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2020年4月 7日 (火)

①大河「太平記~父と子」と、北条高時のこと

マリコ・ポーロ

小田原北条追っかけのマリコ・ポーロなのに、このところ違うことばかり書いております。こんな憂える世界情勢の中、呑気なことを書いていて恐縮ですが…


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~北条義時、時房(連署)、時頼、長時(赤橋)、時宗、高時パパ貞時、そして、高時の屋敷跡「宝戒寺」の鎌倉北条三鱗▲~


前回のブログ記事→ 「大河『太平記』の再放送が始まりますね!(2020.4)」

足利尊氏が出仕したのは北条高時の在位中であり、新田義貞が東勝寺に執権一門を滅亡させるのはその14年後ですか…。

大好きとはいえ、またあの濃ゆいドラマを週に一度、最初から観るのかと少々たじろぎましたが、何度も観ていると観るポイントが変わってきて新たな気分で楽しめそうです。


● 何世代も続く足利の屈従

初回のテーマは、足利一門、特に尊氏パパ貞氏殿が父上から受け継いだ屈従と忍耐が、尊氏にも引き継がれていくような…でした。

タイトルの「父と子」は、尊氏とパパ貞氏だけではなく、パパ貞氏とそのパパ家時 のことでもあったのですね。そして、家時殿にもまた先祖から受け継いだものがありましたよね。そう、重~い重~い、あの「置文」です。追々ドラマで出てきます。


★ 北条高時と妖霊星

さて、北条高時殿と聞いてマリコ・ポーロがまず思い浮かべるのは、妖霊星を見ばや のこと。当ブログを読んでくださる方はご存知でしょうが、高時殿が異形の者たちと

♪ 天王寺ノヤ ヨウレボシ(妖霊星)ヲ見バヤ

と謡い踊っている場面が絵巻でも描かれていて、よく目にします(インターネットでも検索すると画像を見ることができます)。


妖霊星は国が亡びる時に現われるものとされていて、これを知った藤原なんたらとかいう将軍付きの学者が鎌倉幕府滅亡を言い当てたとかいう、あの話です。異形異類の者たちが本当に異形異類だったのか、田楽者だったのか、町場のホームレス達なのかは置いたとしても、これが本当の話かどうかは分かりません。

それは、高時殿を暗愚にしたかった『太平記』の創作だったのかもしれず。


鎌倉によく一緒に行く長年の歴友さんは、お仲間たちと『妖霊星を見ばや~歴史創作鎌倉幕府アンソロジー』という同人誌(なのかな?)なども出してらっしゃり、マリコ・ポーロの鎌倉炎上師匠です。

妖霊星を見ばやは、北条(前の)滅亡を象徴する キャッチコピー のような逸話なのでしょうねえ。


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~「侍気分」さんの、愛用しているデニムの鎌倉北条ポーチ(小田原北条追っかけなのに?)。鎌倉炎上コラージュのTシャツもあったが今はあるかな?店前に鎌倉の遺構が保存してあり、そのあたりの時代ファンは必ず立ち寄る人気店。若宮大路沿いのビルの1階。~


🐶 高時と「犬合わせ」

北条高時といえば「闘犬」も有名です。

古来、血…特に獣の血を忌み嫌う宮廷人にとって、犬同士を噛ませ合わせる遊びなぞは、神仏の祟りが起きそうなほど醜悪で、あな恐ろしや(現代人もそうだと思いますが)。


当時、鎌倉にいた将軍は親王さんです。宮廷人です。ドラマでは、犬合わせの場に親王将軍も同席していましたね。どうりで終始浮かぬ表情をしてらっしゃいました。あれは、得宗殿(高時)の尊氏への仕打ちに対しての表情ではなく、犬合わせそのものに対しての倦んだ表情と見るものかもしれませんね。

尊氏くん、あれだけ噛まれたら普通は狂犬病。。。


しかし、高時が闘犬を異常に好み、犬に絹の装束を着せ、ゴージャスな犬専用の輿に乗せたりしたという話は、やはり高時を暗愚だったとするためにややオーバーに書かれたものかもしれないとの御説も聞きます。


と、色々と書いておりますが、「太平記の時代」については(も)知らないことばかり。

例えば、
鎌倉幕府後半は北条得宗家により北条一門の支配がなされていたと私は思っていましたが、昨今の研究では、一門はそれぞれ独立運営されていて得宗家が仕切っていたわけではないのですってね。新しい研究本をもっと読まなきゃ、ワテ。

我らが「旧・八王子城を守る会」会長だった峰岸純夫先生の数々の著作、永井晋氏『北条高時と金沢貞顕』、細川重男氏『鎌倉幕府の滅亡』、森茂暁氏『足利尊氏』、亀田俊和氏『南朝の真実』など、あっちを読んだり、こっちを読んだりしておりますが、一年、ドラマについていけるかな。


それにしても、暗い。先日、同じく大河の「北条時宗」の総集編をレンタルで観ましたが、鎌倉の歴史は開府してから(する前から?)ずっと血みどろで最後まで暗く、読み終わったり観終わったりした後の 爽快感 がこれっぽちも無いです。山に囲まれた閉塞的な狭い土地でどれだけの血が流れたことか。

されど、惹かれます。

『太平記』で救われるのは、鎌倉だけではなく都や、日本中を舞台として全ての登場人物がドラマチックに描かれているので、爽快感は無いですが、閉塞感も無いというところ、ですか。


パパ貞氏殿は言います。30数年経っても思いは同じだ…
家臣の一色右馬介は申します。いずれ、殿は……
と。

いずれ…
ーー これより長きドラマが始まる。


🐎 置文 のこと少し書いています
「講演会「鑁阿寺と足利氏」金沢文庫にて」

「②大河「太平記~芽生え」と、足利尊氏の屋敷はどこにあったのか?」
「③大河「太平記~風雲児」と、尊氏の早世した兄&討たれた長男竹若丸」

宝戒寺での高時殿の法要のこと
「新田義貞の鎌倉滅亡の日を歩く」


萩真尼 こと マリコ・ポーロ

画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

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