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2019年8月28日 (水)

月命日に公開される 太田道灌像「静勝寺」

マリコ・ポーロ

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~歴戦連勝。負け知らずの道灌殿の御像は法体姿。~


…当方滅亡!

文明18年7月26日、太田道灌はそう言い残し相果てた。


「当方滅亡」は、主君扇谷上杉定正の命をうけた者の手により殺害された道灌が、今わの際に放った言葉だと伝わっています。

これが書かれているのは、道灌の子孫の資武の書状『太田資武状』です。道灌の死後百年ほど後に書かれたもので、もちろん資武は道灌に会ったことがありませんし、道灌暗殺の地である伊勢原にも行ったことがないでしょう。高齢の親族や古参の周りの家臣たちの間で語り継がれた話だと思います。


道灌殿が本当に「当方滅亡」とおっさったかどうかは定かではありませんし、もし言ったとして、その意図も、

「自分(道灌)を殺そうとするとは…扇谷上杉は滅びるぞ」
なのか、はたまた、
「家宰を殺そうとする主君の家なぞ滅びるぞ」
なのか。はたまた、
「これで太田家は滅びてしまう」
なのか。はたまた、

全然違うのか💦 道灌の暗殺状況にしても諸説ありますね。


なんにしても、『道灌状』を読むと道灌という人は、主君(定正)のことを友人(状を宛てた人)に愚痴ったり文句を言ったりはするものの、主君の言うことには諾々と従う人のようです。扇谷での自分の貢献度にも絶対の自信があったでしょうし、よもや定正に討たれるとは考えてもいなかったでしょう。

警戒していたら、お風呂になんて入らないしね。


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~立派なお寺~


太田資高が一時いたといわれる「稲付城」には、道灌の菩提を弔うためのお寺があったとされています。その後、江戸時代の明暦元年に子孫により城跡には堂宇が建立され、道灌の法号をとり「静勝寺 じょうしょうじ」とされたと伝わっています。

道灌堂に安置された「道灌像」は、元禄8年、道灌死後二百年程経ってから造立されたもので、通常は扉は閉っています。命日の6月26日には当代の太田家当主も参列する法要が営まれますが、命日と、毎月の月命日26日に扉は開かれます。



「道灌びいき」の会にいながら、こたび初めて訪問いたしました。

よく見るレプリカとは全然違いますねえ。造立後、6回も修復されたそうで色彩も鮮やかです。当時の太田家ご当主やご隠居様に似せて造ったのでしょうかねえ。現代のご当主にも似てらっしゃる…かな? 似てないかな…?(法体を想像~)


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~稲付城の築城も諸説あり~

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~さすが城跡。高台ですな。~


小田原北条もですが、同じく太田道灌も大河ドラマになってほしいと思います。私の一番の希望は、道灌の時代から新九郎さん(宗瑞)の時代になっていくあたりからをやってほしい。

ふたりが実際に会ったかどうかは分かりませんが、駿河の海岸で馬を並べる道灌殿と若き新九郎さん。新九郎さんはその時、道灌殿がふと言った一言に示唆を受け、自らが向かう方向を決める…みたいな。


ひっじょーに個人的妄想ですが、道灌殿は 大沢たかお さんに演じてもらいたいな~。あの「JIN」の仁先生ですよ。「アテルイ」や映画「風に立つライオン」、「桜田門外の変」で関殿を演った方。

大河でメインをやっていないし、悲壮感が似合うし、肖像にお顔も似てる。

…くぅっ!
当方…滅亡…

と、静かに倒れていってほしいにゃ~

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▲ 以下、太田資高の室である北条氏綱の娘「浄心院」の謎について追いかけたブログ記事です。また、資高については、道灌の孫ではなく道灌の伯父(かどうかも不明)ともいわれる「太田大和守資俊」の子孫という話もあります。また、資高の父と伝わる、三浦についた資康についても諸説あるので、そのへんのところをお含みおきの上ご覧くだされませ。

「北条五代の娘たち②太田資高室~浄心院は氏綱の娘か道寸の娘か?」
「江戸編~浄心院は氏綱の娘か道寸の娘か?」

「太田道灌の子息「資康」と、孫?「資高」の不思議」

「安房編①~浄心院は氏綱の娘か道寸の娘か?」
「安房編②~浄心院は氏綱の娘か道寸の娘か?」

「三浦道寸の娘は宅間上杉に嫁いだのか?」

マリコ・ポーロ こと 萩真尼


画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。
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