2016年6月29日 (水)

歴史を変えていく「大河ドラマ」

020
~9年位前に撮った写真~


真田丸ロス・・・

えーっ?!
裏で(表でも)あんなに文句言っていたのに、メンドクサイ女だな~。←天の声


「真田丸」が終わってしまい (え?)、ブログを書く張り合いが無くなってしまいました。放映していた時は、「他にあれもこれも書きたいのに、氏政さんの弁護に燃えて(萌えて)全然書けないじゃあないか!」とハラタツノリ だったのに、いざ終わってみると、それまで何を書こうとしていたか思い出せにゃい…(^^;sweat01

「小田原北条落城・開城強化月間」だったのに、毎年書いている、鉢形の開城や、瑞渓院の籠城中の自害や、我が八王子城落城や、韮山城開城などなどもつい書き忘れてしまい申した。


前半と、舞台が一度大阪へ移った後また関東へ戻った後半との氏政・氏直父子の性格設定が随分変わっていましたね。なんじゃ?これは。最初から後半のキャラクターでやってくれていたら私もここまでハラタツノリにはならなかったのに・・と思ってしまいましたよ。

それはそれとして。


さて、
以下は北条狂の独り言ゆえ、そうではない方々には御免なすって。

何度も何度もしつこいですが、私はなにも大河ドラマは史実通りにやれなどとは これっぽっちも思っておりやせん。だいいち当時生きていた人はいないのですから史実なんてホントのところ分からないですものね。書状は残っていても嘘やハッタリを書いているかもしれないし、実際の話し言葉や話し方なんてまったく分からないもの。


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~川中島。大河「風林火山」の頃に撮った写真。~


今、毎週日曜日にBSで「武田信玄」の再放送をやっています。何度観たか覚えていませんが、また観ていて思いました。

武田信玄と上杉謙信の川中島での一騎討ちは、実はなかった・・

そんなことは、チョッと歴史が好きならほとんどの人は知っています。でも、信玄や謙信を主役にした大河ドラマで一騎討ちのシーンがなかったら、なんだか物足りないと思いませんか。


「何故、なかった事をさもあった事のようにやるんだ!視聴者があったと思っちゃうじゃないか!」なんてハラタツノリにも全然ならない(私は)。だって、ドラマだもん。

そのシーンの放映日を心待ちにし、どういう演出になるのか、役者さんがどういう演技をするのかを楽しむ。だって、ドラマだもん。


そして、それは、武田信玄と上杉謙信のイメージダウンには、まったくならない。

でも、信玄や謙信のファンは嫌かな?


まあ川中島一騎討ちほどになれば、もはや歌舞伎でいうところの「型」ですが、小田原北条で言えば、まずは北条早雲こと伊勢宗瑞の「火牛の計」ですかね。

万が一、北条が大河になって「火牛の計」をやったら・・・やっぱり私は嫌だな~。そりゃあ宗瑞が格好良く描かれるでしょうし、本当はどうだったかが分からないから、そこは創作が入るとしても、もそっと真実味のある小田原奪取をやってほしいと思うでしょうねえ。


では、北条友がおっさていた氏康の「河越夜戦」は?

あれも後世に作られた話ですが、「風林火山」ではやっていましたよね。北条ファンは知っていますが、特に北条のファンではない歴史ファンではほとんどの方が「夜戦は本当だ」と思っていたことですよね。

あの時、上杉憲政を演じた市川左團次さんは、さすがに上手くて御大の風のある憲正でしたが、憲正ファンは憤慨していたのかなあ・・。


Photo_4
~小田原の早雲像。火牛の計の牛さん達と伊勢宗瑞。伝説とはいえ、カッコイイheart01。~


「大河ドラマ」は影響が大きいです。

たった一回のドラマのイメージが視聴者の脳内に植え付けられてしま います。我が家の親や同僚たちのように「大河でやっていることは、ほぼ本当のこと」と思う人が多いのです。


また、大河でやると、NHKはじめ各局の歴史バラエティー番組も、そのコンセプトに追従することが多いです。お祭りや観光パンフレットや観光歴史館なども、それに沿って作られます。そうこうしているうちに、非常にそのエリアのその時代に詳しい人は別ですが、それはだんだん定説になっていくと思うのです。

私も北条関係だと「あれ?ぜんぜん違う」とそこそこ気が付きますが、それ以外だと、こんなことを書きながらもけっこう信じてしまっていることが多いのだろうと思います。


そうそう、今週の回ではまた、江戸はススキの原で何もなかった的なことを言わせていましたね。前に当ブログでも書きましたが、それは後の徳川政権が作った話で、戦国時代の江戸は流通の要。品川湊は繁栄していたし、道灌も城を構えたし、北条氏政も隠居後は江戸城にいたことを黒田基樹氏も書かれています。

あのお洒落でキチントさんの氏政がススキの原のボロ城に住むわけないでしょう。大河でやれば、ほとんどの視聴者の認識に決定打を与えます。これで、太田道灌も江戸の上杉も北条も無かったことになってしまいましたね。


西股氏がご自身のサイトで、江戸は寒村ではなかったと説明してくださっていますが、大多数の視聴者はネットは読まないですよ。読むのは、とうにそれを知っている歴史好きです。

今まで私は、大河の関係者様方のHPやブログやツイッターなどを読んだことがありませんでした。今年は、黒田氏、西股氏、丸島氏など何人かの方達のサイトを読んでいます。

今年の『文芸春秋』5月号での、山田太一氏と近藤晋氏(元NHKプロデューサー)の対談「鶴田浩二と菅原文太がいた時代」にもありましたが、昨今のドラマは 「分かり易く」 が大事なようですね。大河ドラマもしかりのようです。


「分かりやすく対比を描きたかったから、本当は上洛しようとしていた氏政を上洛拒否に描いた」とか、「当時の商人は皆そういうことをやっていたから、利休は北条への武器提供はやっていなかったけど、やってたことにした」とかとかとか。

