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2019年10月22日 (火)

八王子城の台風被害と露出した石垣のほんの一部分(2019・10)

マリコ・ポーロ

その前に、またまた北条その他関係の企画展・イベント情報の追加の追加です。

▲ 企画展「北条氏の進出と八王子ー館蔵・市内所在文書を中心にー」

会 期:令和元年10月29日(火)~12月15日(日)
会 場:郷土資料館特別展示室

講座「北条氏照文書を読む」はキャンセル待ちになってしまいましたね。
詳細は 資料館HPを。


▲ 八王子市民講座「上杉三郎景虎 勝つための戦略~上杉謙信の死後、景勝と越後を争った北条氏康の七男~」

講師は、あの 乃至政彦氏 ですよ!

対象者:市民以外でもOK
日 時:11月30日(土)14:00~
場 所:八王子生涯学習川口分館

申し込みが始まっています。先着70名。
詳細は 川口分館HPを。


▲ 企画展&講演「あらかわと太田道灌」荒川ふるさと文化館

企画展:11/2(土)~12/1(日)

講演:

①11/17 齋藤慎一氏「太田道灌と江戸」②11/24 黒田基樹氏「太田道灌とその時代」
申し込み:11/1 開始
詳細は、ふるさと文化館HPを。


あちゃ~ ()
11/17 は、馬の博物館での講演、真鍋淳哉氏「三浦道寸」&浅倉直美氏「北条氏規―小田原北条一門の役割と苦悩―」とかぶりますねえ。

というかんじなので、その他の、北条の本城・支城で目白押しっている企画展・イベントなどについては先のブログ記事をご参照ください。ページの後ろになるほど新しい情報になっております(見づらくてすみませぬ)。

こちら と こちら です。


さて、本題の八王子城。

Dsc_0175_20191022122001
~御主殿の池の奥が土砂崩れを起こしている~


台風15号に続き、19号の被害に遭われた方に心よりお見舞い申し上げます。

人や家や地域の生活が大変なことになっているのに史跡の被害などのことで恐縮ではありますが、八王子衆が連絡をくださったこともあり見て参りました。


ここ数年、当ブログは小田原を中心に北条一族と北条領域全般にわたってアレコレ書いておりますが、実はマリコ・ポーロの インナーマッスル(?💦)は、八王子城と北条氏照で出来ています。今は無き「八王子城を守る会」でも10年程、末席で活動しておりました。ブログも、八王子城と氏照についてもっと知ってほしくて始めたものです。当初のブログ記事では、人様が辟易するほど(たぶん)濃く熱く、大量に八王子城と氏照を書いております。

守る会の活動も終わり古参の会員の方達が相次いで氏照の元へ逝かれてより、八王子城からは少し足が遠のいておりました。しかし、こたびは八王子の浅川の氾濫もニュースでずっと観ていたので気になり、久々に登城しました。


🐎 被害

Img_20191021_160501
今現在(2019.10.21)、ガイド詰所脇の鳥居のところからは登城出来ず、私有地のため普段は「立入禁止」の看板がある石段から「あしだ曲輪」を通って登るようになっています。

また、大手に行く小さな橋も通行止めでした。

Dsc_0177
こちらは、御主殿への現代の近道通路です(向こうに通称曳橋が見える)。写真ではよく分かりませんが、通路はガタガタに壊れ、たくさんの石が道を覆っていました。

茶色いのは枯葉ではなく崩れ流れてきた石です。これは城山川が溢れたのではありません。八王子城は湧き水が豊富なため山から出た多量の水が、御主殿へ上がる通路を通ってダーーーッと通路を流れた落ちてきたものだそうです。通路にまだ水が流れているのが、写真で分かりますでしょうか?

そして、上の御主殿の写真。御主殿全域も荒れていましたが、池跡奥の林野庁が持っている崖に土砂崩れが起き池跡に流れ込んでいました。


麓だけしか歩きませんでしたが、城内はどこも同様の状態のようです。昨夜深夜の大雨でダメージはもっと大きくなっていることとも思います。今まででさえ上の方は傷んでいるのに、今後どうなるのでしょうか。

知人達のSNSによると、八王子城に限らず東日本の城跡、特に山城はどこもこのような状況のようですね。


🐎 チビットだけ表面が出た石垣

同じく八王子衆からご連絡をいただきました。

Dsc_0174

御主殿の滝の、ナンタラ修験者の慰霊碑(みんなが落城時の供養碑と勘違いして拝んでいる碑)がある城山川に張り出したところです。

写真上部の角張った隅石は前から出ていましたが、今回土砂が崩れピンクの矢印のところが現われました。私と同じく「旧守る会」残党?で、私の八王子城&氏照師匠のお一人でもあるガイドS氏が説明してくださいました。


これは、隅石と繋がり御主殿まで続く石ですね。江戸時代に描かれた「武蔵名勝図会」にも描かれているとS氏に聞いたので、あらためて図会を見てみました。

Photo_20191022143301
左下、城山川に付き出た石積みの一部ですね。昔のブログ記事では散々書きましたが、今の御主殿に行く近道通路は新しく造られた道で当時は無かったのです。


廃城後に大久保氏が手を入れて以来、今回のような大きな台風や大地震は四百年の間に何度もあり、そのたびに城の原型は崩れてきたのでしょうねえ。

八王子城や戦国の悲劇や戦の浅ましさを後世に伝えるためにも、全国の山城や戦国ファンのためにも、せめて今の城の姿が保てるように、供養の気持ちが感じられないイベントなどに使う経費も城の維持管理にまわしてほしいな~と思いました。


このところブログの更新が少なくなっております。自家の大したことのない歴史を調べていることもありますが、八王子城や氏照についても、やれ鐘だの能楽堂だのと、自分でも調べたり、関連自治体や中世専門の研究者の方達から助言をいただいたりとかなりの時(すでに半年!)を費やしております。

その結果、資料は神社仏閣の御縁起・御由緒など(これらが資料になるのか?ですが)、それも後世に書かれたものしか無く信憑性に欠ける話ではありました(なかったことは証明できないが、あったことは史料や発掘調査で証明できる)。

その間、諸先生方より様々な勉強をさせていただけて、時間の無駄にはなりませんでした。ありがとうございました。ただ、八王子城もいい加減なことを…みたいなことをアチコチから言われ、ちょっと恥ずかしかったし悔ぴかった…テンテンテン。

あーあ、書いちゃった~。


戦争も災害も無い令和になることを祈ると共に微力ながら協力もしたいと思います。


以下、八王子城と氏照について今まで書いたブログ記事の超々々々一部です。
「6月23日、八王子城は今年も落城す」

こちらの文末に、今までの記事がけっこう添付されています

「八王子城、消えた橋と現われた石垣」
「八王子城の「庭園遺構」がより凄いことになっています!」


マリコ・ポーロ こと 萩真尼

画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。
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