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2016年6月29日 (水)

歴史を変えていく「大河ドラマ」

020
~9年位前に撮った写真~


真田丸ロス・・・

えーっ?!
裏で(表でも)あんなに文句言っていたのに、メンドクサイ女だな~。←天の声


「真田丸」が終わってしまい (え?)、ブログを書く張り合いが無くなってしまいました。放映していた時は、「他にあれもこれも書きたいのに、氏政さんの弁護に燃えて(萌えて)全然書けないじゃあないか!」とハラタツノリ だったのに、いざ終わってみると、それまで何を書こうとしていたか思い出せにゃい…(^^;sweat01

「小田原北条落城・開城強化月間」だったのに、毎年書いている、鉢形の開城や、瑞渓院の籠城中の自害や、我が八王子城落城や、韮山城開城などなどもつい書き忘れてしまい申した。


前半と、舞台が一度大阪へ移った後また関東へ戻った後半との氏政・氏直父子の性格設定が随分変わっていましたね。なんじゃ?これは。最初から後半のキャラクターでやってくれていたら私もここまでハラタツノリにはならなかったのに・・と思ってしまいましたよ。

それはそれとして。


さて、
以下は北条狂の独り言ゆえ、そうではない方々には御免なすって。

何度も何度もしつこいですが、私はなにも大河ドラマは史実通りにやれなどとは これっぽっちも思っておりやせん。だいいち当時生きていた人はいないのですから史実なんてホントのところ分からないですものね。書状は残っていても嘘やハッタリを書いているかもしれないし、実際の話し言葉や話し方なんてまったく分からないもの。


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~川中島。大河「風林火山」の頃に撮った写真。~


今、毎週日曜日にBSで「武田信玄」の再放送をやっています。何度観たか覚えていませんが、また観ていて思いました。

武田信玄と上杉謙信の川中島での一騎討ちは、実はなかった・・

そんなことは、チョッと歴史が好きならほとんどの人は知っています。でも、信玄や謙信を主役にした大河ドラマで一騎討ちのシーンがなかったら、なんだか物足りないと思いませんか。


「何故、なかった事をさもあった事のようにやるんだ!視聴者があったと思っちゃうじゃないか!」なんてハラタツノリにも全然ならない(私は)。だって、ドラマだもん。

そのシーンの放映日を心待ちにし、どういう演出になるのか、役者さんがどういう演技をするのかを楽しむ。だって、ドラマだもん。


そして、それは、武田信玄と上杉謙信のイメージダウンには、まったくならない。

でも、信玄や謙信のファンは嫌かな?


まあ川中島一騎討ちほどになれば、もはや歌舞伎でいうところの「型」ですが、小田原北条で言えば、まずは北条早雲こと伊勢宗瑞の「火牛の計」ですかね。

万が一、北条が大河になって「火牛の計」をやったら・・・やっぱり私は嫌だな~。そりゃあ宗瑞が格好良く描かれるでしょうし、本当はどうだったかが分からないから、そこは創作が入るとしても、もそっと真実味のある小田原奪取をやってほしいと思うでしょうねえ。


では、北条友がおっさていた氏康の「河越夜戦」は?

あれも後世に作られた話ですが、「風林火山」ではやっていましたよね。北条ファンは知っていますが、特に北条のファンではない歴史ファンではほとんどの方が「夜戦は本当だ」と思っていたことですよね。

あの時、上杉憲政を演じた市川左團次さんは、さすがに上手くて御大の風のある憲正でしたが、憲正ファンは憤慨していたのかなあ・・。


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~小田原の早雲像。火牛の計の牛さん達と伊勢宗瑞。伝説とはいえ、カッコイイheart01。~


「大河ドラマ」は影響が大きいです。

たった一回のドラマのイメージが視聴者の脳内に植え付けられてしま います。我が家の親や同僚たちのように「大河でやっていることは、ほぼ本当のこと」と思う人が多いのです。


