« 安房編①~浄心院は氏綱の娘か道寸の娘か? | トップページ | 『新九郎、奔る!』 ゆうきまさみ 著 »

2018年6月 6日 (水)

安房編②~浄心院は氏綱の娘か道寸の娘か?

by マリコ・ポーロ


シリーズ 北条五代の息女たち
【二代・北条氏綱の娘たち、太田資高室


4_2
~安房「正文寺」は、勝浦城主だった正木頼忠が父時忠の隠居所跡をその菩提寺として中興した。~


その1ヶ月前の3月初旬。葛山へ嫁いだ北条氏綱の娘を追って「御神渡り」を拝んだ諏訪湖の湖面は凍っていた。

うって変わって、抜けるような蒼空の下の真っ青な海を車窓に、太田へ嫁いだ同じく氏綱の娘を安房に追う。


まずは、前回のブログ記事の安房編①を思い起こしてくださると助かりまする→http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/post-69b9.html


生まれた家とハズバンドは違えど、同じ法名、同じ人生、同じ没年月日として記録されている北条浄心院(氏綱娘)と三浦浄心院(道寸娘)。それは、どちらかの人生が無かったことになっているということでチョット可哀想。と、余計なお節介心にかられて足掛け3年。

どちらが「浄心院日海」なのか。江戸(東京)では手掛かりがつかめないため、どうにも我慢が出来ず、鎌倉から里見へ走った(さらわれた?)青岳尼 の如く海を渡り…ウソウソ、外房線と内房線を乗り継ぎ、「浄心院日海」の御位牌を拝ませていただくべく安房南三原の「正文寺」をお訪ねしました。


広間に入るなり、正面にドドーン と大きな御位牌が!正文寺さんへは事前にお電話でお願いをさせていただいておりましたが、出しておいてくださったのですね。嬉しい~~です。

以前、早雲こと宗瑞の娘を追って伊豆修善寺の「金龍院」さんをお訪ねした時も、幻庵の御位牌を手前の机に出しておいてくださいました。お寺さんて、ありがたいです。


それが、こちらにござります。

 

Photo
~大きさが分かり易いように、お供えにとお持ちした近江の名酒「道灌」の四合瓶箱を横に置いてみた。北条・三浦、どちらの娘にしても、太田家に嫁いでいる(父と息子)ので、「道灌」を(もし北条浄心院なら、イヤかもしれないけど。)~


おぉぉ!
と、まずは手を合わせ、それからジックリと拝見。


3
~見えますか?写真は御住職のご許可をいただき掲載~


先にお電話で伺うまでは存知ませんでしたが、浄心院日海ひとりの御位牌ではなく、正木氏の御位牌をのちに一緒にしたものです。浄心院の法名は、累代の当主と一緒にあるのですよ。江戸時代になって暫くしてから、紀州のお殿様 - たぶん頼宣(生母のお万は開基頼忠の娘で徳川家康の側室)- が、まとめられたそうです。


ピンクのが「浄心院日海」です。わお~!!

会えましたね~、浄心院さまぁ。お会いしたかったですぅ


恥ずかしながら正木氏のことはほとんど知らず、こたびは俄か仕込み。どれがどなた様やら分からず、御住職さんに一人一人教えていただきました。

もう一度、手を合わせます。


前回のブログでも触れた江戸白山の浄心院菩提寺の 浄心寺(今は廃寺)さんと同じく、御住職は二人の浄心院日海についてとてもご研究をされてらっしゃいました。

お話しを始める時、お互い見せ合った自作の系図が、向きも、北条家・三浦家・太田家の配置もまったくそっくりで、あらら~ って。御住職とひとしきり、二人の浄心院についてお話しをしました。二人の浄心院について、トックリとお話し出来た方は初めてでしたので、とても楽しかったです。


そのあと、本堂で御本尊様をお参り。そして、勝浦城主の正木氏5人の立派なお位牌もお参りさせていただけました。

お寺の裏山には「お塚」と呼ばれる正木家累代のお墓や、三浦道寸のお墓(供養塔?)があるそうですが、なんせ虫がまったく、本当に、思いっきりダメなワテ。真冬とか、先陣を担ってくれる誰かが一緒だったら行けたのににゃ~。残念。

それと、もっと正木氏のことを勉強していったら、正木一族の様々な謎についても御住職とお話しできたかもしれない。重ね重ね、残念。


で、結局、浄心院日海はどっちだったのって?