そういう制作意図の犠牲にされた歴史上の人物はどうなるのか…。もう、あの世から反論は出来ないよ。


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~岩槻の道灌像。道灌像は、江戸時代に作られた山吹伝説の鷹狩装束姿が多いですが、こちらは珍しい甲冑姿。~


今回の大河では、「文句いい過ぎ。他人の歴史観をとやかく言うのはどうかと思う」みたいに言われ歴友を失ってしまいました。また、蟻の爪にもならない微々たる力ですが、少しでも小田原北条を知ってもらえたら嬉しいと何年もブログを書いてきたのに、大河であんな氏政や氏直を描かれたり(特に前半の頃)、やってもいないことをやったように捏造されて、大概の人達はそれを信じてしまうんだな~と虚しくなってしまったりしまた。

もちろん啓蒙しようなんて大それたことを考えているわけではなく趣味で好きで書いているのだし、弱小ブログの影響力がないなんて当たり前なのですが、ドヨ~ンdown となって、北条ブログをやめようかとも思ったりもしましたわ。


まあね、だからと言ってね、世界の情勢にはまったく何の影響もないですがね。

ただ、明智さんや、吉良さんや、小早川金吾さん達のファンの気持ちが今更ながらよう分かる今日この頃。


pen おせっかいな弁護
どうやら時代考証の先生方は、制作サイドや脚本には否やはつけられないそうですよ。いくらドラマとはいえ、そこは大河ドラマ。制作陣はもっと時代考証家の意見を聞いてくださいましよ。)


「家康以前の江戸は本当に 寒村 だったのか?」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-0a2f.html
「北条氏政は、上洛準備を進めていた!」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-5154.html
「北条氏政の 汁かけ飯 は後世の創作」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-e356.html

「大河 独眼竜政宗」感想
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-cd19.html
「大河 武田信玄~小田原攻め(永禄12年)」感想
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-d8e7.html
「大河 江」 締め・・・というか繰り言
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-f2e0.html
「大河 清盛」の崇徳院と、時代劇のことチョッと
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-2365.html


萩真尼 こと マリコ・ポーロ

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2016年1月10日 (日)

戦国時代のドラマは「戦国時代を描いた」ものを観たい

皆さま、あけましておめでとうございます。さあ、いよいよ「おサル」の年がやってまいりました!

今年最初のブログ記事だけは百言居士りたくなかったのですが(←ウソだ)、思った通りになってしまい申した。北条ファンの皆さま、もちろんご覧になりましたよね。


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加筆 ▲

落武者狩りに襲われた最後の「タイムスクープハンター」みたいなシーンで、野伏せりみたいな人達が脇差しを身に付けていましたね。

私は、どこかの戦場での略奪品を得意で身に付けているのだとばかり思っていましたが、当時のお百姓さんは二本差しだったのですってね。教えていただき、びっくりポン!(←当時の情勢をふまえた言い方をしていることをご了承くだされ。)


▲ 猫背で汁かけ飯を食べさせられていただ。実に安易な人物紹介 bearing

氏政のあれは、江戸時代のまったくの作り話であ~る。それを使うとは、びっくりポン!悪役だっていいからさ~、カッコイイ悪役にしてくださいませよ。


▲ 勝頼様と行動を共にした桂林院様がおらん。

北条が大河ドラマにならない理由のひとつに、「ヒロインがいない」というのがあります。北条にはドラマチックな人生を送ったヒロインがあまたいて、桂林院様はその代表のような女人。武田ファンにとっても松姫様と並んで有名な方です。なのに、あくまでもスルーするのだね、大河ドラマは。

北条氏康の娘である桂林院様は、「ここから逃れて北条に帰ってくれ」との勝頼様の願いを退け、最後まで勝頼様と行動を共にし、田野にて相果てました。付き従ってきた上臈たちも後を追ったのです。


桂林院様のことをチビッと書いた以前のブログ記事「武田勝頼に嫁いだ、北条の姫」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-c799.html


▲CGも大河ドラマというものとしてはチャッチィし、ドラマ全体がなんだか幼稚。少年少女ドラマシリースみたい。


▲ 少年少女時代は、少年少女の役者さんを

ここ数年、毎年同じことを書いていてしつこいですが、やっぱり少年時代を大人の俳優が演ずるのは痛いですな。不自然。行動にも説得力がないと思います。

我が母が、「幸村ってあんな子供っぽい人だったの?」と。いや、おっかさん、あれはまだ10代半ばだから・・って。


▲ 家族、家族、家族

昨日の草刈さんや迫田さんが上田を訪ねる番組もですが、真田丸の番宣でやたら「家族を描いたドラマ」と か「家族の絆のドラマ」とか連呼しているのがイヤな予感がするにゃあ。

個人的には、家族団欒を描いた戦国時代ドラマはヌルくて血沸き肉踊らない。今日のシーンも、こっ恥ずかしくて見ちゃいられなかったです。なんとなく、新選組の時の、土方さん達が御互いに目と目を合わせて「うん!」みたいにうなずき合う、あのシーンのこっ恥ずかしさと同じものがありましただよ。


以上、アッタマキタから批判してやっただが、勝頼様が素敵heart01で救われました。一人だけ違う、大人な雰囲気を醸し出していましたよね~。

武田や上杉って、大河ドラマで絶対に酷く描かれないですよね~。北条ファンのように「今度はどう扱われれるか」なんて戦々恐々としないで余裕で観ていられるでしょうねえ。いいな~、どうして我らが兄上・氏政さんはそういう風に描かれないのだろう・・。


bottle 以上、あくまでも、絶対大河にしてもらえない一北条ファンの私感でござりまする。


ほな、今年もよろしくお願いいたしまする~。
丙の申(ひのえのさる)
マリコ・ポーロ


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2015年12月24日 (木)

