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2020年6月16日 (火)

⑨大河「太平記~宿命の子」と、金沢氏の称名寺

マリコ・ポーロ

医療、保険、介護、保育、ごみの収集、警察、保安、交通機関、公共機関、生活必需品製造販売、宅配関連などなどの現場にいらっしゃる方々、本当にありがとうございます。


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~金沢文庫「称名寺」~


小田原北条の見聞録なのに見聞に行けないため、以前拝聴してまとめられなかった小田原北条の講演会や、BSで再放送中の大河「太平記」を観ていてフト思い浮かんだことを書いたりしております…。


その前に、2つ✌

▲ 峰岸純夫先生の新刊

『中世鎌倉盛衰草紙 -東国首都鎌倉の成立と展開-』歴史探訪社
7月31日発売予定だそうです。

峰岸先生は我らが北条氏照の「旧八王子城を守る会」の会長でしたが、ご専門はこちらなので楽しみです!


▲ 北條九代
先のブログ記事 「④ 大河「太平記~帝ご謀反」と、北条家はなぜ将軍にならなかったのか?」に、宝戒寺入口の碑にある「北條九代 頼経」の意味が分からないことを書きました。

細川重男氏の『鎌倉幕府の滅亡』を再読していて、「北條九代」の意味だけは分かりました。

皆さんはとっくのとうにご存知だったと思いますが、北條九代=北條得宗家 を言うそうですね!時政・義時・泰時・時氏・経時・時頼・時宗・貞時・高時 の9人で九代ですか。こんなことも知らなくて恥ずかちぃ💦

少しだけスッキリしましたが、頼経さんはいにゃいので、丸々スッキリとはしない…。


さて、大河「太平記」。
録画した⑥話~⑩話まで一日一話、毎日観ました。どっぷり太平記の一週間になってしまいました。

ドラマはまだ⑩話なのに内容は盛りだくさん。楠正成や大塔宮の登場、尊氏と登子さんの結婚、パパ貞氏の死去、尊氏様の家督相続、金沢殿の執権就任と辞職、赤橋殿の執権就任、そして、ジジ家時の置文…などなどなど。

大塔宮は、昔は「だいとうのみや」と言いましたよね~。今の「おおとうのみや」には未だに慣れず、つい「だいとうのみや」と言ってしまいます。


太平記の時代はまったく詳しくないので気になることばかりなのですが、こたび特に気になったのは金沢(かねさわ)貞顕のことです。大河「太平記」は何度が観ていますが、今まで金沢殿を気にしたことはありませんでした。

「太平記」は昨今の大河ドラマとは違って登場する人が厖大な数で、何度観てもそのたびに興味の対象が変わります。面白いドラマですね。


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▲ 尊氏の家督相続

ドラマでは、パパ貞氏が存命中に尊氏の家督相続がありました。

しかし実際は、パパは死ぬまで家督を尊氏に譲らなかったようですね(『足利尊氏』森茂暁)。


先のブログにも書きましたが、尊氏には 21才で亡くなった、8才年上の腹違いの兄上がいます。兄上の母親は、北条一族金沢氏の娘で、今回気になった金沢貞顕の妹です。

そんな華々しいバックを持つ兄上がいたのでは、尊氏は弟くんの直義たちと十羽一からげ(十羽もいなかったと思うが)、その他の子供達として幼少~少年期を過ごしたことでしょう。


パパ貞氏は、病(物狂諸労)ゆえか、先代北条貞時死去ゆえかは分かりませんが、すでに出家・隠居していました。ところが、兄上が亡くなった後も、尊氏は家督とはなりませんでした。病だったパパがカムバックするのです。

55才でパパが亡くなり、尊氏さまはやっと当主となりました。


珍しいですね。何がこうさせたのでしょう?
何故ですか?


