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2019年11月 6日 (水)

滝山城の講演会 「信玄を討ち留めざること無念千万に存じ候」

マリコ・ポーロ

なんと血湧き肉躍るタイトルでしょう!

が、その前に…
これまたタイトルに凝ったシンポジウムのお知らせが高札に掲げられましたね。
   ↓
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~伊豆の国市さんのHPにまだ出ていないようなのでポスターをコピペさせていただく。拡大してご覧くだされ。~


まさに討ち入りの日に合わせて、のようですね!「うちいり」を「討ち入り」ではなく「打ち入り」にされたのも意味があるようで、また、「たいへん」も「てーへんだ、てーへんだ、親分」の「大変」(←分かりる?)とか、「時代が大きく変わる」の「大変」とかを掛けているのでしょうかねえ~。

おのおのがた、意味深で興味をそそられるタイトルにござるのう。


(コピペ)~今年は明応年間の伊勢宗瑞の伊豆進攻にフォーカスし、はたして宗瑞は成り上がり者だったのか、足利茶々丸はどのような人物か、なぜ宗瑞に打たれなければならなかったのか、伊豆国にとどまらず、関東地方や遠く京都まで波及する、二人にかかわる壮大な歴史の流れを解き明かしてみたいと思います。皆さまぜひご参加下さい。(コピペ以上)~

日時:12月14日(土)13:00~16:30
場所:韮山文化センター(韮山時代劇場)

(講演)家永遵嗣
「伊勢宗瑞の伊豆進攻と戦国時代のはじまり−宗瑞の立場、茶々丸の抵抗とその背景−」

(報告)島田章広(伊豆の国市教育委員会文化財課)
「堀越御所から韮山城へ−発掘調査成果からみた伊勢宗瑞と韮山−」

(シンポジウム「宗瑞打ち入り!茶々丸たいへん!!」)
齋藤慎一・家永遵嗣・望月保宏・竹井英文・島田章広

申し込み不要、参加費無料(資料1冊300円程度で販売)*満席の場合(500名)入場をお断りすることがあります。ご了承ください。とのこと。


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~内容充実、引用文書たっぷり、凄いレジュメ。これだけで本になりそう。~


今年は伊勢宗瑞没後500年目。いつにも増して内容充実の記念イベントが多いので、この機会を逃してはならじ…とパワーと経費と家庭の事情が続く限り馳せ参じる覚悟にて候!なーんて。

ブログには書いておりませんが、玉縄城さんでの真鍋淳哉氏・伊藤一美氏・玉林美男氏・大竹正芳氏らの玉縄水運についての講座や、戎光祥ヒストリカルセミナーでの同じく真鍋淳哉氏の「海をめぐる北条・関東上杉・三浦・里見の戦い」や、先日の相模原市の木村聡氏による「興国寺城」の最新研究についての講座などなども大変興味深く勉強になりました。


また、品川歴史博物館で今開催中の特別展「中世寺院と品川ー妙国寺の歴史と寺宝ー」は、妙国寺に氏綱公が発給した例の制札や、管轄エリアだった氏照ので文書もけっこう出ており、オススメですよ。古川元也氏の関連講演「中世の品川と妙国寺ー往来する商人・宗教者・戦国武将ー」も初めて知る話や文書が多かったので是非ご紹介したいのですが、我が浅学と拙筆でブログに書けるかにゃ~。

そうそう、玉縄水軍についての講座のことも、柏尾川のどこに「舟入」があったかとか、以前から気になっていた弘治2年の海戦のこととか、青岳尼のこととか、八丈島のこととかも含めて、追ってブログに書きたいとは思っているのですが、そうこうしているうちに寄る年波でだんだん記憶が…💦



さて、本題。

過日催された、北条氏照ファンクラブの集い …ではなく、滝山城跡群-自然と歴史を守る会 さん主催の第14回歴史講演会は、我らが北条氏照の滝山合戦450年記念「信玄を討ち留めざること無念千万に存じ候~滝山城主北条氏照の人と合戦~」でした。

