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2021年1月14日 (木)

北条氏康の「関取場」(鎌倉)

マリコ・ポーロ

医療介護はじめエッセンシャルワーカーの皆さま、ありがとうございます。本当に。


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さて、本題。

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~鎌倉「関取場跡」の碑 (2019年撮影) ~


氏康は、荏柄天神社修復のために通行税を取りました。

荏柄天神さんの創建は平安時代の終わり。佐殿が大蔵へ幕府を開くにあたり鬼門の守護神とし、鎌倉公方は毎年2月に二泊3日(?)の 参籠 をし、秀吉や家康も寄進をしたそうな。


お!そうそう。
今川範忠がシゲッチ(足利成氏)を攻めて鎌倉へ攻め込んだ時、社殿は壊され御神体は駿河国へ持ち去られたのですって。その後無事に戻ったそうで、良かったネ。

荏柄天神の社殿は、鶴岡八幡宮を修営する際の残材で毎度造られるのだそうですよ。


碑は、金沢街道から荏柄天神へ入る路地の角に建っています。この路地が 二階堂大路 だとされていますが、いんや、それは違うという説もあります。

マリコ・ポーロにはまったく分かりまへん💦が、路地を行くと鎌倉宮、永福寺、瑞泉寺など当時の二階堂の主要な寺々へつながるので、そうなのかもしれないにゃ~とも思います。金沢街道の現代の「岐れ道」はもう少し手前(八幡宮寄り)にありますが、もしかしたら、当時はここが「岐れ道」だったのですかね?


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~街道を挟んだ、碑の反対側に関取橋がある~

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~「関取橋」でなく「関所橋」~


荏柄天神に残る「掟書」には、通行料のことが書かれているそうです。

徒歩は=5文
麻紙布の荷物=10文
乾物馬=5文
人の背負物=3文
運送屋の馬=10文/1頭


そして、里人と僧侶は=タダ。
そりゃあそうやね。


「氏綱の鶴岡八幡宮再建と氏康の「大鳥居跡」」

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「追記~北条氏康の長男と北条家和歌短冊集」

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「小田原にある上杉龍若丸の墓」

 萩真尼 こと マリコ・ポーロ


画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

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