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2013年12月 4日 (水)

古河公方の古河を歩く

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~古河公方めぐりを更に楽しめるスタンプ集印帳~

古河で古河公方ゆかりの地を訪ねるということは、つまり、「鎌倉から移し、歴代が菩提寺とし、明治の廃仏希釈で廃寺となった寺々の跡を訪ねる」ということでした。


このところ当ブログにたびたび登場しているため皆様もお気づきだと存じますが、ただいま、我らが北条氏照ゆかりの最後の古河公方・足利義氏くん周辺に凝っております。

古河という土地は以前「古河公方展」(古河歴博)を観た時に江戸時代の城下町を通り抜けたことがあるだけです。ガイド類などを読んでも江戸時代が中心で、どこをどう歩いていいの分かりません。そのうえ、名にし負う方向音痴のマリコ・ポーロ。

まあ、いいわ。取りあえず一度歩いてみようと、前回行った時に駅構内の案内所でゲットしていた「古河てくてく観光マップ」のみを片手に一路古河へ!


ドア(我が家の) to ドア(古河公方館の)で2時間弱。まずは案内所で聞き込みをしようと思いましたが、平日のためか閉まっていました。そこで、西口駅前のアンテナショップ花桃館に寄ってみました。

寄ってみて大々々正解。トップの写真のスタンプ集印帳を見つけたのでありまするよ。


集印帳は3種類ありました。「江戸文化コース」「旧日光街道コース」。そして「古河公方コース」。

「こ、こ、これくださいましっ!」
勢い込んで(なにもそんなにsweat01)、「古河公方コース」を購入。古河市文化課発行で、50円也。


さまざまな時代が複合している観光地では、これはグッドアイデアですねえ。だって、ガイドブック類や説明板は時代が混ぜこぜになっているし、ガイドさんに案内していただいても、「あ、ここは戦国時代ではないですが、江戸時代には○○だったところで・・・」って、違う時代を説明されちゃうことが多いでしょ。

我らオタクは、その時代 だけ が見たいんだもん。この集印帳があれば、自分好みの時代 だけ に浸って巡れるってもんですわ。


それでは、「古河公方コース」 いざ参る!


horse 徳源院跡

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古河公方の旧鴻巣御所跡(現古河総合公園)にあります。徳源院は廃寺となっていますが、墓所だけは残っていました。


最後の古河公方・義氏殿の姫、氏女(うじひめ)の法名が徳源院様なんですね。墓所は公園内の少し小高くなっているところにありました。

碑の左後方、敷石のつきあたりが徳源院氏女様の墓石。碑の右手の大きな宝篋印塔が息子の義親の墓。ヨッシー(義氏)殿の墓はその後方で、墓石はなく墳墓のみ。なんだか切なかったです。(義氏の墓は以前は徳源院様のお墓と間違われていたそう。)


徳源院は、ヨッシー殿の母である芳春院様の菩提寺(のひとつ)でもあったようで、芳春院様、その子・義氏、その子・氏女、その子・義親・・・

あ!
ここは、北条の血をひく者達の菩提寺なのですねえ。

ヨッシー殿の正室は我らが氏照どのの妹。ということは、彼女は亡き後どうなったかは不明ですが、お墓はたぶんここでしょう。今は墓石も土盛りもなく、この土の下なのでしょう。


凄い!ここは思いっきり北条ワールドなのだわ!

古河公方家を乗っ取った小田原北条家の血をひく者達は、元からの公方家の家臣達や、公方を担ぎ上げてきた北関東や南東北の武将たちの中で生きていき易かったのでしょうか。歴代の菩提寺が一緒ということは、表面は上げ奉られながらもやはり最後までアウェイ感は拭えなかったのでしょうか


と、北条の色濃い気配を感じながら設置されているスタンプを捺しましょね。

ペッタン。

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~各ポイントにはそれぞれ素敵な絵が彫ってあるスタンプが設置されていて、こうやって集印帳に捺していく。集印帳には簡単な説明も書かれていて助かりますぅ。~

horse 子安観音

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最後の古河公方ヨッシー殿の娘・氏女(うじひめ)様の御持仏だった(と伝わる)子安観音様が納められているお堂です。同じく公園内にあります。

観音様は元は徳源院におわしましたが、廃寺となったのち転々としここに落ち着かれたそうです。


お堂の中を覗いてみました。

ああ・・・
なんと美しい・・・


私の関東での一押しブツ(仏)は、こちらも度々当ブログに登場していただく鎌倉東慶寺の青岳尼ゆかりの聖観音なのですが、こりゃ困り申した。双璧じゃな。

東慶寺の聖観音は少女のような少年のような面差しでしたが、こちらの観音様はもっと大人な感じです。静謐で玲瓏としたたたずまいで、しばし見惚れてしまいましたよ。観音フェチの里見に奪われないようしなきゃだわ。


写真の白猫は、ずっとお堂の前にいました。「姫、姫なのっ?」と呼び掛けたら、「なぁ~~(Yes、I am)」と返事をなさいました。

猫姫様にちょっとどいていただきながら、観音様が彫られているスタンプを捺しましょね。

ペッタン。

horse 鴻巣館(古河公方館)跡

ここに住んだ方は、鎌倉を追われたシゲッチ殿(成氏)の最初の頃と、天正18年以後の氏女様&子息の義親です(他にもいらしたかもしれんが)。

シゲッチ殿が途中から古河城に移った後は、公方の別館だったと説明に書かれていました。


北条が滅び→おサルの計らいで小弓公方に嫁ぎ子を成し→夫亡きあとはその弟に嫁ぎ→後夫が喜連川藩主藩となった後も氏女(うじひめ)はここに留まり→先夫との子・義親と共にこの地で暮らし、生涯を終えたのです。

復元(復興?)された綺麗すぎる御所沼のほとりのとても気持ちの良い空間で、「公方様の森」を眺めながら、持参のオニギリを食べながら、氏女様の気持ちに同化したく妄想します。

けれど、その波乱の人生を過ごした氏女様の複雑な思いに、私なんぞが同化できるわけもなし。


土塁や堀を通り抜け、「古河公方館跡」の碑の脇にある、公方館の俯瞰絵図が彫ってあるスタンプを捺しましょね。

ペッタン。

horse 松月院御所塚

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次は同じく公園内にある、氏女と小弓公方との間の息子・義親の御正室や、もしかしたら・・・の、菩提寺跡に向かいます。写真の、畑の向こう側の、こんもりと木々が茂った中にあります。


というところで、
あか~ん、長くなり過ぎじゃ~。ゆえに、続く・・・


「北関東の侵略者、北条氏照の祇園城」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-3056.html
「後北条一族の陰謀~公方の御座所 葛西城」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-fdbc.html
「女公方は後北条と古河公方のハーフ」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-a63d.html

その他、古河公方関係のブログ記事はここに添付しきれないので、「後北条のヒロイン達」などのカテゴリーを検索してくださると嬉しいです。
サイドバーの「ブログ全体を検索」をクリック→「このブログ内で検索」→キーワードに「古河公方」とか「芳春院」とかとかとか入れてくださると→いろいろな地での妄想が出ます。


ほにゃ。

cat コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬがご感想なりいただければ嬉しいです。画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。

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