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2017年3月 5日 (日)

日本遺産「飛鳥」シンポジウム~飛鳥を翔けた女性たち~

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~「飛鳥シンポジウム~飛鳥を翔けた女性たち」シンポジウムのパンフレットとレジュメ。飛鳥5 「ASUKA 5」 (命名 by ワテ)は、推古天皇、皇極/斉明天皇、持統天皇、額田王、善真尼。~


太田資高室の二人の浄心院様の行方にとらわれ過ぎ、吉良殿ゆかりの寺々について未だ書き上げられないでおります。

そこでちょっと一息。浄心院様たちが生きた時代より更に遡ること900年。推古、皇極(斉明)、持統、元明、元正…と、北条の血ならぬ、蘇我の血を引く女帝達の時代へ思いを馳せて参りました。


橿原市・高取町・明日香村による「日本国創成のとき-飛鳥を翔(かけ)た女性たち-」は、平成27年に「日本遺産」に登録されました。シンポジウムは、この3市町村の主催により、古代史の吉村武彦氏(明治大学名誉教授)と里中満智子氏を講師として催されました。

日本遺産とは、文化遺産にストーリー性を絡めて広げていこうというものだそうで、里中満智子氏の登場となったわけです。


飛鳥時代といえば、松本清張「火の路」、上原和「斑鳩の白き道の上に」、「日出処の天子」、「天上の虹」とそれに続くシリーズ、梅原猛の法隆寺物、永井路子「美貌の女帝」などのマンガや小説でしか知らずにファンになり、奈良へ通うこと数十回。

私にとっては、吉村武彦先生の講演は初めて拝聴(含む拝読)する専門家のお話しでした(恥ずかちぃcoldsweats01)。


メインフューチャーは、飛鳥5 「ASUKA 5」 のセンター皇極/斉明天皇。オープニングムービーも、皇極/斉明天皇がメイン。

続く講演とシンポジウムは、当時の女帝の成り立ち、天皇の諡名、勢力関係などの基本的な話から始まり、ご両人共、宝皇女(ひめみこ)が皇后であった舒明天皇時代→乙巳の変→重祚(斉明天皇)などを、発掘調査や謎の石仏群や、蝦夷や朝鮮半島情勢や、皇極のシャーマン的要素などを絡めた濃厚な内容の、たっぷりどっぷり3時間でした。


里中先生おっしゃるに…
飛鳥時代は女帝があまた即位した時代。女帝は大概、夫(または兄弟)である天皇(すめらみこと)が崩御し、跡継ぎが幼い時に擁立される。

しかし彼女たちが嫁いだ時、夫はまだ皇子(みこ)。皇太子(ひつぎのみこ)や天皇になれるかどうかさえ分からない。万が一なれたとしても、皇后(大后おおきさき)に自分が選ばれるかどうかも分からない。ましてや、夫が先立たなくてはならない。


以上要約ですが、そうか!考えてみればそうですよねえ。後の孝謙女帝のように始めから天皇にさせようと皇太子からの即位などという女帝とは違いますよねえ。

また、持統女帝なんて、お姉ちゃんが生きていたら無かったかもしれないですよねえ。

そうか。だから、皇極/斉明天皇のように再婚でも大后となることもあるのだね。


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~ホールロビーには里中満智子先生のパネルや、関連市町村の観光パンフレットがたくさん!~


以下、特に私にとって興味深かったこと。

wine 『日本書紀』における、皇極/斉明天皇の皇極時代と斉明時代との記述の色合いが違うこと。by 吉村先生

同じく、皇極/斉明天皇の性格は、皇極時代と斉明時代とでは違っている。by 里中氏

皇極時代=シャーマン的役割
斉明時代=積極的に統治


wine 入鹿の暗殺について、当時、中大兄皇子は正統な皇位継承者であったのに、その正統な皇位継承者が起こしたことを「クーデター」と呼ぶのだろうか??by 里中氏


wine 斉明天皇の土木工事好きは、「狂心渠(たぶれこころの みぞ)」などと悪く言われるが、それは、対外的に我が国をちゃんとした国家に見せるための都造りではなかったか。また、先進国的な見せ方をするため石材を多用した。by 里中氏

現代の「狂心渠(たぶれこころの みぞ)」を作っているのは誰かしら~、に場内爆笑。

「狂心渠(たぶれこころの みぞ)」との悪評を書記に残すところも凄い。ちょっと、やり過ぎたからか?と。


また、
飛鳥に点在し残る謎の石造物は、松本清張先生の小説や他の著作から、私はずっと斉明天皇のゾロアスター信仰からきたものだと信じていましたが、岩船などは、製作中の、斉明天皇の石室らしいですね。


wine 中大兄皇子がすぐに即位できなかった理由(わけ)は、昨今では同母妹である間人皇女との関係と言われていますが、
「当時は相当の噂になっていたはず。だって、1400年後の私の耳にさえ聞こえてくるぐらいですもの。」
by 里中氏に、場内爆笑。


wine シャーマン的要素は年をとるほどに衰えるのではないか。

Σ(゚д゚lll)ガーン そうなんだ…

だから、斉明時代は、皇極時代ほどにはそういうことをしていないとみられる。by 里中氏


wine 当時は前線に后達を連れて行った。たとえ身重でも。とはいえ、筑紫に出陣した時は斉明天皇は68歳!当時の68歳を考えると驚きだ。by 吉村先生

この出兵を里中先生氏が、集団的自衛権の行使とおっさったのに、またまた場内爆笑。お話しが上手いんですよ。ゆっくり、静かにお話しになるのにね。


などなどなど。

講演会には、橿原市・高取町・明日香村の長方のご挨拶や、文化財課の方からの遺跡の説明もありました。


そして最後に皆さん同じことをおっしゃる。
「飛鳥へどうぞ~~」

そりゃあ行きたいぜよ。もう十年ちかく行ってないわて。


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~時代は違うが、高取城の紹介案内もたくさんあった~


pen 余談

もう10年近く年前のこと。
飛鳥資料館で「玄武」が公開されるというので、この機会を逃したらキトラ壁画はもう一生見られないと思い(結局その後何度も、東京でも公開されたが)、遥か坂東より「玄武」のためだけに新幹線と近鉄線とバスを乗り継ぎ→2時間半並び→「玄武」のご尊姿を拝しに参ったことがあります。

それは想像していたものよりずっと小さくて、でも、暗がりで仄かに光に浮かび上がっていた「玄武」は、宝石のように神々しかったのを忘れられないでいます。


飛鳥歴史公園
https://www.asuka-park.go.jp/
かしはら観光ナビ「日本遺産」についてhttp://www.city.kashihara.nara.jp/kankou/own_bunkazai/bunkazai/nihonisan/niuteisyoukai.html

萩真尼 こと マリコ・ポーロ


cat 画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

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