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2017年10月 9日 (月)

非公開 「英勝院」の御廟内部~鎌倉

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~スーッと扉が開くと、そこには華麗な世界が!~

いや~、すっっっばらしかったです。写真だけでも歴友の皆さまにと一生懸命撮りましたが、スマホのチャッチイ写真では十分お伝えできないのが残念。


通常は非公開

英勝院さまが太田家にゆかりということで、現ご当主の太田資暁さんに連れられて、「道灌びいき」の会員が拝見出来ることになりました。

同じく非公開とはいえ山門の上部はNPO鎌倉ガイドのツアーで昇らせてもらえたことがありますが、祠堂の扉はまず!開けてはいただません。どころか、覆堂の中にさえ入れてはもらえません。(外からは伺えます。)


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~軒下には彩色も鮮やかな斗栱や雲文をみせる軒支輪がめぐる(内海氏の資料より抜粋)~


英勝寺と英勝院

英勝寺の開基は英勝院さま。英勝寺は、鎌倉扇谷の太田道灌の屋敷跡に英勝院が建立しました。


英勝院とは言わずもがな家康の側室であり、戦に連れていくと必ず勝ったことから「勝」と名を改めさせられたことで知られていますよね。出自については、太田道灌の玄孫だとか、北条重臣の遠山景綱の曽孫だとか諸説あります。

いずれにしても、水戸藩初代当主で水戸黄門の父である徳川頼房の養母として、水戸藩では特別&格別大切にされた女人です。頼房は、母が側室「お万の方」、養母も側室「お勝の方・英勝院」。どちらも坂東の女人です。どうしても二人が脳内で混ざってしまいますが、この祠堂を見ると、「養母」という存在の大きさが分かります。


また、「英勝寺」は現在では鎌倉に唯一残った尼寺です。あれ?東慶寺は?と思ってしまいますが、東慶寺は明治にすでに尼寺ではなくなっています。

英勝寺は、以前はお寺自体が通常非公開でしたが今は一般公開されています(入れない箇所や入れない日もあります)。


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~祠堂の扉。お洒落な蝙蝠形格狭間。~


地元にお住まいの著名な鎌倉歴史研究家・内海恒雄氏の熱~い英勝寺ラブのご説明を伺いながら、水戸藩が総力を尽くして造り上げた、垢ぬけた(by 内海先生)建築、仏像、彫刻、石造建造物の数々を拝見して回りました。

じっくり見たら英勝寺だけで一日が終わってしまいそうなそれらについては、ここに書きはじめたら長くなり過ぎてしまいますし、にわか知識の私が書いてもオコガマシイ。内海先生がお書きになったものや、他のHPなどでご覧くださいませ。詳しく書かれているHPがたくさんあります。


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~この紋どころが目に入らぬかーー!柱には太田桔梗。~


▲ 祠堂

祠堂がのる石垣は、江戸城と同じ造りの石垣だそうです。

黄門さまが建立した英勝院のお墓はお堂の背後に建っていて、堂内の須弥壇の後ろの「花灯枠」から、立派なお位牌を通して拝めるようになっています。(お墓だけなら、脇から側面をお参りできます。)


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お堂は小振りですが、典雅艶麗。屋根は宝形造、天井は格天井、正面と両側面には桟唐戸。東照宮と同じような極彩色ですが、小振りなためか、漂う気配のせいか、ずっと上品です(東照宮が下品というわけではにゃい)。

渋くて華麗な須弥壇の後ろの花灯枠からは外光が入り、それはまるで、背後の英勝院の巨大な墓塔から後光が差し込むが如くです。


ちょうど英勝寺を拝観したあとの、たまたまこのタイミングに、BS6「歴史鑑定」で水戸家のことをやっていました。「歴史捜査」は観るけれど「歴史鑑定」はあまり観ませんが、ちょっと観てみました。

初代の頃の水戸家はお金がなかったそうな。黄門様の時代に上向きになってきたようです。英勝寺の創建は寛永年間。資金繰り大丈夫だったのかな…な~んて、いらぬ心配をしてしまっただよ。


そして、またまたちょうどこのタイミングに、BSで「水戸黄門」が始まったので、つい観てしまいました。黄門様がラーメンを作っていました!ラーメンを最初に食べたのは黄門様ではなかったという話もありますね。諸説あり…ですな。


「里見へ走った公方の姫」
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マリコ・ポーロ こと 萩真尼

画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

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