« 信仰の里~中伊豆かんなみ「仏の里美術館」 | トップページ | 御用米曲輪の『報告書』&『江戸東京の下町と考古学』 »

2016年8月16日 (火)

北条幻庵の子息の菩提寺「三島 祐泉寺」

13872773_528849630645936_5299629744
~蓮と三鱗(本堂の屋根)のマリアージュ。祐泉寺は北条新三郎さんの中興開基。ゆえに、三島といえど三鱗は前北条ではなく後北条。~


前回のブログ記事の日帰り旅の続きでござる。伊豆の歴友さんが、三嶋大社→仏の里美術館とまわる前に、連れて行ってくださいました。


fuji 新三郎さんの父、北条幻庵宗哲とは

昔書いたことの繰り返しに少しだけ加筆したもので恐縮ですが・・


今更私が申すまでもなく、北条幻庵宗哲は北条早雲こと伊勢宗瑞の子息で、二代氏綱公の腹違いの弟君であります。

幻庵は、子供の頃から箱根権現に入り→近江三井寺で過ごし→その後は箱根権現の別当となります。箱根権現、伊豆韮山、上野平井、武蔵大井、小机・・等々々、莫大な所領を有す武人としてだけではなく、京とも密接な繋がりを持つ、北条家の文化&風流担当重役でもあります。


また、御一家衆として、男子女子問わず一族の端の端までの面倒を見ていたようです。誰がが亡くなると、その後進の後見となり、誰かが嫁ぎ先から出戻ってくると、その庇護をしていたようです。


幻庵は生涯、小田原本城近くの久野に住まいします。

久野の屋敷は堀と土塁が周囲を囲み、竹林の奥には風雅な茶室があり、一角には先だった正室の菩提寺が建っていたそうです。さながらひとつの城郭のようだったのでしょう。現在も屋敷跡の遺構がほんの少し残っています。


と~っても長生き。初代宗瑞から五代の氏直までが会えた方です。北条の百年を見てきた人。生き証人。

ただ、最後の最後だけは見ることがなかった。北条一族の上昇だけを見た、ある意味で幸せな人。いや!ここまで一族を見てきたのだから、肉体は死しても魂は残り、一族最後の日を小田原城で見届けたのかもしれません。


fuji 北条新三郎

13935164_528849650645934_78466169_2
~祐泉寺の新三郎の墓。隣に並ぶのは、同日、討ち死にした弟の融深のものだと伝わっている。~


が、しかし、そんな重鎮中の重鎮の子息たちは・・・

長兄の三郎さんが早くに亡くなります。そのため、新三郎さんは跡継ぎとなります。だから、「新」三郎。


ところが、新三郎さんは、永禄12年の武田信玄の駿河侵攻時、城将として在城した、対武田最前線の城「蒲原城」で戦死してしまうのです。なんと、弟の融深も一緒。

蒲原城での戦いは非常に激しいものだったらしく、二人の兄弟だけではなく、清水康英の息子や、笠原など城兵たちは全滅したと伝わっていますcoldsweats02


三郎さんも、新三郎さんも、融深さんも生年が分かりませんのでシカとは申せませんが、幻庵殿は、息子3人とも、10-20代で亡くしてしまうのですねえ・・・。


13920737_528849770645922_6420057010
~祐泉寺にある新三郎氏信の肖像。死後100年位経って描かれたものとのこと。チト老けてないかえ?~

新三郎さんの正室は公家の西園寺家から迎えています。北条御一家衆で公家のお嫁さんがいるのは、新三郎さんだけです。父幻庵の京との繋がりが分かりますよねえ。


fuji 新三郎氏信の跡継ぎ

幸い新三郎さんには、氏隆という跡継ぎがいました。小田原戦の時は本城に籠城し、その後は氏直らと同じく高野山組です。

赦免の後は、讃岐丸亀城主生駒氏に仕えそこで亡くなります。跡継ぎはいなかったようで、幻庵の北条家はここに終わりとなりました。


祐泉寺
ご住職が語る、幻庵家と新三郎さんの話が面白かったです。ご住職は、新三郎兄弟が討死したのに、武田信玄を名将だと称えてらっしゃいました。敵を悪く言わないご住職はさすが仏門の方でらっしゃると思いました。


Img20160928_224723_3

蒲原落城とは全然関係ないですが、祐泉寺さんには第六天がお祀りされていました。一瞬、おおっ!と思いました。

我が氏照どのの八王子城の搦手にも第六天があります。前に、小田原の百姓曲輪のことを書いていた時に、小田原北条の守護神は何だろうと歴史師匠と話したことがあります。表は弁財天ですが、絶対に裏守護神があるはずだと。それでビビッときたのが第六天でした。ま、何の根拠もない妄想ですが・・・。


祐泉寺さんはHPも充実→http://www.geocities.jp/pycbb333/

マリコ・ポーロ、以前の幻庵殿関係のブログ記事の一部です。
「小机は まづ妄想の初めなり・・」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-3e14.html
「戦国武将が愛好した尺八 一節切」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-8c55.html
「初詣2 北条幻庵の箱根」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-87c7.html


マリコ・ポーロ こと 萩真尼

cat 画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

にほんブログ村 歴史ブログへ

|

« 信仰の里~中伊豆かんなみ「仏の里美術館」 | トップページ | 御用米曲輪の『報告書』&『江戸東京の下町と考古学』 »

4.その他の後北条ゆかりの地」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/545855/64064938

この記事へのトラックバック一覧です: 北条幻庵の子息の菩提寺「三島 祐泉寺」:

« 信仰の里~中伊豆かんなみ「仏の里美術館」 | トップページ | 御用米曲輪の『報告書』&『江戸東京の下町と考古学』 »