講師は、氏照研究では第一人者である、お馴染みの 加藤哲 先生です。様々な方面からの文書や、地図や地形図をたくさん使い、戦に明け暮れた氏照が歩んだ人生を時系列で辿りました。それは氏照の存在がはじめて史料で確認できる古河公方ヨッシー(義氏)の元服式から始まり、いつも通り話は分かり易く、スペクタクルなのに全ての話は史料を見ながらなので、説得力があります。


帰りは、十数年前に初めて出来た八王子城&氏照友と一緒だったのですが、駅までの道々、氏照のことと加藤先生の話の持って行き方の巧みさについて話はスパーク!やめられない止まらない。このところ我が氏照どのから少し離れていましたが、あらためて氏照のカッコ良さを認識できた講演でした。

氏照のカッコ良さについては書き出したら限がなく、過去10年間にこってりと書かせていただいたカテゴリー「八王子城と北条氏照」をご覧いただけると恐悦至極。ここでは、こたびの講演でビビットきたところを少しだけ書きます。


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~御主殿から出てきた琉璃釉碗の底に描かれていた八王子城マスコットのウサちゃん&氏照印判「如意成就」の缶バッチ。如意成就はニューバージョンが資料館で絶賛販売中!~


🐎 氏照の人物像

残念なことに、氏照の私信はまったく発見されていません。笛を嗜んだ…ということも後世の話で、史料的には出てきていません。そこで、先生は手掛かりを「同時代人の評価」に求めたそうです。

戦国史研究のどなたに聞いても(たぶん)、その能力を「抜群だ」と言わせる我らが北条氏照。高い評価は現代のファンだけではなく、当時の北条以外の人達からもうけていたようです。今まで拙ブログにて自分でもたんまり書いてきたことでもありますが、加藤先生がまとめて話してくださり再認識しましたので以下に。


▲ 同時代人の評価

① まず兄上の氏政さまが、豊前山城守(足利公方のお医者さん)へ宛てたのお手紙

氏照が病気だった時ですね。この時だけではなく氏照は何かの慢性的な病を抱えていたようですよね。山城守だけではなく、北条お抱えの芹沢先生などとも薬のことでやり取りしている手紙もいくつか残っています。

こちらの手紙は、源三(照)の具合がかんばしくなく、氏政さん「一段到恐怖候…」 とな。

氏照の存在がとっても必要で、異常に大事に思っていることが表れている。そりゃあそうですよね~。二人は一心同体。バディですもん。


② 同じく兄上さまの朱印状
陣庭の造りは肝要。陸奥守(照)の陣取りを参考にするように。

氏照モデルを高評価。


③ 阿部正勝殿が本多重次殿に宛てたお手紙(天正10年)
氏照を「是非 生捕候て…」

生捕りにしたいというところに、氏照の価値の高さが表れている。


④ 足利公方超重臣の芳春院松嶺が鑁阿寺に宛てたお手紙(天正12年)
「奥州(照)万端頼入候間…」

万全の信頼


⑤ 石田三成殿が宇都宮国綱殿へ宛てたお手紙(天正16年)
例の、氏照が先に秀吉殿へ挨拶に来てあーだこーだ話されたら終わりだどー。早く上洛しろと国綱を即している手紙。

照殿の外交手腕にも高い評価があった。


▲ 後世の人物評

また、当時の評価だけではなく、後世書かれた軍記物「徳川実記」「武田三代軍記」や謡曲「豊公能」(秀吉が創らせたもの)などからも、過去から伝わってきた氏照の評判が、いかに優れていたかをうかがい知ることが出来るという例をあげられました。


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~八王子城から破片が出土したレースガラス(レプリカ)~


▲ 氏照の文書からみた人物像

また、氏照自身が出した手紙に「彼の感情などが見られる」部分があるとのことで、氏照ファンには有名な永禄12年の山吉殿宛ての手紙-講演タイトルの「…今般信玄不討留事 無念千万存候」はこちらにありますーや、同じく永禄12年の越相同盟の時の直江殿への、弟の氏邦さんに対するライバル心満々の手紙などを引用されました。