『北条氏康の子供たち』 北条氏康生誕五百年記念

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~北条氏康生誕五百年記念 『北条氏康の子供たち』。一枚岩の七兄弟五姉妹。本家を支えた兄弟姉妹の最新研究。帯府の下には子供たちの印判。飾っておきたい表紙(表紙デザイン宮下玄朔)。~


さて、
以下2つ、教えていただきました。


wine その1

新刊。
『北条氏康の子供たち 北条氏康生誕五百年記念論文集』
宮帯出版社
黒田 基樹 (編)/浅倉 直美 (編)


我らが兄上・北条氏政!ではなく、その父である北条氏康の子女たちについてです。とはいえ、前回のブログ記事で書いたまさにその通りの、適材適所に配属された、四代氏政の抜群な兄弟姉妹衆について書かれた論文集のようです。

じっくり読むのが、もっの凄く楽しみです confident


内容は以下。
▲ 北条氏康の子女について(黒田基樹 著)

▲ 北条氏康の息子たち
北条氏政(黒田基樹 著)
北条氏照(則竹雄一 著)
北条氏邦(浅倉直美 著)
北条氏規(石渡洋平 著)
北条氏忠(竹井英文 著)
北条氏光(小川雄 著)
上杉景虎(片桐昭彦 著)

▲ 北条氏康の娘たち
早川殿(長谷川幸一 著)
七曲殿(小笠原春香 著)
長林院(新井浩文 著)
浄光院殿(長塚孝 著)
桂林院殿(丸島和洋 著)

▲ 戦国北条氏の居城
小田原城(佐々木健策 著)
韮山城跡(池谷初恵 著)
鉢形城跡(石塚三夫 著)
唐沢山城(出居博 著)
玉縄城(宇都洋平 著)

honto ネットストア→http://honto.jp/netstore/pd-book_27622888.html

ア〇ゾン(現在は一時的に在庫切れになっていますが)→
http://www.amazon.co.jp/%E5%8C%97%E6%9D%A1%E6%B0%8F%E5%BA%B7%E3%81%AE%E5%AD%90%E4%BE%9B%E3%81%9F%E3%81%A1%E2%80%95%E5%8C%97%E6%9D%A1%E6%B0%8F%E5%BA%B7%E7%94%9F%E8%AA%95%E4%BA%94%E7%99%BE%E5%B9%B4%E8%A8%98%E5%BF%B5%E8%AB%96%E6%96%87%E9%9B%86-%E9%BB%92%E7%94%B0%E5%9F%BA%E6%A8%B9/dp/4801600174/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1451033764&sr=1-2&keywords=%E5%8C%97%E6%9D%A1%E6%B0%8F%E5%BA%B7


wine その2

芝居『戦国北条記』

小田原で、小田原北条のお芝居があるそうです。前売りチケット発売開始。

主催: 劇団 「熱血天使」

内容:
▲ 第一幕
氏康のもと国造りの地盤を固める
▲ 第二幕
長尾景虎の急襲を一丸で撃退
▲ 第三幕
同盟を結んだ武田家に攻められ、氏康の死後に兄弟とともに戦回避を決断する氏政

日時: 2016年1月30日(土)
午後1時~&午後6時~の2回
会場: 小田原市民会館大ホール
チケット代: 一般 3,500円、23歳以下 3,000円
全席自由

詳細は、タウンニュース小田原版(12月19日号)→http://www.townnews.co.jp/0607/2015/12/19/313235.html


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xmas この年末商戦のカキイレドキ真っただ中に、この年齢にして、接客業400年のうちで最も都心のど真ん中、最も忙しい店へ異動となりました。通勤時間は非常に短くなったのは良かったのですが、もう訳が分からずグッタリ~~sad

ということで、神流川合戦の続きは一段落してから書きたいので、こたびは取り急ぎ以上でござる。


まあね、クリスマスなんて、若くて独身か、小さな子供がいるか以外では大して心躍るイベントではありませんが、一応・・・

Merry Christmas !


「映画 ホワイトクリスマスとアメリカのテレビドラマ」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/tv-8c9a.html
「映画 アラビアのロレンス」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-1afa.html

萩真尼


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2015年2月 2日 (月)

遠藤周作著 「埋もれた古城」

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~昭和46年、新潮社~


かれこれ四半世紀ほど前のこと。「深い河」という映画を観たことから遠藤周作を立て続けに3‐4冊読んだ頃、西洋の城を舞台にした小説だと勘違いして買った本です。当時は戦国期も江戸時代も城跡にまったく興味がなかっので、目次を読んだだけで段ボール箱行きとなりました。

その後城跡に興味を持つようになり、数年前に北条氏規のことを書く時にこの本のことを思い出し、ダンボール箱から引っ張り出してとても楽しく読みました。


氏は城跡や合戦場に立って、そこで暮らし、そこで悩み、そこで決断し覚悟を決め、そこで果てた人々の心情に思いを馳せます。

二俣城での徳川信康、高松城での清水宗治、長篠での真田信綱、奥平定昌、鳥居強右衛門、天王山での光秀・・・などなど、「敗者や、大勢力と大勢力とにはさまれた地帯にいる小豪族の運命に興味がある」と、弱者の立場に思いを寄せるのです。


また、氏は、当時の人の眼にうつった「同じ風景を自分が今、旅人として眺めている」ことに「感動」を覚えています。(私と同じー。皆さんもそうでしょ。scissors

また、清州城を信長と会話しながら歩いたりもします。(←私が氏直さんとお話ししながら小田原城を歩くのと同じーhappy02


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~小豪族がひしめき合って暮らしていた信濃。数年前この本の存在を思い出し読んでみて行きたくなり、即、行った。~


pen 以下、本よりちょっと抜粋。

例えば、奥州小浜城のところで。

そこは高田という阿武隈川のすぐ近く。今は畑で、一本の松の木の根元に碑が立っているそうだ。川向こうは畠山の領地である。以下、抜粋

▲ 私(周作氏)はその松の下に座って眼をつむった。
農夫が一人、ずっと向こうで畠を耕しているほか人影はない。聞こえるのは夏蝉の声だけである。微風がようやく頬をなぜる。
つぶった眼のなかに、殺せと叫ぶ四十二歳の輝宗の顔がみえる。それに白刃をあてた義継の顔もみえる。だがその人たちが死んで四百年、ここには誰も訪れる者もいない。▲


