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2020年12月 1日 (火)

浴室だった?~八王子城の発掘調査状況(2020.11)

マリコ・ポーロ

医療介護に携わる方々はじめエッセンシャルワーカーの皆様、本当にありがとうございます。


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~現場は御主殿の奥(氏照友からお借りした写真)~


(加筆 2020.12.3
発掘調査したところは、一段高くなっている地区 ではなく、会所と、一段高くなっている地区 との間のようです。そこだけチビット書き直しまた。)


見学に行けない マリコ・ポーロ をかわいそうに思ってくださった 八王子城&北条氏照友の方達 から、レポートや写真をたくさんいただいております。皆さん、ビビッ!ポイントや写真が違って興味深く拝見いたしました。ありがとうございます。心より感謝いたします。

近くだったら、私も現場監督のように毎日通うのに…。え?近くでなくて良かったって?だれ?!


教えていただいた情報を以下にまとめてみました。

行っていないのに書くとは…。コロナ禍により冗談じゃなく本当に「見聞録」ならぬ「ぶんぶん(聞聞)録」になっちゃう。ブログタイトルを 『聞き書き後北条』 に変えようかな。


さて、
今回の調査区域は、下図の の〇 の箇所だそうです。会所の西側です。

前にその下の 青の矢印 のあたりを大々的に調査すると聞いていたのですが、場所も規模も少し変更になったようですね。

Dsc_0775_20201202084001


教育委員会や郷土資料館の報告書によると、ここは平成4年に一度調査されていますよね。3mx4m の礎石建物跡が明らかになっていましたが、建物の用途までは分かっていませんでした。

また、平成21年にも、ここから西側へ続く地域と段差の部分も調査しています。その時は遺構は出ませんでした。


こたび分かったのは、建物の中には 火を燃やした「炉」 とみられる痕があるということだそうです。

Dsc_0033 
ピンク ↓ が炉状遺構(八王子衆からお借りした写真)~


建物のサイズから、風呂か台所ではないか?と。以前、池が出てきた時は、上図のピンクの方形のところが湯屋かもしれないということでブログにも書いたかもしれませんが、そうではなかったようですね。

また、この建物に向かって上図の下から上へと敷石が出てきているそうです。


Dsc_0035
~遺物も少し(同じく氏照友より)~


この礎石建物は、「すぐ横の土壌が高温にさらされていることから、建物は火災に遭って燃え落ちたものと見られる、とのこと」だそうです…。

もっと西奥には、もしかしたら氏照のプライベート空間が広がっている可能性もあるらしいです。それらも同じく落城時に火に包まれてしまったのでしょうかねえ…。


うぅぅ(ノД`) 行きたかったです。行って、発掘現場独特のあの土の匂いを嗅ぎたかった…。


▲ チト余談

発掘調査報告書をあらためて読んでいて、気になっていたことを思い出したので…。
前に書いたかもしれませんが、報告書によると、御主殿で「大甕」が出てきているのは池の向こう側(山側)の所です。黄色の ← のところからは、溶接などに関係したような物とか鉄クギなどなどが出てきています。臨戦状態で築かれた八王子城。武器や武具の製造・修理などの空間だったのかもしれないとのことです。


🍸 八王子城と氏照について今まで書いたブログ記事の超々々々一部なり
「八王子城の台風被害と露出した石垣のほんの一部分(2019・10)」
また、以下の文末には、今までの記事がけっこう添付されています
「八王子城、消えた橋と現われた石垣(2015.4)」
「八王子城の「庭園遺構」がより凄いことになっています!(2013.11)」


🌼 アナザーブログに八王子城や小田原城などなどの花草木のことを書いております

戦国北条の御曹司~柏槙と犬槙(小田原城)
「越後鮫ヶ尾城~かたくり」
「足柄清川に沈んだ美僧~蓮」
「武将とアサギマダラ~藤袴」

「八王子城に咲く~采配蘭」
「八王子城に咲く②~鱗木・細葉鉄蕨・鬼女蘭」
「八王子城に咲く①~天南生」
などなどなど…


マリコ・ポーロ こと 萩真尼

画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。
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