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2020年6月30日 (火)

後編・北条氏照への想い~傑僧「卜山禅師」

マリコ・ポーロ

医療、保険、介護、保育、ごみの収集、警察、保安、交通機関、公共機関、生活必需品製造販売、宅配関連などなどの現場にいらっしゃる方々、本当にありがとうございます。


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~心源院の桜、空襲をうけたのに毎年花を咲かせる~


卜山和尚とは、我らが北条氏照の師であった方です。
昨日の「八王子城落城~氏照への傑僧「卜山禅師」の想い」の続きにござります。


▲ 北条氏照、死してのちの卜山(ぼくざん)和尚

天正18年7月11日、氏照、兄氏政と共に小田原で自刃。


それ以後、卜山和尚の行動に変化が起きたそうです。「外に出掛けても東西無方。到着した処が住まいとなった」と。
…坐って国の興亡を退け己の分を守る…よくよく看れば世の中のことは夢の中の習い事…雲は南へ、水は北に、思いのまま静かに遊んでいる(抜粋)…
と。

その年の秋、卜山は小津(八王子からあきる野へ向かう方面)の山中に移り、門を閉ざし、訪ねる者にも会わずしばらく暮らしましたが、翌年、新装なった宗関寺に迎えられます。それから卜山は、5つの寺を開山するのです。


そして、なんと…(←また💦)
卜山 94才の時、遊行の旅を始め、上野、下野、下総、鎌倉、修善寺などを訪れるのであります。

ドびっくり~。でも、示寂までは26年もあります。まだまだイケルイケル(←大和尚に対してなんという物言い、無礼者!)。


卜山ゆかりの 心源院や宗関寺は徳川からも大切にされたようです。家康からも寄進を受けますが、114才の時に秀忠に江戸城に招かれます。しかし病のため登城しませんでした…

と記録にはありますが、徳川に会いたくなかったんじゃないの?(マリコ・ポーロ妄想)


120才の10月。
卜山は病になります。あちらこちらから見舞いの人々が訪れ「市のようだった」そうです。

10月26日。
卜山は沐浴浄髪。衣服を整え、坐定。衆徒を集め涅槃に入る旨伝える。辞世の偈頌をしたためたのち、筆を投げ、抜け殻のようになって示寂。

最後も見事です。


▲ 氏照によせる、卜山和尚の想い

氏照の法名「透岳宗閑居士」は、卜山和尚にいただいたものです。

卜山が残した言葉には、「青」とか「青い空」とかがたびたび使われています。「青空」とは悟りとか真理の暗号だそうです。


ある時、氏照は卜山に「犬に仏性ありやなしや!」と問われます。

我らが照は、「幾重にも重なる関を透りぬけ、青空の裏にも留まらず」と答えたそうです。

卜山は、「うむ!でかしたっ!」ポンッと膝を叩いたかどうかは見ていなかったので知りませんけど、それで、この法名を授けたそうです。


悟りのカケラもないマリコ・ポーロには、さっぱり意味が分かりまへんが、卜山和尚は、ご自身が大事にしている言葉を氏照の法名にしたのですねえ。


卜山和尚のことはまだまだあってとても書ききれないのでこのへんにさせていただきますが、このブログは、宗関寺の『卜山大和尚の行実』と『遺誡』を元に「卜山講」の方達が出版した『八王子の名僧 卜山』を参考にさせていただいております。卜山和尚の教えにご興味ある方は是非そちらをご覧くだされませ。

最後に…


氏照の弟の鉢形の氏邦のことで、旧八王子城を守る会の御大が教えてくださったことがあります。

戦後、卜山が写した、敵方が書いた鉢形攻めところを読むと、氏邦を悪く書かれた箇所がカットされていたそうです。御大は、「卜山は、そこを写すに忍びなかったんだろうねえ…」とおしゃいます。

そのコピーを見ながら、しみじみと感じました。卜山和尚は、氏照のことだけではなく、北条やその時代を本当に思っていてくださったんですねえ。


🐎 卜山和尚と心源院を書いた記事の一部です。松姫様のことも。

「北条氏照と、八王子城の神や仏 その1」
「北条氏照と、八王子城の神や仏 その2」

「武田遺臣のマドンナ 「松姫さま」」
「麗しき、武田の「松姫さま御坐像」」
「檜原の残影、横地監物と武田の松姫」


萩真尼 こと マリコ・ポーロ

画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

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