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2016年8月 9日 (火)

信仰の里~中伊豆かんなみ「仏の里美術館」

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~仏の里美術館の素敵な写真満載のパンフレットと入場チケット~


函南(かんなみ)は、まことにもって「仏の里」であり、「仏の里美術館」所蔵の 慶派 の多数の仏像は素晴らしいものでした。

が、その前に・・・


horse 三嶋大社「宝物展示」

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~迫力の彫刻が取り巻く本殿。嘉永の東海地震で被災。慶応2年落成。~


三嶋大社の宝物館で催されている宝物展示(前期)を見学に立ち寄りました。

三嶋大社は、今更私が申すまでもなく、北条早雲 こと 伊勢宗瑞が、2本の杉の木(山内上杉&扇谷上杉)をネズミさん(宗瑞)がカジカジしている夢を見たという言い伝えで有名ですね。


二代・北条氏綱が社殿を再建し、代々の小田原北条当主達にも尊崇された神社です。特集展示「古文書から知る戦国の世(前期)」も、ほとんどが小田原北条関係のものでした。

もちろん、頼朝、尊氏さま、鎌倉公方・基氏、秀吉など、同じく三嶋大社を厚く信仰してきた武家の古文書類も盛りだくさん。展示も、それぞれの文書の現代語訳、背景の説明、絵図面などが用意され、親切で大変分かり易いものでした。


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我らがアニキ、北条氏政の、例の「信長との同盟が叶えば社殿を建てて差し上げまする~」の願書(願文)も出ていましたよ。

願文をあげてまで望んでいたのだね・・。でも、信長の娘と氏政の息子(五代・氏直)との婚姻は叶わなかったね・・。


あれ?
ほな、社殿の再建はどうなったのだろう?coldsweats01


宝物館は以前から一度観てみたかったので、行って良かったです(涼しいしね~)。このためだけに遠方から行くのは人それぞれですが、三島周辺に行かれた時や、近場の方には是非にオススメでござる。見学にはけっこう時間を取った方がよいと思われます。

前期は9月25日まで。後期は9月27日から。また、今月(8月)17日には、恒例の流鏑馬があります!武田流でござる。

三嶋大社宝物館HP→http://www.mishimataisha.or.jp/treasure/


では、本日のメインイベントへ!


fuji 「かんなみ 仏の里美術館」

美術館があるのは、函南(かんなみ)桑原区。


樹齢800年といわれる恐ろしいほど巨大なクスノキを通り過ぎ、景色が開けると、「お堂」をイメージした美術館の屋根が見えてきます。

この桑原区にある平安時代の仏像群は、千年の長きにわたり、村人たちにより、戦乱や廃仏毀釈や災害などから守られてきたそうです。


あれ?
どこかこういう所を訪ねたことがあるぞ・・

そう。それは奥琵琶湖。湖北の十一面観音群ですわ。あるんですねえ。こういう所が日本には、いくつか。しかも守られてきた神仏像は、素晴らしいものばかり。


実は、函南の仏像群のことはまったく存じませんでした。伊豆在住の歴友さんから教えていただき、「仏の里美術館」のことも知ったのです。

こたびは、その歴友さんが車でアチコチ連れて行ってくださいました。


ルートは、

三嶋大社→祐泉寺(北条幻庵子息の墓)→かんなみ→韮山願成就院→毘沙門堂

と、真夏ゆえ城跡は行かず、もっぱら神社仏閣&美術館宝物館巡りとなりました。木陰やクーラーがあるから涼しいものね~sweat01


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~仏像が座す「お堂」をイメージした建物。平等院の宝物館「鳳凰堂」などを手掛けた栗生明氏の設計。実際はもっとぜんぜん素敵(ヘタな写真ですみません)。平日なのに来館者もけっこういらっしゃっていた。~


明治30年。
残った仏像群の散逸を防ぐために、地元の有志により 長源寺というお寺の裏山に「桑原薬師堂」が建てられ仏像達が納められました。

その後、これらの仏像達は函南町に寄付され、保存と後世への継承のため、みんなが鑑賞できる施設として「かんなみ仏の里美術館」が出来たそうです。


そもそも何故この地にこれだけの仏像群が残っていたのか?

弘仁7年(816年)、箱根三所権現を開いた高僧万巻上人が、嵯峨天皇の命を受け都へ上がる途中、高齢のために今の愛知県のあたりで亡くなってしまいました。万巻上人とは、伊達政宗が生まれ変わりだとされていた、あの万巻上人ですよね。

従者たちは上人のお骨と共に箱根へ引き返すことになりますが、この桑原の地で険しい山坂に難儀し、この地に一堂を建てて持っていた仏像などを納めたそうです。それが新光寺とういうお寺で、これらの仏像群は新光寺に関係するものだと考えられているそうです。新光寺はいつの頃か廃寺となりました。(美術館のチラシより)


十二神将も見ごたえがありますが、特に、慶派でも分かっている作品が少ない 実慶 の阿弥陀三尊像(重文)は素晴らしいものでした。

また、大竹区の廃寺となっている蓮華寺跡の小さなお堂に祀られていた、高さ15cm位の743体の観音像も公開されていました。展示は9月末までとのこと。


展示も美しく、それぞれの仏像もそうですが、仏像というものについての解説も詳しく紹介されていて大変興味深かったです。

ボランティアガイドさんも常駐。皆さん詳しいですよ~。


と、まあ、私がなんのかんの書いても稚拙な筆では書ききれまへん。この夏休み、中伊豆の温泉へ行って翌日10時に旅館を出されたあとは、ぜひ行かれてみてくだされ。

これまた素敵な、「仏の里美術館」のHPです。
http://www.kannami-museum.jp/


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~驚愕の、みしまコロッケ饅頭(ピンクの矢印のところに「饅頭」と書いてある)~


お昼は三島のウナギ?私達3人共ウナギは食べられないのでお蕎麦。名水の里のお蕎麦は美味しい。お土産は、「みしまコロッケ饅頭」。以前テレビドラマ「ごめんね青春」で知った三島コロッケにそっくりな、お饅頭。

祐泉寺や韮山の毘沙門堂のことはまた追って。


以下は、中伊豆での北条関係のことを書いたブログ記事の一部でござる。

後北条の始まりを告げた城 「韮山城」 シンポジウム
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-6735.html

北条氏政が謙信や信長にプレゼントした、韮山の江川酒
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-493e.html
後北条の女領主、伊豆の山木大方
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-d6d6.html

ついに分かった!北条氏照ご正室の最後と、氏綱正室の出自
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-f9c7.html
‘元祖 義’  伊勢新九郎の韮山へ
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-b243.html

早雲・秀吉の兵火に耐えた五体の運慶仏
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-a414.html
前北条と後北条の 「伊豆 修禅寺」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-475a.html


マリコ・ポーロ こと 萩真尼

cat 画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

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