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2015年12月 2日 (水)

小田原城総構の「二重戸張」の衝撃

皆さん、こんにちは。戸張捷です!

って、ちゃうちゃうpaperその戸張じゃなくて。

の、「戸張 とばり」の前に・・・
八王子市の「ふるさと納税」の返礼品が、なんとなんと、我らが北条軍団軍団長・北条氏照の八王子城から出土した、あのベネチアガラス器だそうですよ!

もちろんレプリカです。だって、本物だったら粉々の欠損だらけですものね~。というか、本物のわけないでしょ。

それは寄付金10万円の返礼品だそうです。欲しい。とても欲しい。しかし、10万円は無理ですな。10分の1のミニチュアでいいので、1万円の返礼品にしていただけないですかねえ。

詳しくは、11月28日付けWeb版東京新聞(村松権主麿氏)で→http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/list/201511/CK2015112802000153.html


さて、本題の「戸張 とばり」です。

Img20151203_085331_2
~ピンクの矢印 が総構の「二重戸張」。(小田原市教育委員会、現代図に複合させた城下町・宿場町おだわらの町名・地名図より)~


小田原の総構には「二重戸張 ふたえとばり」が3ヶ所あります。全て、防備を強化している西側で、写真の下から順に「早川口」「下二重戸張」「上二重戸張」と呼ばれています。

「下」と「上」は既に住宅の下となっており、目で見られるのは「早川口」だけですが、その「早川口」も明治の政治家だか誰だかの屋敷の庭園になった時に造園の手が入っています。


城郭に詳しくない私が説明するのもなんですが、「二重戸張」は、まず一本の堀(または堀と土塁)があって、その外側にそれと平行した堀(または堀と土塁)があり、虎口を形成している…というか、虎口の一部になっているものです。(←う~、上手く表現できにゃい。よく分かってないからだcoldsweats01。)

特に「下二重戸張」は、そのラインが鍵の手のように同じ角度で2本カクッカクッと内側に入って、「m字」のようになっています。(←分かりる?)

「下二重戸張」は個人宅の建て替え時に障子堀が検出され、昨年の年末恒例「遺跡調査発表会」でも、階段状(かなりの傾斜地ゆえ)の障子堀の写真も見ることが出来たとても面白い場所です。


が、しかし!

「二重戸張 ふたえとばり」という言い方をするのは、昔の小田原 だけだと最近知って、衝撃を受けました。


あらためて関東の北条&城郭好きの数人に伺ったところ、皆さん、「なに?それ?」みたいにおっサル。まあ、総構というものが岩槻などの他には無い ものだから、昔も今も小田原スペシャル用語があってもいいとは思うのですが、それにしてもメジャーじゃなさ過ぎますねえ。


こういう構造の虎口は他の城にはないのでしょうか?それこそ岩槻には無いのでしょうか?また、城郭師匠から、総構は本佐倉にもあると伺いました。では、本佐倉にはあるのでしょうか?

他の城にもあるけれど、違う呼び方をしているのでしょうか?


そもそも今更じゃが 「二重戸張」があるってことは「(一重)戸張」もあるってことで、ほな、「戸張」とはどういう意味なのでしょう?夜のトバリが落ちる…の「帳」と同じ?小田原で「戸張」だけの場所は聞いたことないし、まあ戸張捷 golf でないことも確かです(?)

え~んcrying

小田原ツウぶって得意で「二重戸張」って言葉使っていたのにぃ。じゃあ、今は、なんて呼べばいいんだよぅ
(# ̄З ̄)

「二重堀の虎口」?「ダブルガードエントランス」?「ダブルタイガーマウス」なんちて。


2
~早川口の堀と土塁~


そんなこんなで早くザックリ知りたくてネットで検索してみたところ、ひとつだけ出てきました。

「戸張」は「外張」とも書くようです。

となると、ただの「外」に「張っている」ってだけの意味の単純な呼び方ですかね。あ、でもそういうのって総構には「城下張出」っつう場所がありますわな。「張出」ですし、虎口ではないですよね。


どのようなものを「戸張・外張」と言うかは研究者や城によって様々のようですが、どうも「馬出」のようなものを差すようですが・・・分っからんのう。

と悩んでいたら、名人「歴探」さんが、「戸張」と書かれていた感状のことを教えてくださました。

「北条氏邦、北爪将監に、山上戸張での戦功を賞す」
http://rek.jp/?p=5299


「戸張」って、当時から使われていた言葉なんだ!ほな、「二重戸張」は?皆さん、ご存知でした?


horse 次回は、先日、名胡桃城衆&深谷衆&八王子衆と 「神流川の合戦」の地 へ行った見聞録をお届けしたいと思いまする。


萩真尼

cat コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬがご感想なりいただければ嬉しいです。画像は、マリコ・ポーロが撮影したものです。

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