………


分かりもはん。

北条・三浦、どちらかどころか、浄心院日海の御位牌が安房にある本当の理由さえ、オイには分かりもはん。


いえね 旦那、奥さん、おじょーさん、お坊ちゃま。もうひとつ何か決定打がないかどうか、この一ヶ月考えて探していましたが、ありまへん。タイムアップで、ブログを更新しました。

すべては、安房の青い海のみぞ知る

ってことで。


正文寺の御住職様、ありがとうございました。


誕生寺

Photo_20190713221701
~誕生寺の太田堂。ピンクの矢印は太田康資のお墓(供養塔?)~


帰路、海の幸で遅いお昼をいただきがてら、正文寺の本山(本山でいいのかしら?)である小湊「誕生寺」をお参りしました。誕生寺は、北条浄心院の息子、太田康資の菩提寺です。康資は北条から離反し里見につき、永禄7年に国府台で戦死しました。


Photo_5
~太田堂から望む安房の海~


江戸に菩提寺がある「浄心院日海」の御位牌がなぜ安房にあるのか…。

● その御位牌は三浦浄心院のもので、三浦が没落した時に、三浦浄心院を含む一部の一族が旧領のあった安房へ逃れてきたという話があります。三浦浄心院は、正木の養女となり(前回の記事の写真)、安房で亡くなり弔われたのでしょうか。

しかし、その話は今では時系列が合わないため違うとされているようです。また、もし安房で亡くなったとしたら、菩提寺が江戸にあるのも不思議です。


はたまた、その御位牌は北条浄心院のもので、里見へついた息子の康資が母の御位牌を江戸から持ってきたのでしょうか?

しかし、それなら何故、正木氏の位牌に一緒になっているのでしょうか。


皆様もそうだと思いますが、旅の終わりに、こうやって当時その人が見たのと同じ景色を眺め、その人が歩んだ人生を 勝手に 想像しながら想いに浸るのは、それはいいものですよね~。

自分へのお土産に、誕生寺の門前の酒屋さんで 鴨川の 地酒を買いました。家に帰って飲みながら、タイムトリップの余韻に浸れますね!


こたびはこれまでに。


「北条五代の娘たち ② 太田資高室~浄心院は氏綱の娘か道寸の娘か?」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-3f58.html

「江戸編~浄心院は氏綱の娘か道寸の娘か?」

「太田道灌の子息「資康」と、孫「資高」の不思議?」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2018/04/post-92ee.html

「安房編①~浄心院は氏綱の娘か道寸の娘か?」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/post-69b9.html


・初代 伊勢宗瑞(北条早雲)の息女
「北条五代の息女たち①今川から戻った長松院様」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-3132.html
「北条幻庵の妻は、葛山氏ではないだろうか?」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-d602.html
「北条幻庵の、伊豆の屋敷と菩提寺「金龍院」」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-df1a.html

 

・二代 北条氏綱の息女
「北条五代の娘たち ② 太田資高室~江戸城を取り戻せなかった太田資高」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-3f58.html
「北条五代の娘たち ③ 吉良頼康 室~上杉謙信の侵攻と吉良の代替わり」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-9be1.html
「北条五代の娘たち⑤古河公方晴氏室~関宿にある謎の五輪塔」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2017/10/post-b38c.html

「北条五代の娘たち ⑥ 諏訪湖に消えた駿東の名族葛山氏」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/post-7fbd.html

 

・三代 北条氏康の息女
「北条五代の娘たち④今川氏真室~戦国の高等遊民夫妻」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-9cbd.html


萩真尼 こと マリコ・ポーロ

画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

にほんブログ村 歴史ブログへ

|

« 安房編①~浄心院は氏綱の娘か道寸の娘か? | トップページ | 『新九郎、奔る!』 ゆうきまさみ 著 »

3.小田原北条のヒロイン達」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 安房編②~浄心院は氏綱の娘か道寸の娘か?:

« 安房編①~浄心院は氏綱の娘か道寸の娘か? | トップページ | 『新九郎、奔る!』 ゆうきまさみ 著 »