ退却を!」by 横田殿。


Dsc_2330
~津久井衆の陣~

「敵が退いていくぞっ」
「あれは・・・。向こうに見えるは北条の兵ではないか!?」


「小山田を囲め~いっ!」
小山田は、殿(しんがり)です。

Dsc_2326

ここが凄い。これはアドリブだったそうです。

段取りの都合でそんなこんなのことがあり(なんじゃそりゃ?)、上の写真のように↑それぞれはそれぞれのポジションで夢中で奮戦中でした。それがこの一声で一斉に小山田を囲むフォーメーションへとサ~ッと態勢を整え直したのです。

これはね、場慣れしてて、しかもチームワークがないと出来ないことですよ。本当の戦場(いくさば)みたいだね。


こたびは、時代がただでさえややこしい戦国初期の坂東。歴史オタクにとってはマニアック~と喜べ、オタクさんではない人達にとっては、津久井の歴史の「一場面」として楽しめたものだと私は思いました。

ちょっとシビアなシーンもありましたが、戦国時代とはそういうもので民はそういう中で生き、新参者の武将とはそうやって、のし上がってきたのですよねえ。


Dsc_2336

御屋敷広場での「本編」の後は、開放されパークセンターで涼んでいる観客方の前での、信虎殿と荻原殿によるサービス「続編」です。


傲慢や残虐な部分が取り上げられやすい信虎殿ですが、御屋形様は、なにが信虎にそういう振るまいをさせたのかを、代弁というか本来の信虎を一人の人間としてとらえて表現なされたようでござります。

前半は萩原殿が台詞を考え、後半の信虎殿の長台詞はお屋形様が作ったそうです


みなさん、後の世が作り上げたイメージの善悪に関係なく歴史の人物に敬意を表してらっしゃるのが感じられます。 それに、本当によく調べてらっしゃる。次回は、武将さん達によるパネルディスカッションなぞいかがでしょう。


お二人のバックは今回登場した地場産物の売店です。各店の方達&武将さんによる地場産PRもありました。私も津久井城の凝った一筆箋を購入しました。

このあと、観戦した人達は甲冑武者達と共に内藤氏の菩提寺である巧雲寺に墓参。その後は津久井パークセンターの館長さんによる津久井城のレクチャーと、大充実のイベントでした。


私もご一緒にお参りしようと思ったのですが・・・

この日、6月23日は我が八王子城が落ちた日(旧暦)。フッと、山頂曲輪から八王子城を眺めてみたくなり、皆さんとは離れて山を登りました。けっこう登城してらっしゃる方達が多かったですねえ。


残念ながら山頂からは鬱蒼と茂る木が邪魔して八王子城は見えませなんだが、天正18年のその日は、きっとこの津久井からも八王子城に上がる炎煙が見えたことでしょう。

我が城の方角に向かい手を合わせました。


こたびのお知らせのブログ記事↓
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/232013-a351.html


ほにゃ。

コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

画像はマリコ・ポーロが撮影したものです。

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