今読むと、どうしても大河「独眼竜政宗」のワンシーンしか私には見えないですが、氏はこういうことだけじゃなくて、城の造りや戦闘についてもちゃんと書いてらっしゃる。でも、やっぱり、こういうの↓が好き。

▲ 安中の町に入ると、自転車にのった高校生たちが帰宅をいそいでいる。もしあの自刃した長野業盛が現代に生まれたならば、彼も自転車にのって高校と自宅を往復していたにちがいない。
なにしろ彼は十七歳という少年だったのだ。▲


うまいな~、この書き方。私なら、最後は、

▲ 長野業盛、享年17才。▲

でまとめちゃうところです。←文豪と自分をくらべるな!


遠藤周作氏のように、これからも城跡や史跡で妄想(?)したいと思い、本の置き場所もダンボール箱から本棚に昇格させました。

そんなことを思ったはずなのに、嗚呼それなのにそれなのに。それから数年が経つうちにこの本のことは忘れてしまっていましたsweat01 。韮山城シンポジウムの記事(前回)を書いていてまた思い出しましたので、ご紹介した次第です。

あ、そうそうflair
韮山城のところで取り上げてらっしゃるのは、鎌倉時代の、頼朝を傀儡として勢力を広げようとした前北条の時政殿の策略の犠牲となった「山木のオッサン」です。


春風に
梅も桜も散り果てて
名のみぞ残る
箕輪の山里

 by 長野業盛


私たちは城跡を訪ねると、「おお!カッチョイイ堀切だぜ」とか「この縄張りはまさしく北条のものだ!」とか言って興奮してしまいますが、領土保持や拡張を求め日本人同士でも争って殺し合っていた時代が確かにあったのだよね。日本でも世界でも、こういう時代は二度ときちゃイカンよねえ。


萩真尼

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2015年1月10日 (土)

岩明均 『雪の峠』 (1999)

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~講談社。岩明均歴史作品集。~


鴨居の大将の「山崎」シングルモルトを飲みながら(マッサンを見ている人だけ分かる)、カササギが渡した橋の白き霜のような星々を眺め(大伴家持より)、歴友が教えてくれた漫画を読めば、夜ぞ更けにける。

静か~な夜です。


主役は佐竹の重臣となる渋江内膳政光。関ヶ原直前あたりから久保田藩が確立されるまでの話です。

最初の、梶原政景(岩付の太田資正の次男)の松山城の回想シーンで上杉謙信が洩らす、 「雪の峠を越えてきたのに…」 の一言で ふわ~っと浮かんだ雪の峠の景色の残像が、物語を読んでいる間中ずっと脳裏にあったような、そんな作品でした。


変わる時代へ順応できる人、出来ない人。誰も間違っていなくて、それぞれに、越えてきた 雪の峠 への思いがある。

実際に 雪の峠 を越えて配置換えとなった佐竹だけではなく、あの時代、どの家中にも同じようなことがあったのだろうと思うと、静かな夜更けに読んでいたせいもあってか、なんだか、しんみりしてしまいました。


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~岩付の交差点~


出羽の国に移封されて国府の場所を決める時の、鉄砲に備え近世へとつながる新しい時代を見据えた商業ベースの町づくりを提案する武士と、いまだに戦国の弓矢の時代の要害を主とした城づくりを提案する武士の対比と、そこに絡む様々な思惑が面白いです。

私達はその後(のち)の歴史を知っているから、300年続く戦の無い時代がすぐそこで「この時代に山城は時代遅れだよな~」と思いますが、当時生きている人達はそんなことは知らないですものね。


最後の2ページ。そこを読んで、「ふ~む。なるほど」と少し救われました。この漫画より10年余り後に作られた映画「のぼうの城」のラストはちょっと似ていますね。

「雪の峠」 、いい作品だなと思いました。2度読み返しました。 雪の峠 の景色を見たくなりました。教えてくれた歴友に感謝です。

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~上野(こうずけ)の国から望む雪の上越国境~


wine 余談。
トップの写真のグラスは、リーデルのシングルモルト用です。本来はロックではなくストレートで飲む用です。

このグラスでシングルモルトを飲むと、香りが立ち、味がマイルドになりますが、はたして、シングルモルトがマイルドな味わいになって良いのかアカンのかは個人の好みですな。


以前はウィスキー系は好きではありませんでした。十年以上前のことですが、白洲次郎にハマっていた時にホテルのバーで出されたメニューで、「マッカラン」の12年を指さしたつもりが、間違って25年を指してしまったようで、そこで出てきたその25年を飲んで、「シングルモルト」とはなんと美味しいのだろうと目覚めてしまいましたeyesign01

お会計の時に、その値段にも酔いが醒めましたが・・・。


当時はリーデル関係で働いていたこともあり、それからいくつかのシングルモルトをいただく機会も増え、今はボウモアのような癖のあるものを極たま~に 一杯だけ 飲むのが楽しみのひとつになりました。

な~んて言いながらも、別にツウではござりませんしウィスキーのことも良く知りませんが、本音を申せば、普通のロックグラスに丸い氷を入れて、ゆ~っくり溶かしながら飲むのが好き。


寒い夜。 雪の峠 の景色を思い浮かべながら、今宵は北の地のお酒を飲みましょうぞ。(山崎は北ではござりませぬが・・・sweat01


前に書いたリーデルのワイングラスのこと↓
「北条ワインでクリスマス」http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-a2e5.html


萩真尼

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2014年10月15日 (水)

軍師官兵衛 「小田原の落日」

ぶワッハッハッハッハッーーっ

あれ?
「軍師 官兵衛」を観ていたはずなのに、なんで「水戸黄門」に突然チャンネルが切り替わっちゃったんだろ?しかも、格さんたら、どこかのお下品な悪お奉行様になっちゃって・・・

と思ったわよ!


