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2013年7月20日 (土)

拝聴、シンポジウム「天正年間の関東の城」

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サブタイトルは「おサルを迎え撃て」・・・ちゃうちゃう 「秀吉を迎え撃て」。

サル7月14日、南大沢にある首都大学東京で開催されたシンポジウムを拝聴しました。このシンポジウムは、「多摩の いま・むかし~八王子の山城・中野村の象」という展示の関連企画でした。


パネリストの先生は、
城郭研究では北条ファンにとってお馴染みの齋藤慎一氏。我らが本城小田原城関係では、こちらも超お馴染みの諏訪間順氏。そして、織豊時代の政治史研究では新進気鋭、竹井英文氏。
(以上、あってるかな・・違っていたら申し訳ございません)

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このお3人の揃い踏みとあっては、これは北条ファンとしてはスルーは出来ません。しかも、キャッチコピーは「秀吉を迎え撃て」ときたもんだ。先日、石垣山一夜城でのおサル殿下の呪いの気管支炎の治り具合はいまひとつでしたが、これは行かずばなるまいて。

シンポジウムは大盛況でした。でも、オープンキャンパスだし日曜日なのに私より若い方は少なく、嬉しいような 若い人はあまり興味がないのかな~とちょっと淋しくもありました


主な内容は、

▲ 齋藤慎一氏
「八王子城の構造から考える戦国時代」

八王子城と太田金山城を例にとった石垣のお話でした。特に地覆石・アゴ止め石のこと。 八王子城も金山城もアゴ止め石ありますな。半島や大陸の邑城では普遍的に使われる手法で類似性があると。

石垣の変遷としては、第一期~根石の構造がなく垂直に積む。第二期~アゴ止め石の使用。第三期~裏込め石の使用ですが、八王子城は裏込めがある。

えっ?


▲ 諏訪間順氏
「発掘された戦国期の小田原城」

小田原城が八幡山古郭から同心円状に発展してきたのではないという説が、昨今の発掘で証明されていることについて、発掘調査結果の紹介をまじえてのお話。

あと、「秀吉は、その地域でもっとも要害堅固な城を落としたがる。関東では岩付」と。これは知りませんでした~。

ちぇっ。八王子城じゃあないのね、殿下・・・。

殿下、見たことないから誰かに聞いたのでしょうって。「関東で一番すっごい城は、どこでやぁも?」って。誰だよ~、岩付って言ったの。でも、そうきゃもしれん。完成してたしね。総構えもバッチリ。


オープンキャンパスだったので初心者向きにということだったらしいですが、話が進むほどにだんだんチョロッとディープなエリアにも踏み込んでいった感がありましたよ。


▲ 竹井英文氏
「秀吉の天下統一と北条氏」

変わりつつある天正期の関東政治史、新たな天正期関東の政治史像のお話でした。天下統一がとのように捉えられてきたか、北条氏はいつ頃からおサルを意識・・・ちゃうちゃう、意識 したかとかとか。

秀吉を意識し出してから改修された北条の城などのお話もありましたし、私には難しくてよく分からなかった「天正15年の画期性」の話もありました。


が、私の萌えドコロは 惣無事
北条に関東惣無事を伝えたのは、天正11年で決まり!14年ではない!その根拠もあげてらっしゃいました。


以前も当ブログで少しご紹介しましたが、今回は思いっきりこれにハマっちゃいましてねえ。家に帰ってから、下山氏や上記の齋藤氏などの諸先生方の著作の天正10年~15年あたりのところを再読。

そうしたところ、より一層気になってしまって、次のお休みの日に図書館へ走り竹井氏の「織豊政権と東国社会」を斜め読み(非常に面白いんですが長いんだもん)しました。

それらのことは、次回。


さて、話がそれましたが、シンポジウムの最後は質問タイムです。質問は予め質問用紙に書いて、それらの中からいくつか回答をくださるという形式でした。

私、ず~っと教えてほしかった「石垣山の後北条時代の遺構」について質問させていただきました。

「北条時代の遺構はあるはずだが、それがどこかは今のところ分からない」とのことでした。プロはおっしゃれないですよねえ、想像や妄想は。残念でやぁも。


竹井氏のHPより当シンポジウムのこと
http://blogs.yahoo.co.jp/joukakukenkyuu/32013453.html


ほにゃ。
以上は、お三方の許可をいただいて書かせていただいておりまする。


コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。画像はマリコ・ポーロが撮影したものです。

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