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2015年8月19日 (水)

「秀吉研究の最前線」を読んだ

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~洋泉社 歴史新書y、日本史史料研究会編 (2015.8.7)~


惣無事は言うに及ばず、太閤検地も刀狩りも実情は違っていたと?五大老・五奉行の呼称も機能も本当は違うですと?

それよりなにより、秀吉は農民の出ではないかもしれないし(←これは聞いたことがある)、生まれた所も中村ではなく清須かもしれないですと?


清須といえば、
信雄&信孝がビーチフラッグまでして(映画「清州会議」)争ったのは、信長・信忠の跡目ではない。跡目はすでに直系の三法師で当たり前。二人が争ったのはその三法師の御名代のポジションだすて?

これには特に驚いた!秀吉が三法師を担ぎ出してきたんじゃないのね!なんにも知らないワテ。


先日も書きましたが、信長は桶狭間で背後から奇襲したのではなく正面から行ったとか、巌流島では小次郎が息を吹き替えしたところを武蔵が連れてきた弟子たちが寄ってたかって殴り殺したとか。青砥藤綱もいなかったし、新田義貞は磯をつたわなかった!

あー、もう何もかもだーーーっ
全ての罪は江戸徳川時代にある!


これも何回か書きましたが、実はワタクシ、「おサル」「おサル」と書いちょりますが秀吉がけっこう好きでございます。晩年はチョットチョットですが、「戦国武将でボーイフレンドにするとしたら誰がいい?」という質問に「秀吉!」と答えて皆にビックリされたことがあります。

だって、フェミニストだし、楽しそうでしょ。


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~伏見は佐々木酒造さんの「聚楽第」を呑みながら最前線の秀吉研究を読む。当ブログに度々登場していただく盟友サユリンからの到来物。佐々木酒造さんは、大河「風林火山」で真田幸隆を演じた方のご実家ですな。~


そんな私が(どんな私じゃ)一番興味があったのは、もちろん小田原北条との絡み。名胡桃研究の最前線です。

天正17~18年のことを書いているのは、長屋隆幸氏。


名胡桃については、下山先生の「氏政が猪股に命じた説」と、森田善明氏の「小田原攻めは既に決まっていて、名胡桃事件は秀吉によって仕組まれたもので存在しない説」が紹介されていました。

う~む


話は逸れますが、来年の大河「真田丸」で、三谷幸喜氏はどの説をとるのでしょうかねえ。我らが兄上様(北条氏政)は高嶋政伸さんが演じられるとか。頼むよぉ。

高嶋政伸さんとくると大河「太平記」の足利直義殿が脳裏に焼き付いています。新聞で読みましたが、三谷氏は、氏政役は理想のキャスティングだと書いてらっしゃいました。楽しみのような、不安なような・・。


話を戻し。
「秀吉研究の最前線」は、まったく知らなかったことや、大昔の説をそのまま信じていたことが盛りだくさんで、やっぱり読んでよかっただよ。どれもこれも真実はいかに・・と妄想する側としては楽しいです。

近頃の研究は事細かになってきていますし、秀吉の合戦についての研究はあまり進んでいないとのことらしい(これにもビックリ )ですから、現時点での「最前線」も、じきに最前線ではなくなってくるのでしょう。仲間で情報交換をしていかないと、とても一人では追いかけきれまへんな。皆さま、よろしくお願い致しまするぅ~。


「信長研究の最前線」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-70a1.html
「小田原北条の無実を証明する本」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-8c3c.html

紅花


コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬがご感想なりいただければ嬉しいです。画像は、マリコ・ポーロが撮影したものです。

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