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2015年3月 8日 (日)

北条早雲の母親のこと

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~ポストカードは神奈川県立歴史博物館で、寄木細工のフォトスタンドはラスカ小田原の WAZA屋さんで。~


伊勢氏庶流である新九郎さん(こと伊勢宗瑞こと北条早雲)の母親は、皆さまご承知のように伊勢氏嫡流の姫とされてます。一族内での縁組だったのですね。


かつて、新九郎さんの出自には様々な説がありました。

荒野の素浪人(?)だったと言われていた頃は母親の素性までは考えが及ばなかったでしょうが、それ以外の説ごとには、母上の出自もそれぞれ違ったものになっていたのかと思います。


さて。
当ブログでずっと追いかけていた、北条氏綱の謎の正室・養珠院さまの出自の新説のことをブログに書いた時に、新九郎さんママについてモワァ~ッと浮かんだことがあります。

先日、韮山のシンポジウムに行った時にその周辺をウロチョロ歩きながら、またそのことを思い出しました。


wine まず、その新説とは、黒田基樹氏が2013年に書かれていたコレ↓です。

▲養珠院さまは堀越公方・足利成知の家臣である横江北条の娘である▲


横江北条とは、遡れば前北条最後の執権、北条高時に繋がる尾張の一族です。横江氏は、その後のどこかの段階で横江→横井になったようです。

伊豆の桑原氏や田中氏がこの横江(横井)一族で、新九郎さんに従い伊豆へ入ったと伺ったことがあります。


wine そこで、「北条五代記」にある新九郎さんの母親のことがモワァ~ッと浮かんだのです。

そこにはこう↓あります。(現代語訳より抜粋&要約)

▲-1 新九郎の母は、尾張の住人で北条高時の末孫の横井掃部助の娘である。
▲-2 伊豆の北条(前北条のこと?)にこの横井の一門がいて、桑原という。


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~今は無き相田酒造さんの、「火牛」(瓶はとってあるscissors)。ネーミングは、五代記などにある早雲の「火牛の計」から取られている。早雲の「火牛の計」こそフィクションだが、一流の新聞や歴史雑誌でも、いまだにこのことを本当にあったように書いているものもある。~


wine 五代記などは信憑性に疑問があることは重々承知してはおります。でも、けっこう史実に即したことも書いてあるでしょう。まんざらフィクションばかりではない。


2代氏綱の正室が伊豆の横江(横井)一族の娘だったということは、新九郎さんにとっては、お母さんの一族でもあり、前政権の重臣で伊豆に地盤を持つ一族から嫡男の嫁を迎えるということ。

今後の伊豆での勢力拡大には非常に意味のあることだと思うのです。


そして、いずれは、お母さんの出身であった「北条」の名を嫡男に名乗らせる。

いかがなりや?


とかなんとか書いてまいりましたが、黒田先生はじめ専門の先生方が調査研究され、伊勢氏嫡流・伊勢貞国の女(むすめ)となっているのだから、そうなのでしょう。

ノロ中につき、お出掛けできないため家でチョット妄想しみました。


「ついに分かった!北条氏照ご正室の最後と、北条氏綱正室の出自」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-f9c7.html
「前北条と後北条の修禅寺」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-475a.html
「韮山城シンポジウム」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-6735.html

萩真尼


cat 画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

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