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2015年2月 7日 (土)

「みちのくの仏像」展と、会津の徳一

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~東京国立博物館~


すっご~く良かったconfident

仏像展は必ず行きますが、私の中では今までで一番好きです。毎度どこかの仏像展に行くたびに「今までで一番好きだ」と申しているようですが、それだけ観てきた中でも本当に良かったです。

仏像を拝んできた・・・というより、「木」を拝んできたという感じでしたよ。

(以上も以下も、私感です。)


近江湖北の仏像や金沢八景の神像のところなどでも何度も書いていて恐縮ですが、私は仏像も好きですが神像も好きです。

今回の仏像展でも、震災からの修復なった優れた仏も、慶派の凝った仏達もたいそう美しかったですが、岩手の天台寺の「聖観音菩薩立像」や、同じく岩手の成島毘沙門堂の「伝吉祥天立像」のように神像に近いような仏達にとても惹かれました。


「聖観音菩薩」は、樹木の霊性を現したという鉈彫(なたぼり)の鉈目が砂丘の風紋のようでもあり、エジプトの女王像のようでもありました。

また、「伝吉祥天」は、密教の流れを残しているのか頭上に2頭の象をかかげ、その非常に男っぽい雰囲気と、ウットリとしているかのような微笑みを浮かべた表情とのアンバランスさが不思議~。


これらのほとんどは、9世紀~11世紀の平安時代の作なのですよねえ。その時代の みちのく にこのような仏教文化があったことにびっくりしました。平泉より前ですよ。

それは、徳一(とくいつ) という一人の法相宗の高僧(であり学者でもある)の存在によるようです。会場を出たところで流されていたDVDで紹介がされていました。


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~朝日文庫「街道をゆく 1994.3」と朝日新聞社「朝日ビジュアルシリーズ2005.2」~


DVDを観ていて、そういえば司馬遼太郎さんが「街道をゆく」の「白河・会津のみち」のところで 会津徳一 のことを書いていたな~と思い出しました。

家に帰って本棚の奥から引っ張り出して、ほとんど忘れていたそれを再読してみました。


徳一(とくいつ) とは、9世紀初頭、今でいうところの福島の磐梯町に「慧日寺」という巨大なお寺を開いた高僧だそうです。

驚いたのは、平安初期であるのに、慧日寺は会津地方の農民たちがスポンサーの私寺だったということです。司馬さんはそれを「愉快ではないか」と書いています。


なおも驚いたことに、徳一 は最澄と12年もの長い年月に渡り、会津と京都で論争を続けていたそうです。

会津と京都か。つまり書簡での応酬でしたので、12年間の二人のやりとりが全てとはいえなものの残っているということですね。これも凄いね。論争の内容は「仏性」についてだそうです。これについては司馬さんの本を読んでも私はよく分からないので書けまへん。興味がある方は「街道をゆく」をご覧くだされませ。


司馬さんは書いています。

▲ かれ(徳一)がいた八、九世紀の鄙(みちのく)は草深かったが、会津だけはかれ一人によって灯台のようにはるかな都を照射していた。
ともかくもこの知的豪傑が、ただ一人で旧仏教(奈良仏教)を代表し、新仏教(平安仏教)の最澄と論戦し、最澄をくるしめつづけた。▲


なぜ、そんなことになったかというと、
最澄をどうしても論破できない南都(奈良仏教)が、▲ はるかな会津の徳一をうごかして、最澄に挑戦させた ▲
からだそうです。

司馬さんと同じく私も最澄が大好きなので最澄の味方ですが(?)、なんだか徳一 にも同情してしまいます。でも、司馬さんおっサルところ、12年にわたる論争のおかげで最澄の論述はますます精妙を極めたそうでheart01

注) 「・・・だそうです」ばかりなのは、ワタクシ、徳一という高僧のことは、まったく存じ上げないからでござりまする。


徳一 が開いた慧日寺は戦国時代の合戦で焼き尽くされすべて無くなったそうですが、ホームページを拝見すると、その広大な跡地では発掘調査や復元が進んでいるようです。

徳一の慧日寺の跡へ立ってみたくなっちゃいましたねえ。


その夜は、みちのく青森のお酒「豐盃 bottle」を飲みながら、東博で拝んだ仏様たちの、それぞれが本来のお堂に坐すお姿に思いを馳せて過ごしました。

な~んちゃって。


snow これから行かれるなら音声ガイドをぜひ借りてくだされませ。薬師丸ひろ子さんの声がとても麗しいですよ。4月5日(日)まで。


今回の仏像展には出ていませんが、「白水阿弥陀堂」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-02ec.html

以下、仏像展の記事の一部
白洲正子展「神と仏、自然への祈り」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-13d7.html

鎌倉東慶寺の仏像展
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-5cd4.html
芸大美術館「興福寺仏頭」展
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/2013-1dd6.html


萩真尼

cat コメント欄をもうけさせていただきました。公開はいたしませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。画像は全てマリコ・ポーロが撮影したものです。

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