わかった、わかったpaper
言いたいことは分かっちょるから、みなまで言うな、マリコ・ポーロ

ですね。


先週の 「大河の落日」・・・ちゃうちゃう、「小田原の落日」を遅ればせながら観た。ええ、もうね、観ていてあまりにベタな小田原攻めで、なんだか脱力というか途中で飽きてしまったのだがね。

今回の大河で貶められた戦国武将達は我らが北条だけではないからそんなに文句も言えないのだが、小寺殿とか、宇都宮殿とか、なんてったって石田三成君なんて本当にお気の毒weep 。私の北条友方でさえ皆さん憤慨してらっしゃる。


いくらドラマとはいえ、まずとにかくおかしいのが、
▲だいたいからして、当主は氏直なのである。氏政は発言権が強いとはいえ、ご隠居さん。席が違うでしょ、席が。(同じく、前週の徳川殿と氏政の座り位置も気になる)


それから、
▲官兵衛と共に出向いた滝川雄利殿はどこにいるのか(官兵衛は行ってないという説あり)
とか、
▲それを言い出したら、利家殿とまつさんはどうしたになっちゃうけど
とか、
▲軍師、軍略なしか(軍略がないのは脚本家だろう)
とか、

▲秀吉が早雲寺に布陣した時点で、官兵衛が「まずは、武蔵の国に残る敵の城を落とし小田原を孤立させるのがよろしいかと・・」、はい?「まずは」ですか?今更そんな能天気なこと言っているような軍師じゃね
とか、

▲秀吉が挙げた「あと残すところは・・」で4城を挙げたけど、津久井城とか韮山とか、まだ残っているぞ
とか、
▲秀吉にとって一大イベントである小田原攻めを描くのに、官兵衛と、三成と、おサルと、おタヌキだけしか出ない(& 淀)とは、なんと出演者の数が少ないのだろう
とか、

▲「伊豆・相模の2ヶ国を安堵」なんて、宇都宮があんな目にあった後に誰がアンタの言うことを信じるかね
とか、
▲毎度しつこいが、すでに小田原にはたくさんの豊臣方の使者が出入りしているのに、あんなに近くで大普請工事をしていたのを小田原が知らないわけがないでしょ

とか、
とか、
とか
etc.,etc.


まあ今回の大河は北条はメインではないことでもあるし、ドラマだから細かいことを申すのはやめておくわ。(え?coldsweats01sweat01


が、お願いだから氏政&氏直を、下品に描くのだけはやめてくれい。

「天地人」の時も申したが、出身が京のお取次ぎ衆で(宗瑞)、都の文化の影響も大層うけ、戦国時代ではさしたる内輪争いもなく5代も続いた大々戦国大名家の一族があんなに下品なわけないでしょう。

まるで菓子折りの底に小判ザクザクを見た時のお代官様だわよ。しかも、顔がアップすぎて劇画みたい。


あの演技は役者さんの資質なのか?いや、格さんの時は別に下品jじゃなかったぞ(あまり観たことはないが)。では、演出家の指示なのか。

最近の大河は敵方を単純に悪く描くから、悪人でアホに描かれてしまうのはもう諦めておるが、それにしても下品に描くのだけは許せんbomb

まったく腹立つぅ~
ハラタツノリ

各々がた、討ち入りの日時は追って沙汰するimpact
なんちて。


(本当の黒田官兵衛について知りたい方は、中国地方の戦国史研究がご専門の渡邉大門氏が官兵衛について考察を書いてらっしゃいるので、こちらをぜひ読まれてみてください。2.の「黒田官兵衛の虚実に迫る」をクリックすると「歴史人」のHPになり、そこから読めるようになっています。HPはご承諾を得てリンクさせていただいております。)https://sites.google.com/site/daimonwatanabe/

大河といえば、そうそう・・・


wine 朝日新聞オピニオン「時代劇は生き残れるか」

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先日の朝日朝刊の「オピニオン」をご覧になった方も多いと思うが、テーマは、「時代劇は生き残れるか」だった。そこで文芸評論家の縄田一男氏が大河ドラマについて書かれていた。

その日はそれについて歴友&時代劇友達と色々話を交わしあったが、「近年のNHKの番組を見れば質の劣化はわかります。」の後をそのまま書き写すと・・


▲お笑いタレントが浅野内匠頭役(つまり主役クラスの役ということだと思う)を演じる。
▲時代劇の所作を心得ていない俳優が主役をはる。
▲人物造作も単純で、悪役ならひたすら悪人に幼稚に描く。それは、脚本が弱いのです。
▲実力より人気優先で配役を決め、
▲万人にわかりやすい物語を届けている。視聴者を馬鹿にしていると言わざるをえません。
▲軟弱なホームドラマみたいな作品ばかりになってきたのも残念。


歴史の捏造が目に余るのは困るが、そうでなければ、ドラマとして面白く来週が楽しみ~♪ となればいいし、演技が上手で役柄に合っていればお笑いタレントが内匠頭でも私はいいと思う。時代劇の所作は、プロの役者なんだからいかにもそれらしく演ずればそれでいいとも思うが、あとは、もう、まさに、大同感!absolutely correct! quite agree!