負けず嫌いですよね~。だからこそ、北条軍団を率いて勢力を広げていけたのでしょう。そんな 熱い照 なのに、お兄ちゃんにコキ使われても文句を言わずミッションをこなしていってるところが興味深いです。


ふぅ~。加藤先生が怒涛の如くたたみかけるように話す氏照の人物評価。
氏照、カッチョエ~~。


▲ 知らなかった氏照のある側面

こたびの講演で一番印象に残ったことです。10年以上、氏照を追いかけてきて、いや、追いかけてきたからこそかもしれませんが、深く刻まれました。私よりもっともっと古くからのファンの方達や、新しいファンの方でも氏照をちゃんと顕彰している方達はこの手紙をご存知でしょうから、知らなかった私とよく話が合ったな~と恥入る次第。


それは、氏照が富田氏実殿に宛てた、天正14年の手紙です。富田殿は、蘆名の家臣です。蘆名は佐竹殿の弟君が当主になっています(よね?)。天正14年は北条が佐竹と和議を結んでいた頃のことですね。読み下し文(by 加藤先生)も書きます。


佐竹・当方和融之儀、有馳走度之由、披露書面ニ尤令得其意候、何ニ而も可被敵対題目雖無之、近年弓箭ニ而過来候

(佐竹と当方和融の儀、馳走ありたきの由、書面にあらわされ、もっともその意を得せしめ候、何にても敵対せらるべき題目無きといえども、近年弓箭にて過ぎ来り候)


戦いたいわけではないけれど、なりゆきで戦う状況になってしまっている…。強気のテル の、葛藤や心の疲弊が垣間見えるような気がします。いんや、もしかしたら、本当はそんなことは思っちゃあいないけど、そう思っているふりをしていたりして?なんせ、外交上手の照どのですからねえ。


そんなこんなから、氏照の性格はなんとなく分かりますが、分からないのは氏照の趣味趣向ですよね~。

 

知りたいです。愛馬とか、着物や甲冑の好み(前立ては何)とか、ご贔屓の絵師はいたのか、どのような本をよく読んだのか、ご持仏は、氏綱公のように工作は好きだったのか、氏康のように恐妻家だったのか、氏繁のように茶道に興味があったのか、謙信くんのようにお酒は好きだったのか、秀吉のように能は好きだったのか、家康のように薬草に興味はあったのか、政宗のように食にこだわっていたのか、景勝のように武具のコレクションはしていたのか、ペットは飼っていたのか(鷹じゃ!)、お休みの日は何をしていたのか(休みはない!)、美女が好きか美少年が好きか(これっ!)etc.etc.


そして、最も知りたいことは…

最後の籠城中、何を考え、どこでどうしていたのか…。

マリコ・ポーロ こと 萩真尼


🐎 カテゴリー「八王子城と北条氏照」の中の昔の記事よりほんの少しだけ以下に添付しました。むか~し書いたものは最新の研究結果とは違う部分もありますので、そのへんお含みおきの上ご覧くださいませ。

「八王子城その1「北条氏照 夢と覚悟の城」」
「八王子城 その4 「北条氏照の葛藤」」
「八王子城落城、氏照の残・念」
「土方歳三は北条氏照の生まれ変わりである」
「北関東の侵略者、北条氏照の「祇園城」」
「北条氏照の存在が抹殺された?「星谷陣屋」」
「北条氏照の首級(しるし)はどこに‥?」

🐎 以下、この秋冬の北条・道灌など関係の存じている限りの企画展や講演会情報です。それぞれの記事は、後ろになるほど新しい情報になっています(見づらくて恐縮)。

「小田原北条関係のイベント情報(2019 秋・冬)」
「どんどん加筆~これからの講演会・企画展(2019年秋・冬)」
こちらにも ↓ 八王子と荒川の追加情報
「八王子城の台風被害と露出した石垣のほんの一部分(2019・10)」


画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。
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