▲ 称名寺と金沢文庫

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~称名寺と現在の金沢文庫を繋ぐ隧道。中世の頃は西側と東側と二本あったそうで、こちらは西側。マリコ・ポーロ的には称名寺の一番の魅力スポット。~


称名寺は、金沢北条氏の本拠地、六浦荘金沢郷(横浜市金沢区/金沢文庫駅)にある、金沢北条氏の菩提寺です。

北条義時の孫実時の屋敷にあった持仏堂が元で、そのまた孫、つまり今回の気になる貞顕の時に七堂伽藍を構えた大寺院となります。


金沢文庫がいつ出来たのかは定かではないようですが、実時の時代には書物蔵のようなものはあったようです。

気になる貞顕の代にかなりの蔵書が集まり、これも前に書いたことの繰り返しで恐縮ですが、それらは、後に我らが小田原北条や秀吉や家康がゲットしていくことになります(アリャリャ💦)。


称名寺の隆盛や文庫の充実だけから見ると、気になる金沢貞顕殿は素晴らしい人ですね。学識もお金もあり、連署であり、六波羅探題も努めているので、実行力もあるように思えます。

得宗北条高時は心身ともに病弱でした。貞顕が高時を心配して、周囲の人達に出した手紙などが残っています。高時が出家した時も、自らも出家したい旨を申し出ますが、逆に、次の執権になってちょ…と言われてしまうのです。


貞顕は10日で執権職を辞します。貞顕殿、良かったですね(え?)。

優しい方のようですが、なんとなく優し過ぎる方のようにも思え、ドラマで児玉清さんがとっても上手く演じてらっしゃるように思いました。


ドラマでは、高時から金沢貞顕への執権交代は割とすんなりと「押し付けられて」決定していましたが、実際はそうではなく、金沢オシの長崎一派と、高時の弟オシの高時ママ&ママの実家一族安達たちとの間でお決まりの跡目争いが起きています。

また、高時が暗殺しようとしたのは長崎円喜ではなく、その息子の高資ですよね。


世にいう、嘉暦の騒動です…
と書きながらも、よく「世にいう〇〇である」と言うのを聞いたり読んだりしますが、世にいう、世にいうって、知らないよん!ってえことが多いのはマリコ・ポーロだけ?


話がそれてしまいましたが、その「世にいう」嘉暦の騒動については、マリコ・ポーロなぞよりずっと詳しい方達がたくさん書いてらっしゃるので、それらをご覧いただくとして。ドラマの中で尊氏さまが登子さんに言った、「北条はもう終わりと思う…」はこのへんの騒動のことから言わせた台詞なのでしょうかねえ。

こんな中で、登子さんのお兄さんは執権になったのですね。


称名寺はいいお寺ですよね~。背後は山なのに開けた感覚で、白水阿弥陀堂に似ていると思いました。ご近所の方は、自粛中でも散歩にこういうところを歩けるから羨ましい。


これを書きながら「じゅん散歩」をチラチラ観ていたら、金沢文庫でした!ドびっくり~。じゅんちゃんはフェイスシールド。説明する先生はリモート出演。そんな世の中か…。


🍸 金沢文庫の記事

「瀬戸神社展と金沢文庫」
「講演会「鑁阿寺と足利氏」金沢文庫にて」

🍸 大河「太平記」の記事

「①大河「太平記 父と子」と、北条高時のこと」
「②大河「太平記 芽生え」と、足利尊氏の鎌倉屋敷はどこにあったのか?」
「③大河「太平記~風雲児」と、尊氏の早世した兄&討たれた長男竹若丸」
「④ 大河「太平記~帝ご謀反」と、北条家はなぜ将軍にならなかったのか?」

「新田義貞の鎌倉滅亡の日を歩く」


🌼 もうひとつの 花ぶろぐ「萩よりほかの花も見るべく」に尊氏様の菩提寺のシャガや鮫ヶ尾城のカタクリのことなぞ書きました。ついでにご覧いただければいと嬉し。

「足利尊氏の菩提寺に咲く~射干」
「越後鮫ヶ尾城~かたくり」


萩真尼 こと マリコ・ポーロ

画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

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