実力より人気優先・・・のことについても、かつては、例えば「太閤記」の高橋幸治さん(おはなはんには出られていた)や緒形拳さん、「独眼竜正宗」の渡辺謙さんなんて、当時は全国区で知られていなかった役者さんを主役クラスに抜擢して、まさにピッタリで、ドラマも盛り上がったこともあった。

人気の芸能人を使うと、あんなこんな大人の事情で様々な制約が出てくる場合もあって、それがドラマをつまらなくしていたりする。それはかえって、そのタレントさんの人気にも差し障っているのにね。


これも前に書いた繰り返しなので、常連読者様はどうぞ読み飛ばしなすって文末へどうぞだが、なにも主役が聖人君子で、周知の歴史を変えてまでして全ての手柄を主役のものにしなくとも、人物というものは、長所短所を併せて描いてこそ、生き生きとした人間像が観ている私達に伝わってくるものだと思う。


「独眼竜」の、あざとくて自己顕示欲が強く、時には姑息な真似さえする伊達政宗も、お東様や最上殿や「武田信玄」の三条の方や武田信虎の狂気やエキセントリックさも、同じく「武田信玄」の謙信君の変わり者さも、「太平記」の師直の暗さも、とっても魅力的heart01だった。

そこまで書ける脚本家が今はもう大河にはいないのかにゃ。


別に今の官兵衛役がどうこうと言うわけではない。怖い顔して大声で喚いてばかりというのは、あれは、脚本のセリフに深みがないし軍師らしき台詞も無いから、視聴者に説得力を持たせるためにああ演じざるをえないのかなと同情しなくもない。

今回の「軍師 官兵衛」は、戦国ものの中では「江」や「天地人」よりも酷いんじゃないだろうか。「風林火山」に出てらした役者さんも多いが、皆さんどう思ってらっしゃるのかな?比べてしまわないのかな、役者さんて。


散々書いていてなんだが、「江」あたりから、「お江でござるシリーズ」(←シリーズか?)など大河の文句ばかり書いているので、こたびはこのへんにいたすでござる。


「官兵衛はいきなり一人で小田原城へは行かない」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-74d3.html
「小田原開城へ、最後の6ヶ月」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-f53a.html
「大河軍師官兵衛でアテ馬にされた後北条」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-9b32.html
黒田家が北条氏直から賜ったという名刀「日光一文字」のこと
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-e515.html
江戸時代の北条家の菩提寺にある黒田長政の墓のこと
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-72d6.html


萩真尼

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2014年2月 3日 (月)

小田原北条~滅亡から近世へ向かう様子が描かれた小説

Img20140125_2330041_3
~「戦国小田原開城記~泰平の彼方へ」by 稲川眞人氏、2011年4月発刊~


このところ、「あること」に心身(正確には脳内&身)共にとらわれておりました。これは、いつかご披露したいところですが今は色々あって非公開でござる。

それが一段落したとたん、仕事の方は年度末に突入。棚卸やなんやかやとやることが多く、なかなかパソコンに向かえないでおります。


てなわけで、こたびは御本のご紹介です。

▲名刀江雪左文字、茶道、居合田宮流など小田原にまつわる文物を主題に小田原城の運命を綴る。板部岡江雪斎、田宮平兵衛、山上宗二、風魔、刀工、そして督姫(氏直正室・家康娘)らの生様を描く……(紹介文の一部抜粋)▲


板部岡江雪斎って、小田原北条は秀吉の元に降りるべく上洛に向けて動いていたという方向になってきている昨今、ちょっと興味ありますでしょ。北条ファンが北条側の目線からお描きになった小説(あくまでも小説)です。

居合田宮流の達人でもあり、小田原に土地勘の強い筆者ならではの描写が北条ファンにはたまらん内容で、北条ファンにはオススメ。

ただ、自費出版でらっしゃり部数が少ないようです。小田原市立図書館、まなづる図書館、湯河原町立図書館、横浜市立図書館などで読むことができるそうです(小田原の伊勢治書店さんは売り切れ)。


また、当ブログでは海道龍一朗氏、伊東潤氏などの著名な小説家の方達が書かれた後北条小説もご紹介させていただいておりますが、以前ブログに書いた、そこまでポピュラーではない方達(失礼)のこちら↓も北条ファン、特に八王子城ファンにはオススメいたします。
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-c26a.html


bottle さて、話は小説から変わりましてドラマのこと

あくまでも私の場合ですが・・・。
ここ数年の戦国ものドラマを観ていて、今一つ血沸き肉躍らないdownのです。それは、私が痩せすぎていて躍る肉が無いcrying からではなく、夢と野望、特に 「野望」 に欠けるからかな~と思いました。

やたらと、戦はイヤ、戦のない世の中を、政略結婚はかわいそう、人質だから辛い(あれを人質と言ったら家臣はみんな人質)、を押し出してる気がしましてね。戦国時代だぞ。そ~んな中二病みたいな当主ではお家は滅びるぞって思ってしまうのです。


以前の戦国物の主役には 「野望」 があったと思いませんか?ちょっとズルくてあざとくて、虎視眈々感があって、それがまた魅力的だったでしょ。

ぜひ、夢と野望に燃え、関東制覇を虎視眈々と狙っている北条氏照をドラマにしてほしいものです。


ここ数年続く、妻一人を大事にする武将が美談的に描かれるのも戦国ドラマ的にはどんなものなんでしょう。もちろんそういう武将もいたようですが、もし後継ぎがいなくなったら家は途絶えるし、また、そうやると秀吉の女好きが目立ってしまいますよねえ。

秀吉はただ単に女好きだっただけではないと思うのです。いや、戦国大名で男の子を寵愛しなかったのは秀吉だけ(家康にだっていた←引き合いにだして申し訳ござらんsweat01)と言われていますから、まあ好きは好きだったのかもしれません。


でも、それはそれだけじゃなくて、自分に降りた名門の家の女を側室にすることで、その家の権威も落とすという目論見もあったと思うのだよ。

(男の子を寵愛するのは、戦場に女を連れていけないから・・・な~んていうのは全然違うということは皆さんとうにご承知ですよね。)