また、大河でやると、NHKはじめ各局の歴史バラエティー番組も、そのコンセプトに追従することが多いです。お祭りや観光パンフレットや観光歴史館なども、それに沿って作られます。そうこうしているうちに、非常にそのエリアのその時代に詳しい人は別ですが、それはだんだん定説になっていくと思うのです。

私も北条関係だと「あれ?ぜんぜん違う」とそこそこ気が付きますが、それ以外だと、こんなことを書きながらもけっこう信じてしまっていることが多いのだろうと思います。


そうそう、今週の回ではまた、江戸はススキの原で何もなかった的なことを言わせていましたね。前に当ブログでも書きましたが、それは後の徳川政権が作った話で、戦国時代の江戸は流通の要。品川湊は繁栄していたし、道灌も城を構えたし、北条氏政も隠居後は江戸城にいたことを黒田基樹氏も書かれています。

あのお洒落でキチントさんの氏政がススキの原のボロ城に住むわけないでしょう。大河でやれば、ほとんどの視聴者の認識に決定打を与えます。これで、太田道灌も江戸の上杉も北条も無かったことになってしまいましたね。


西股氏がご自身のサイトで、江戸は寒村ではなかったと説明してくださっていますが、大多数の視聴者はネットは読まないですよ。読むのは、とうにそれを知っている歴史好きです。

今まで私は、大河の関係者様方のHPやブログやツイッターなどを読んだことがありませんでした。今年は、黒田氏、西股氏、丸島氏など何人かの方達のサイトを読んでいます。

今年の『文芸春秋』5月号での、山田太一氏と近藤晋氏(元NHKプロデューサー)の対談「鶴田浩二と菅原文太がいた時代」にもありましたが、昨今のドラマは 「分かり易く」 が大事なようですね。大河ドラマもしかりのようです。


「分かりやすく対比を描きたかったから、本当は上洛しようとしていた氏政を上洛拒否に描いた」とか、「当時の商人は皆そういうことをやっていたから、利休は北条への武器提供はやっていなかったけど、やってたことにした」とかとかとか。

そういう制作意図の犠牲にされた歴史上の人物はどうなるのか…。もう、あの世から反論は出来ないよ。


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~岩槻の道灌像。道灌像は、江戸時代に作られた山吹伝説の鷹狩装束姿が多いですが、こちらは珍しい甲冑姿。~


今回の大河では、「文句いい過ぎ。他人の歴史観をとやかく言うのはどうかと思う」みたいに言われ歴友を失ってしまいました。また、蟻の爪にもならない微々たる力ですが、少しでも小田原北条を知ってもらえたら嬉しいと何年もブログを書いてきたのに、大河であんな氏政や氏直を描かれたり(特に前半の頃)、やってもいないことをやったように捏造されて、大概の人達はそれを信じてしまうんだな~と虚しくなってしまったりしまた。

もちろん啓蒙しようなんて大それたことを考えているわけではなく趣味で好きで書いているのだし、弱小ブログの影響力がないなんて当たり前なのですが、ドヨ~ンdown となって、北条ブログをやめようかとも思ったりもしましたわ。


まあね、だからと言ってね、世界の情勢にはまったく何の影響もないですがね。

ただ、明智さんや、吉良さんや、小早川金吾さん達のファンの気持ちが今更ながらよう分かる今日この頃。


pen おせっかいな弁護
どうやら時代考証の先生方は、制作サイドや脚本には否やはつけられないそうですよ。いくらドラマとはいえ、そこは大河ドラマ。制作陣はもっと時代考証家の意見を聞いてくださいましよ。)


「家康以前の江戸は本当に 寒村 だったのか?」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-0a2f.html
「北条氏政は、上洛準備を進めていた!」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-5154.html
「北条氏政の 汁かけ飯 は後世の創作」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-e356.html

「大河 独眼竜政宗」感想
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-cd19.html
「大河 武田信玄~小田原攻め(永禄12年)」感想
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-d8e7.html
「大河 江」 締め・・・というか繰り言
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-f2e0.html
「大河 清盛」の崇徳院と、時代劇のことチョッと
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-2365.html


萩真尼 こと マリコ・ポーロ

cat 画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。
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