ドラマ内で、側室を囲っているのが正室にバレそうになって(とうにバレているが)、オタオタする独眼竜や信玄は、普段は凛々しいだけにかえって可愛かったですよねえ。

注)しつこく断っておきますが、これは戦国時代の場合ですよ。現代の場合ではござりませぬ。


戦国時代は、一瞬のちに命を落とすかもわからない。だから美術や工芸や茶道・香道なども、ああいう研ぎ澄まされたピキピキに尖がってて豪胆なものが生まれたんですものね。

というか、命落とさないか。
最近の戦国ドラマでは、どれだけ撃たれても弾が当たらないものね・・・


パソコンに向かう時間が無いと申しながら長くなってしまった。
ほにゃ。

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2014年1月11日 (土)

黒田官兵衛はいきなり一人で小田原城へは行かない

我らが小田原北条は軍師に矢弾を射掛けたりはしません。

百歩譲って射掛けたとしても、井細田口を守るのは氏房さんの岩付衆です。外したりはしませんぞscissors

あ、いや、官兵衛は自らのまわりに結界を張っていたのか、はたまた、官兵衛のあまりの迫力に、岩付衆はビビって手元が狂った…という演出なのでしょう(なのか?)。


後北条マニアの皆様、こんばんは。
ドラマなのに、それも、ほんの数分のシーンなのに納得がいかず、後北条衆達とまだグジュグジュ百言居士りあっているマリコ・ポーロです。

はい。自分のご贔屓が主役の時は「いいじゃん、いいじゃん、ドラマなんだから」と言っておきながら、北条のこととなると居士る自分勝手なヤツにごぜえやす。


さて、
魚津城に一人で泳いでいった「天○人」の樋口与六と、小田原城の城門に一人で立った小寺万吉が重なった此度の大河の冒頭ですが、さっきのさっきまで、あれはドラマの上では「架空の城」の設定なのではないのかと思っていました。


いえねpaper旦那、

大河は「時代劇」であり「歴史ドキュメンタリー」ではないので、全てを主役の手柄にさせるのは制作側の自由てす。でも、ドラマ内でこの城を「小田原城」と明確にしてしまうと、ウルサ方(←わらわ)や北条マニア(←わらわ)達から大クレームの嵐になる。

それを避けるために城名はボカシて、ナレーションやコピーでも「小田原城」とは言ってないような気が・・・していたのです。


違いましたねdown

本日の再放送で確認してくださった風摩殿の矢文によると、残念かな、ハッキリ、クッキリ、「ザ・小田原城」とテロップまで入っていたとのこと。

謙信くんバリの、「ワシに弾は当らん!wine」に呆れ・・・いや、魅入って(?)ボヤ~ンとしてしまい、気が付きませんでしたよ。


Photo
~当主氏直とその弟氏房が滝川雄利の陣に降りた渋取口。今は住宅街の十字路。堀は暗渠になっている。(まわりの住宅をトリミングしたら、なんだかよく分からない写真になってしまったよsweat01)~


だから、早い話が何を言いたいのかと言うと・・・

ドラマではまるで官兵衛殿がはじめて小田原城に説得にむかい、それが効を奏しての開城チックでした。


しかしその頃には、支城群は次々と開城&落城し、城内からは逃亡者や内通者もあまた出ており、小田原はたぶんもう降伏への段取りに向けて動いている頃だったはずです。氏政&氏照ペアを除いて・・・coldsweats01sweat01

その上、徳川をはじめとする豊臣方の有力大名の使者殿達もすでに頻繁に出入りし、開城一ヶ月前の6月には、使者の織田信雄の家臣が氏直と直接会ったりもしています。差し入れなんかもしているのです。例えば、宇喜多秀家がお魚fishを送り、氏房さんが江川酒bottleをお返ししたりね。


それらの開城への下準備が整い、滝川雄利が井細田口に派遣されたのは6月24日。(官兵衛は小田原城には行っていない、という説もあるようです。)


そして、ドラマでは官兵衛殿が「御城主、北条殿に申し上げるぅっ!」と叫んでらっしゃいましたが、城門から当主のおるとこに声が届くのか?はドラマなのでいいとしても、雄利がまずは最初に降伏を勧告したのは、氏直さんの弟の氏房にです。


だから、当主氏直は、7月5日に氏房と共に雄利の陣に降ったでしょ。

諸先生方が書かれたものを一応再確認してみましたが、やはりそうでした。


まあ、いいんですけどね。ドラマだから。でも、大河ってほぼ史実と思っている視聴者がけっこう多いので(昔の私&私の両親は今もそう思っておる)、後北条マニアとしては、ここは一言申しておかねばと思った次第。

一言申したから、もう言わない

・・・と思う happy02


↓小田原攻めの時の徳川方の陣場をめぐった時のブログ記事です。
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-5964.html


horse さきほど、八王子衆が教えてくださいました。
昨日、小田原市役所にイノシシが出たそうです。

おサルはよく出没するらしく市のHPに「今日のサル情報」というのがあるのですが(関白殿下ではない)、イノシシとは!

最初3頭が入り込んでいて、市街地に飛び出し2頭と1頭に分かれ、その2頭の方は井細田駅付近で見失ったと。

う~ん。
「井細田で2頭」というのが、時あたかも・・・ねえ。

1頭は小田原漁港で見つかって殺処分とのこと。市役所の西側の山林から出てきたらしいです。


ほにゃ。

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2014年1月 6日 (月)

大河「軍師官兵衛」でアテ馬にされた後北条

後北条は完全に官兵衛さんの引き立て役にされましたねえ。しかも、いきなり初回の初っ端。今年の大河の`つかみ'は後北条ですか。

いえ、いいのですよ。今年の大河の主役は官兵衛さんですからそれはそれで。だけどね、その主役を引き立てるために、なんで我らが小田原北条が使われなければならぬのか。


なんだか新年早々、腹立つぅ~。

ハラタツノリangry


それからね、石垣山に竹田城が使われてましたね。北条ファンはそれを喜んではなりませぬぞえ。本物の石垣山があるのにそれが使われないことを嘆くべきです(石垣はCGでsweat02)。


これでは小田原北条を大河にするどころか、ましてや、最後の当主&先代パパ当主のイメージアップなんて益々遠のくばかり。

そのあとの映画「のぼうの城」での北条の扱いも残念でしたでしょ。

毎度の繰り言で恐縮ですが、どうして、後半の北条一族はこういう扱われ方をするのでしょうかねえ。あ、いや、「武田信玄」や「風林火山」での扱われ方は良かったですよ。とても。だけど、あれは氏康殿です。


やっぱり、飛鳥奈良時代から続く中央政権優位の歴史がそうさせるのですかね。

それとも、北条の領地に入った江戸時代の徳川(家康ではなく、その後の江戸時代の徳川政権)が、前領主である北条をそういう扱いにしてきた名残なのでしょうか。

そういえば、大河の放送局には徳川さんの末裔が・・・ごにょsweat01


とかなんとか居士りながらも、以前に黒田長政の菩提寺のことを書いたブログ記事です。なんと、なんと、江戸時代の北条家と同じお寺です。coldsweats02

「江戸時代の北条家、東京の菩提寺」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-72d6.html
「映画 のぼうの城」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-9c75.html


ほにゃ。

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2013年12月18日 (水)

来年の大河の冒頭は小田原城か?

ただ今、クリスマス商戦真っ最中。dashrun 追われています。

毎年同じことを申しておりますが、一年が過ぎるのが年々加速するように感じます。地球の自転が速くなっていることもありますが(←ウソ)、これは気のせいだと思っていましたら心理学的にちゃんと理由があるようです。

「ジャネーの法則」と言うそうですよ。ご存じでした?


それは、
▲・・・主観的に記憶される年月の長さは年少者にはより長く、年長者にはより短く評価されるという現象。生涯のある時期における時間の心理的長さは、年齢に反比例する、うんたらかんたら・・・▲
だそうです。(wikipedia より)

なんだか分かったような分からんようなですが、例えば、
50歳の人間にとって1年の長さは人生の50分の1ほどであるが、5歳の人間にとっては5分の1に相当する。よって、50歳の人間にとっての10年間は5歳の人間にとっての1年間に当たり、5歳の人間の1日が50歳の人間の10日に当たることになるwobbly

ってことらしいです。


な~るへそ~think
でも、小学生の頃って、確かに1日が長かったように思うのです。学校に行って、帰りにグダグダとおしゃべりして、家に帰ってオヤツを食べて、それから塾にいったり友達と遊んだり、それから夕ご飯を食べて、宿題やったりテレビを観たり、その上まだまだ時間がありましたよ。

変だにゃ~~~?

Dsc_1199
~寒い夜は八王子ラーメン~


と、このクッソ忙しい(←これっ!)時にどうでもいいようなことを考えている暇はありませんね。だって、この法則でいくと、これからますます一年は短くなっていくということですものね。


さて、「ジャネーの法則」により、今年の大河もあっという間に終わりました。

最終回は私にとっては意外でした。いつものように、回想シーンとそれ以後のことを駆け足で説明するようなものになるか、もしくは、例の昭和3年に黒谷で開かれた会津会のシーンでまったり終わるのかなと思っていました。


ところが、ぜんぜん違いましたねえ。まさか、徳富蘇峰と八重さんのシーンで終わるとは想像もしていませんでした。最後に八重さんが鉄砲で撃ったものは・・・抽象的だね。私には分かりませんでした。

そして、東北復興をテーマとして始まった「八重の桜」の最終回は、危うい方向に進もうとしている今の日本の国とリンクし、それへの警告のように思えました。


というところで、来年の大河のことです。

個人的な趣味として黒田官兵衛にはあまり興味がないのと、またまた秀吉の出世物語を一から見るのも本当に飽きていて(私はですよ)毎週毎週メンドクサイので、来年は(再来年も)もう観るのはやめようと思っていたのですが、一応、N○KのHPを見てみました。見てみたところ・・・


きゃーーーっ!happy02

「壮大なスケールの撮影好調写真集」の中の、第一段 Vol.2 をご覧になりました!?

かい盾に燦然と輝く?三鱗。小田原城の門前に、馬上うしろ姿の官兵衛。こ、こ、これは、天正18年の小田原攻めですね!あらすじを読むと、どうやら大河「軍師官兵衛」の冒頭は天正18年の小田原城のようです。

こりゃあ観ねばのう。初回だけ・・・(くどいですが、私は、ですよ)
そのHPです→http://www1.nhk.or.jp/kanbe/special/photo_view.html?no=1&vol=2&cnt=14


あ、それとpaperもうひとつ。

お正月恒例のTV東京の5時間時代劇ですが、来年は「影武者 徳川家康」ですね。お梶の方・英勝院が出てくるようです。

英勝院は太田道灌のひ孫の康資殿の娘・・・で、北条の遠山家の養女となった・・・ですか?よく存じませんですが、真田信尹役で栗塚旭さんが出演されるのですねえ。栗塚旭さん好きです。もちろん土方歳三ですが、先日観に行った映画「蠢動」でも、栗塚さんはいかにも栗塚さんで良かったですぅ。


そんなこんなで、こたびはこれにて。

ともかくも
あなた任せの
年の暮

by 一茶


大河「独眼竜正宗」感想
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-cd19.html
大河 「武田信玄~小田原攻め(永禄12年)」 感想
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-d8e7.html
北条五代を大河にしよう!シンポジウム  in  小田原
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-15b8.html
小説 「後北條龍虎伝」と「早雲の軍配者」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-b9ae.html
「早雲立志伝」by 海道龍一朗
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-1371.html


ほにゃ。

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